第279話 本能寺の後(その10)
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天正十年(1582年)六月三日の深夜。羽柴小一郎長秀は備中高松城を取り囲む羽柴勢の本陣に詰めていた。総大将である羽柴秀吉を休ませるため、小一郎が代理として本陣を預かっていた。
そんな小一郎の元へ、秀吉がふらりとやってきた。
「兄者どうした?寝てたんじゃなかったのか?」
「いや、毛利の国衆や家臣共に寝返りを勧める文を書いていたんじゃ」
「なんじゃ。まだ書いていたのか?もう上様も来るんじゃから、あとは上様に任せときゃええじゃろうに」
小一郎が呆れた顔でそう言うと、秀吉は苦笑しながら首を横に振った。
「そういう訳にもいかん。聞けば、武田は上様と三河守様(徳川家康のこと)による長年の調略で、信濃の国衆をことごとく失ったらしい。その結果、殿様(織田信忠のこと)の軍勢はさしたる抵抗を受けずに信濃を平定できたそうじゃ。儂もそれに倣って、毛利方の国衆を寝返らせたいんじゃ。少しでも楽をして勝ちたいからのう」
そう言いながら秀吉は小一郎の傍にあった床几に座ると、「うーんっ!」と声を上げて伸びをした。そして秀吉が小一郎に話しかける。
「そんなことよりも小一郎。お主は与一郎(木下吉昌のこと)のところに行ってやれ」
秀吉がそう言うと、小一郎の顔が曇った。
木下与一郎吉昌は小一郎の息子である。しかし、訳あって小一郎の親族である木下昌利の養子となっていた。
与一郎は小一郎の息子というよりは昌利の息子として小一郎に仕えているが、そんな与一郎を小一郎は気をかけていたし、秀吉も一応、気にはかけていた。
さて、そんな与一郎であったが、ここ数日は病で寝込んでいた。季節の変わり目では丁重を崩すことがよくあった与一郎であったが、ここ数日の病はそれとは違っていた。
「・・・話は聞いておる。高松城を水攻めにするべく、堤を築いた際にその作業に加わっていたのじゃろう?雨の中泥に塗れて土の俵を担いで百姓共と築造していた、と。それだけのことをしていれば、身体を壊すのもむべなるもんじゃ」
秀吉がそう言うと、小一郎は遠慮がちに首を横に振る。
「いや、与一郎のことは心配しとらん。あれももう大人じゃ。土に塗れようが、病を得ようが、自ら選んだ道じゃ」
小一郎はそう言ったが、その声音には、わずかに張り詰めたものがあった。普段なら見逃されそうなその一瞬を、秀吉は見逃さなかった。
「なんじゃ、小一郎。お主も随分と他人行儀な言い方をするものよ」
「そうは言うがな、兄者。与一郎はもう儂の手を離れた者。儂が手助けするわけにはいかん。あれには、しっかりと木下の家を守ってもらわねばならん。もう妻を娶った身でもあるんじゃからのう」
小一郎はそう言うと、わざと肩をすくめてみせた。だが、その目の奥には深い憂いの色があった。その目は確かに息子を案じる父親の目であった。
それを見た秀吉は、ふっと息を吐くように笑う。
「まあ、そう言うならそうなんじゃろう。じゃが、あれは儂が見ても真面目すぎるところがある。無理を重ねるうちに、肝心の大事を失わねばよいがのう」
「それは与一郎の選ぶ道じゃ。選んだ先で倒れることがあるのなら、それもまたあの子の天命じゃろう」
小一郎はそう言いながら、拳を握ったまま視線を秀吉から逸らした。小一郎は自身の情を表に出そうとはしなかった。父としての思いを押し殺し、武士としての顔を保つことを優先したのだった。
一方の秀吉は、そんな小一郎の気持ちを察していた。が、秀吉はあえてその事を口には出さなかった。そんな秀吉に、小一郎が思い出したかのように話しかける。
「・・・そんなことよりも兄者。寝られる時に寝た方が良い。決戦の時に寝不足でした、では上様に叱られるぞ」
小一郎が話を打ち切るように言うと、秀吉は肩を竦めて立ち上がる。
「分かった分かった。だが、小一郎。お主も、夜風には気をつけろよ」
「ああ、分かっとる」
小一郎の返事を聞いた秀吉が立ち上がろうとした時だった。陣幕の外から声が聞こえた。
「殿(小一郎のこと)、与右衛門(藤堂高虎のこと)でござる。急ぎ報せたき儀がございます」
藤堂高虎の声を聞いた小一郎と秀吉が互いに顔を見合わせた。秀吉が黙って頷くと、小一郎が「入れ!」と声を上げた。
陣幕が上がり、高虎が中に入ってきた。高虎は小一郎に近づこうとするが、傍に秀吉がいることに気がついて慌てて片膝をついて跪く。
「これは大殿(秀吉のこと)!気がつかずご無礼仕りました!」
「よい。それより、急ぎの報せとは何か?」
「はっ!先程、京の長谷川宗仁の急使と言う者が本陣に来られました!」
「何?長谷川宗仁殿の使者じゃと!?すぐにお連れせよ!」
秀吉が立ち上がってそう言うと、高虎は「それが・・・」と困惑し始めた。
「その使者、羽柴の陣に着いたことが分かった途端、安堵したのか気が抜けてしまい・・・。そのまま息を引き取りました」
高虎の報告に、秀吉だけでなく小一郎までもが「ええっ!?」と声を上げた。
「それでは何の報せか分からぬではないか!」
秀吉がそう叫ぶ一方、小一郎は冷静に高虎に尋ねる。
「その者、何か持っていなかったのか?」
「はっ。その者の身を改めましたところ、帯にこのようなものを忍ばせておりました」
高虎はそう答えると、手に持っていた物を差し出した。それは、油紙を小さく折りたたんだ、掌に収まるサイズのものであった。
小一郎が受け取り、それをそのまま秀吉に手渡した。秀吉が油紙を広げると、中には更に小さく折りたたまれた紙が入っていた。
秀吉はその紙を開き、中に書かれている内容を黙読した。読み進めるうち、秀吉の顔には驚愕の表情が浮かび上がってきた。
「・・・兄者。どうした?」
小一郎が尋ねると、秀吉は驚愕の表情を顔に貼り付けたまま、小一郎の方を見る。
「・・・小一郎。すぐに官兵衛と小六(蜂須賀正勝のこと)、それと将右衛門(前野長康のこと)と弥兵衛(浅野長吉のこと。のちの浅野長政)を呼んでこい。それと佐吉(石田三成のこと)を叩き起こしてこい!今すぐ!」
秀吉がそう叫ぶと、小一郎はすぐにその事を高虎に命じた。高虎が慌てて陣の外に飛び出した。その様子を見ていた小一郎が秀吉に尋ねる。
「兄者。どうした?長谷川宗仁殿と言えば、但馬の銀山でお世話になっておるが・・・。何かあったのか?」
そう言う小一郎に、秀吉は黙って手に持っていた紙を小一郎に差し出した。小一郎がそれを受け取り、中身を読んでいく。
「な・・・っ。惟任日向守様(明智光秀のこと)が・・・」
謀反を起こした!?と言いかけた小一郎の口を、秀吉が手で抑える。
「阿呆!そんな事を大声で喋るな!周りに聞こえたら拙いじゃろうがっ!」
右手で小一郎の口を抑えつつ、秀吉は小一郎の顔面に顔を近づけてそう言うと、小一郎はコクコクと頷いた。
秀吉が手を離して小一郎に言う。
「よいか?この事は他言無用だぞ!」
殺気を込めた視線を秀吉から向けられた小一郎は、黙って頷くのであった。
秀吉に急遽呼び出された黒田孝隆、蜂須賀正勝、前野長康、浅野長吉、そして寝ているところを叩き起こされた石田三成は、秀吉の本陣に建てられた秀吉の寝所に集められた。
秀吉の寝所の周囲を秀吉の馬廻衆に囲まれる、という厳重な警戒に、孝隆達は何かを察知しつつ秀吉の前に座った。
「・・・この夜更けに急な呼び出し。何か異変があったと拝察いたしますが」
孝隆がそう言うと、秀吉は黙って手に持っていた紙を差し出した。
「この文を読め。読んでも声を上げるな。読み終わったら、隣に座っている者に手渡せ」
そう言われた孝隆が黙って秀吉が持っていた紙を受け取った。孝隆が紙を開いて中身を読んだ。そして、顔を強張らせながら隣に座っている正勝に渡した。正勝も言われたとおりに紙の中身を読み、隣に座っている長康に渡した。そんなことが長康、長吉、三成と続き、三成が紙を小一郎に手渡した。皆一様に驚愕の表情を顔に浮かべていた。
小一郎に紙が渡ったことを確認した秀吉が口を開く。
「・・・読んでもらったとおりじゃ。・・・皆の衆、どう思う?」
「・・・およそ信じがたき報せにて。そもそもこの文を送ってきた長谷川宗仁なる人物、信じるに値する者なのでござるか?」
前野長康がそう尋ねると、秀吉は「ああ」と短く答えた。
「宗仁殿は儂が京にて奉行をしていた頃からの付き合いぞ。そんな御仁が、こんな事を戯れで報せるわけがない。だから文の内容は信じられる・・・と思うんじゃが・・・」
秀吉はそう言うと口を濁しながら首を傾げた。その様子からは、秀吉自身が手紙の内容を信じ切っていない、という感じであった。
「・・・あの惟任日向守殿が、このような事をするとは、どうも考えつかんのじゃ・・・」
「大殿さん。ひょっとして、毛利の謀略じゃないか?我等を混乱させようとしとるんじゃないか?」
蜂須賀正勝がそう言うと、浅野長吉が同意するように頷いた。しかし、小一郎が否定の意見を述べる。
「いや、儂も宗仁殿と生野銀山について文のやり取りをしていたが、その文の筆跡は確かに宗仁殿のものじゃ。それに、毛利の謀略にしてはあまりにも手が込みすぎておる」
「小一郎の言う通りじゃ。儂も毛利の謀略を疑ったが、連中が儂等と宗仁殿の結びつきを知っているとは考えにくい」
秀吉が小一郎に続いてそう言った。それを聞いた正勝達が黙ってしまったので、秀吉は孝隆に尋ねる。
「官兵衛はどう思う?」
「・・・拙者はその文の内容、真の事と考えます。過去を見ますに、上様は浅井や松永、荒木、そして別所に裏切られたことがございます。別所の次が明智だった、ということもありえましょう。また、上様は長年忠勤を果たしてきた佐久間様や林様を追放いたしました。日向守様が、次は明智だ、と思ってしまえば、事を起こしたくもなるのではありませぬか?」
「ふむ・・・。上様が明智・・・惟任を追放したい、などと考えているとは聞いたことがないが?」
「佐久間様追放の際も筑前様には知らされていなかったではありませぬか。まあ、若君(重秀のこと)は知っておられましたが」
孝隆が秀吉にそう言うと、秀吉は「むむむ」と唸った。そんな会話がなされている中、寝所の外から誰かの声が聞こえた。
「申し上げます。藤堂与右衛門殿が火急のお目通りを願っております」
その声を聞いた小一郎が「兄者」と声を掛けた。秀吉が頷く。
「与右衛門は確か本陣の外を警固しておったな。ひょっとしたら、宗仁殿が遣わした続報の使者かもしれぬ」
秀吉がそう言うと、小一郎が「通せ!」と大声を上げた。すると、寝所に高虎が入ってきた。
「お取り込みのところ申し訳ございませぬ。先程、福島市兵衛(福島正則のこと)が若殿(重秀のこと)の使者として堺より到着されました。急ぎの面会を望んでおりますが、入れてもよろしゅうございますか?」
高虎がそう言うと、秀吉が「おお、市松か!」と声を上げた。
「すぐに通せ!藤十郎の事も気になっておった!」
秀吉の言葉に、高虎が「はっ!」と言って頭を下げると、すぐに寝所から出ていった。そしてすぐに福島正則を連れて戻ってきた。
正則が入ってきた瞬間、秀吉達は目を見張った。正則の着物は泥に汚れて乱れていた。また、正則の顔もやつれており、無精髭と泥で黒くなっていた。正則が不眠不休で秀吉の元へやってきたことは、見るからに明らかであった。
そんな正則が秀吉の前で平伏しながら言う。
「福島市兵衛、兄貴・・・いや若殿の命を受けて戻ってまいりました。至急、大殿(秀吉のこと)のお耳に入れたき儀がございます」
「前置きは良い!さっさと申せ!」
秀吉がそう声を上げると、正則は「ははっ」と言って、六月二日に起きた本能寺の変を話した。
「・・・そうか。やはり、惟任日向守の謀反は真のことであったか」
正則の話を聞いた秀吉が、唇を噛み締めながらそう言って唸った。そんな秀吉の言葉に引っかかった正則が尋ねる。
「やはり・・・?では、大殿はご存知だったのでございますか?」
「・・・市松。実は少し前に京の長谷川宗仁様より、惟任日向守の謀反を報せる文が来ていた。皆様方はその事について談合するために集まっていたのだ」
秀吉の代わりに石田三成がそう答えた。それを聞いた正則が「なぁんだ」と言って息を吐き出した。
「それなら俺がわざわざ備中まで来ることなかったじゃねぇか」
「いや、そんなことはないぞ、市松」
愚痴る正則に小一郎が話しかける。
「兄者を始め、儂等は宗仁殿の文を読んでも信じられなかったんじゃ。市松のお陰で此度の事が真の事であった、ということが分かったんじゃ。お主が来てくれたのは無駄ではないぞ」
小一郎がそう言うと、正則は「なら良いんだけど」と呟いた。そんな正則に三成が話しかける。
「それで、若殿様はご無事なのか?」
「えっ?ああ、そうそう。兄貴の事を話さなきゃいけないんだった」
そう言うと正則は重秀の事を話し始めた。
「・・・そうか。藤十郎は源四郎君(織田信吉のこと。織田信長の五男)と共に兵庫に戻るのか」
秀吉が安心したような表情でそう言った。正則が更に話す。
「俺・・・拙者が堺を発った時には源四郎君に京の事を話すために小西屋敷に戻って行きました。潮と風の流れを鑑みるに、六月三日の朝には堺から兵庫に移動していると思われます」
正則の話を聞いた秀吉達は、一斉に安堵の溜息をついた。
「・・・口にはしなかったが、藤十郎の事を案じておった。無事と分かっただけでも良しとしよう。兵庫城に入りさえすれば、更に安心じゃ」
秀吉がそう言うと、孝隆以外の皆が同意するように頷いた。一方、孝隆は右手を顎につけながら何かを呟いていた。
「・・・官兵衛殿。何をそんなにブツブツ言っているのだ?」
正勝がそう尋ねると、孝隆はおもむろに顔を上げ、正勝ではなく秀吉に言う。
「・・・筑前様。筑前様は実にご運が良い」
そう言われた秀吉は、いや秀吉だけでなくその場にいた者達がきょとんとした顔になった。
「・・・官兵衛殿。それはどういうことじゃ?」
小一郎がそう尋ねると、孝隆が落ち着いた口調で説明しだす。
「その文には上様と殿様の安否については書かれておりませんでした。しかし、天下人であった上様と、その後継者たる中将様(織田信忠のこと)が戦上手の日向守様に襲われたのです。上様と中将様が生きておられるとは到底思えませぬ」
孝隆がそう言うと、小一郎が「おい、官兵衛殿!」と声を荒げた。
「いくら官兵衛殿でも、そのような物言いは不忠ではないか!?」
小一郎がそう言うと、孝隆は臆せず小一郎に言い返す。
「それがしは有り得ることを申したに過ぎませぬ。有り得る話を不忠だからといって考えなければ、生命すら失いまするぞ」
孝隆の言葉に、小一郎は黙り込んだ。そんな二人を見ていた秀吉が口を開く。
「小一郎。お主の言いたいことも分かるが、ここは官兵衛の話を聞こうではないか。官兵衛、話を続けろ」
秀吉がそう言ったので、孝隆は話を続ける。
「上様と中将様が亡くなられたと仮定した場合、天下人の座が空いたことになります。そして今、その座に一番近いのは惟任日向守様、ということになります。
そして日向守様は、朝廷や公方(足利義昭のこと)に近いお方。このまま見過ごせば、日向守様は朝廷と結びつくか、公方を京へ戻すかして天下を治めてしまうでしょう」
孝隆の話に、秀吉達は何も言えずにただ聞いていた。孝隆の語る未来に、皆が恐れ慄いた。
「・・・そんなことになれば、上様が今までやってきたことは全て水の泡じゃ・・・」
小一郎がそう言うと、続けて蜂須賀正勝が憤りながら言う。
「その通りじゃ!朝廷を担ぐのはともかく、公方を京に連れてくるなど!上様が公方を追放したのは何のためか!公方が朝廷を軽んじ、己の権勢を私利私欲に使っていたのを、上様が咎めたからじゃ!」
織田信長による足利義昭の追放については、従来は『織田信長の野心による追放』と考えられてきた。しかし、最近になり足利義昭が朝廷の宮中祭祀に必要な資金を出さなかったり、朝廷が望んでいた改元を資金不足を理由に行わなかったりしていることが明らかになっている。
そこで『織田信長は朝廷を軽んじる足利義昭が将軍としてふさわしくないことも追放の理由の一つになったのではないか』と考えられている。
無論、それだけでなく、武田信玄を中心とした信長包囲網が形式的には機能していたことで、義昭が信長を見限って武力蜂起したことも大きな理由となっているが。
なにはともあれ、当時の織田家中では、義昭の追放は義昭の自業自得である、という認識が一般的であった。そのため、正勝のように義昭が京に戻ってくることに反発があるのは仕方のないことであった。
「どちらにせよ、日向守様が天下人になれば、我等は賊軍でござる。それを阻止するにはどうすればよいか?日向守様を討ち果たせばよろしいのです。そして、天下人の座を奪えばよいのです。
・・・筑前様。何卒、日向守様をお討ち果たし下され。そして、天下をお取りくだされ」
孝隆がそう言うと、秀吉は驚きのあまり目を剥いたのだった。




