第十二話 現人神
思いのほか、あたしの跳び蹴りが綺麗に炸裂してしまった。
顔面に一撃を受けたテレイズ──いや、おそらくジューダスだろうその男は、派手な音を立ててゴロゴロと転がって壁にぶつかって止まった。
「イリアスさん、どうしてここに……!?」
「私が連れてきた」
あたしが答える前に、厳格主義派のウォーレス卿が答えてくれた。
「おまえが拘束された翌日に押しかけてきてな。経過は省くが、話を聞けばとても興味深い内容だった。にわかには信じられんことだったが……今となっては正しかったと認めざるを得ない」
「……何があったんです?」
「我が海神教に伝わる宝珠の真実だ」
「宝珠の……真実……?」
どうやらウォーレス卿がジョルナに事情を説明してくれるらしい。それならそれで、任せちゃってもいいわね。
こっちはこっちで、やるべきことをさっさと進めて終わらせましょう。
「きっ、貴様は……!」
おや、あたしに蹴り飛ばされたジューダス卿が、何やら苦々しい顔でこっちを睨んできた。顔面を蹴り飛ばして派手に吹っ飛んだくせに、割と普通に喋れるらしい。
「何故ここにいる!? 貴様は地上へ戻ったとの報告を受けているぞ! いったいどうやって──」
「この期に及んで、そんな話が重要?」
実際、エオルに潜水艇をマリナードから出航させてはいるけどね。その中に、あたしは乗っていなかったというだけのこと。
もしかして、それであたしも一緒に陸地に戻ったと思ったのかしら? 本当に戻ったのかどうかも確認しないだなんて、ずいぶんと詰めが甘いわねぇ。
「それよりも、まさか本当に入れ替わってるとはね。異界断絶の要石が持つ機能から推察したけど、可能だからって実行するとは恐れ入ったわ」
ホント、自分の生来の肉体を捨てて他人の身体に移るとか、あたしだったら絶対にやりたくない。自分の身体に執着も愛着もないなんて、人として何かが欠けてると言わざるを得ないわね。
しかもそれをやったのが、人々を導く宗教のお偉いさんって言うんだから救えない。
だからこそ、こっちも遠慮無くやれるってことなんだけど。
「異界断絶の要石だと? 我が教派の聖遺物のことか!? ……そうか、貴様の狙いは我が国教の宝珠であったか」
なんだか一人で納得して、ジューダス卿がにやりと嗤う。本来の自分の身体じゃないからなのか、それとも見ているあたしの気持ちがそうさせているのか、なんとも言えない醜悪な笑みだった。
「宝珠は我が手中にある。この力があれば、すべては我が望むがままだ!」
「そう上手くいくかしらね」
「ぬかせぇっ!」
ジューダスの周囲に水球が現れる。大きさとしては雨粒程度の小ささだ。
こいつ、動作詠唱が使えるのか。もしかして、冒険者みたいな荒事も自ら行ってたりしてんじゃないの? 聖職者のくせに。
そもそも動作詠唱なんてものは、ダンジョンで魔物と戦う冒険者みたいな〝吞気に詠唱してらんない〟ような人が覚える技術だ。つまり、対人、対魔物戦闘を日常的に行うヤツにとっての必須技能ってわけ。
どう考えても、聖職者でそれなりに高い地位にいるヤツが、興味本位で習得できる技術じゃないわけよ。
それを意気揚々と使いこなすんだから、ジューダスの本性はお察しって感じなんだ……け、どぉ~……なんか、数多くない?
「死ねぇい!」
「全員、伏せて!」
なんとなく嫌な予感がして、咄嗟に叫んだ。
そもそも、水滴程度の飛礫を飛ばす魔法は詠唱が簡単らしいけど威力も大したことはない。牽制程度に使う初級の水魔法の類いだ。
そりゃ、当たれば痛いし怪我もするけど、我慢できないほどじゃない。
本来なら、その程度の威力なのよ。
なのにジューダスが使った魔法は、放った直後に水滴程度の大きさから握り拳程度まで大きくなり、椅子やらテーブルやら台座やらをいとも容易くぶち抜いた。
当たれば怪我する威力なら、椅子やらテーブルなんてぶち抜けるなんて当たり前、とか思うかもしれない。
けど、忘れてはいけない。
ここは太陽の光すら差さない深海の都市。木材なんてあるはずもなく、ほとんどの代物が石材で出来ている。
それらの家具や調度品やらをぶち抜くほどの威力なんて、単なる牽制用の魔法とかけ離れてる。
「はーっははは! 見たか、この威力を! これぞ宝珠の力、我が力だ!」
ああ、そういえばそうだったわね。思い出したわ。
異界断絶の要石には霊子とかいうエネルギーが溜め込まれていて、魔力を含むあらゆる〝力〟を励起させる性質も持ってるとかなんとか。
だったらジューダスのヘボい魔法でも、それなりの威力になるわけだ。
「この力があれば、我ら海神教の威光をあまねく世界へ示すことも不可能ではない! それを、我が手によって成し遂げてみせよう!」
……なるほど、それがコイツの狙いか。
「そうして、あんたは世界中に海神教を広めて自分の地位を高めたいってわけか」
「地位? 愚か者め! 宝珠を持つ私は、ティアマト神の武威を得たに等しい存在となったのだ! 我こそがティアマト神の化身、現人神である!」
自らを神様認定しゃったヤバい男は、上着を力任せに引きちぎった。
その胸に──心臓の辺りだろうか? そこに、黒い……いや、虹色? よくわかんないな。黒いんだけど、なんだか虹色にチラチラと変色する穴が空いていた。
いや、穴じゃないのかも?
本当によくわからない。
あたしには上手い例えが見つからない、妙な虚空が固着していた。
……もしかして、あれが異界断絶の要石?
「我を敬い、我を崇めよ! 従う者は我が庇護下に置こう、逆らう者はことごとく滅ぼしてくれる!」
ジューダスが両手を掲げると、その頭上に巨大な水塊が凝集した。
──いや、あれは単なる魔法じゃない。
胸の『空洞』が脈動するたび、周囲の空間から水分が、あるいは大気そのものが無理やり引きずり出され、一箇所に押し込められているのだ。
逃げ場を失った圧力が、悲鳴のようなキィィィンという高音を上げる。
「……ちょっ、正気!? 室内でそんなものを──」
言い終えるより早く、ジューダスの狂笑とともに、その「塊」が限界を迎えた。
轟音が耳をつんざく。
審問所の屋根が内側からの圧力に耐えきれず、大砲を撃ち込まれたかのように吹っ飛び、室内は粉砕された調度品の破片と水煙に包まれた。
「う、うあぁ……」
「がはっ……」
あたしはなんとか無事だけど、周囲では巻き込まれた審問官たちが傷だらけで転がり、うめき声をあげている。大惨事だ。
ちょっと迂闊だったかなぁ……いやでも、このタイミングでなければジューダスの正体を暴いて世に知らしめることもできなかったし、仕方ないか。予想外だったのは、想像以上に異界断絶の要石が持つ力が強大すぎたことだ。
「……さて、どうしたもんかしらね」
瓦礫の山の上で、万能感に酔いしれて悦に浸る「神様」を視界の端に捉えながら、あたしは首の骨を鳴らした。




