九話目
スラム街までの道のりをギルと歩きながら、僕はさっき感じた違和感のことを話すことにした。
「君に、あなたなんて似合わないよ。言葉遣いはそのままで良い、その方が君らしい。
それでも言葉を改めるならそれでも良いけど、これは僕のわがままだからね。命令じゃないから、主従関係をしっかりしたいならそれでも構わない」
……出来れば、敬語なんて使って欲しくないけど強制はしたくないし、ギルがそう望むのであれば僕は我慢する。
あーあ、何か子供返りしてるような気がする。ギンノスケやゴールに甘やかされて、尚且つギルに守られてしまったから。
……本来なら僕はギルを守る立場なのに。
それなのに、周りはそんな気持ちを露知らず、僕のことを甘やかすんだ。
「お前が望むならそうする。お前の側に居られるならなんだってする、だって俺はお前のことを八年間待ち続けたから。もう待たされるのはこりごりだけど、お前の側に居られるならどんな厳しい修行も、少し側から離れることになっても耐えられる。
だから、約束してほしい。俺がいない時は無茶をしないでほしい。それから、俺がいる時は絶対に俺のことを頼ってほしい。
それを守ってくれるなら、お前のどんなわがままも叶えて見せる。どんなにお前が周りから悪だと思われても、俺は味方でいる。破滅する時も、幸福な時もどんな時でも俺はお前の側にいる」
ほらね、まるで前世のトラウマから守るかのように周りは僕に甘い奴らばかりだ。ギンノスケも、ゴールも、……ギルも。
ギルに依存されていると言うことが福となるか、不幸となるかはわからないが、僕は彼のことをもう他人だとは思えない。
と言うことは、僕ももうギルに依存してきているのかもしれない。彼は大きなジャンル分けをすれば、僕が好きになれないアイツと似た性格なのに、平気だ。
普通、主従関係があったとしても腕を組んで歩いたり、手を繋いで歩いたりはしない。まあ、僕は見た目女の子だし、違和感はないだろうけど、普通のことではないだろうと思う。
ただ、一つだけ言えることがあるとすれば、ギルに僕に対する恋愛感情はないと言うこと。
これは間違いなく、敬愛だ。そして盲信すぎるほど、主人として慕ってくれている。
ギルと二人っきりの竜騎士団になるのはまずいような気がするから、少人数でも団員が欲しいな。清潔を保つと言う意味でも女子の団員は慎重に選びたいものだ。
「そう出来るように努力はする、性格上、一人で行動しがちだから、あまりに酷い時には止めてほしい。直ぐに直すことは無理だから、徐々にそうできるようには努力をすると約束しよう」
彼にとってそれが頼られると言うことならば、そう出来るように努めよう。
彼が側にいることで、発展にも繋がるし、上手くいかなければ破滅に繋がるような気がするから、だからこそ約束事は必要な気がするから。
「それと、僕からも一つ約束してほしいことがある。僕にもしも何かあった時、復讐だけはしないでほしい。そうなった時は、皆と協力して僕が作り上げた大切なものを守ってほしい。
僕は良くも悪くも目立つことになるだろう、誰からか逆恨みをされることもあるし、暗殺を企てる者も現れると思う。
甘んじて死を受け入れるつもりもないし、僕はいずれ上に立つ人間になるから常に強さを求め、それでも傲慢にならず、優しさを持ち続けられる人間でなければならないんだよ。僕のことを思うのであれば、僕が暗殺されても、戦死しても復讐だけはしないで欲しい」
復讐は恨みしか産まないから、だからこそギルや僕の仲間になる人に恨みを生み出すような行動をして欲しくない。
……前世、僕を刺した男のようにはさせたくはないのだ。
「恨まないことは出来ない。だが、復讐だけはしないことを約束しよう。それがお前の幸せに繋がるのであれば」
それならば、君の大切な者達が幸せになれるよう、力になろうじゃないか。全力でね?
そこからの僕の行動は早かった。
2日目はスラム街のおおよその地図の作成、学習所の指導学習レベルの確認。孤児院の職員の質、そして孤児院の環境レベルの確認やら、流行病の原因になるような衛生環境ではないかの確認をした後、怪しまれずに行動するために住民との交流をした。
ここのスラム街での見解はこうだ。
思ったよりは酷くない。それは恐らく、ギルが自分のことを犠牲にしてこの街を守ってきたからだろう。
ギルは学力は低い、だがそれは高い知識を教えられる人間がこのスラム街にいなかっただけで、彼には賢くなれる資質がある。
それを証明するのは、ギル一人の資産で、知識でこのスラム街を守ってきたこの事実だけで十分だ。
「ギル、君は人よりも学び出すタイミングが遅く、誰よりも短い期間でたくさんの知識を学ばなければならなくなるだろう。
しかし、君は僕が来るまで1人でこのスラム街を守り、自分だけでなく他人の生活まで今の状態で維持してきたこの事実は、間違いなく君の功績だ。
君の資質は僕にとって必要不可欠だ。君が必要だからこそ、これから先厳しい指導を受け、たくさんの知識を身につけ、今以上に強くなってもらわなければならない。それでも僕の側に居続けられる覚悟はある?」
そう質問した後、彼の目を見れば、答えを聞かなくても分かった。
いや、最初から覚悟は出来ていることは知っていたが、今なら僕の側に来ないという選択肢もあるよって
ことを伝えたかったのだが、余計なお世話だったようだ。
ギルは運命とか関係なく、僕の側にいることを決めて、彼自身が望んで茨の道に進むと決めているならこれ以上何も言うべきではないだろう。
「……ふぅ、そんな目をされちゃ、答えなんて聞く必要もないみたいだね。はっきり言って、わざわざ茨の道になるような選択をしたんだ、引き返せるのはここで最後なんだからね。
……それを聞いて一回も目に迷いが出ないんだもの、これ以上何も言わないよ。はいこれ、僕からの右腕候補推薦状、これを持って一人でここの山の頂上まで行って。
一人で行けないようなら第一審査で不合格。アンジュさんの授業、特訓に根を上げるなら第二審査で不合格。学園に通学するまでにアンジュさんが満足するくらいのレベルに達せなかったら右腕としては不合格だから、頑張ってね?
これ、地図と旅に必要な荷物。スラム街の改革は僕に任せて、君は右腕候補修行に集中してほしいな」
にこやかに笑っていたが、どこか見え隠れしているスパルタな雰囲気が怖かったとギルからのちに聞かされることになるのだが、今の僕は知らない。
3日目。
ギルは余程信頼されているようで、1日しか共に行動していなかったのに、彼に信頼されていると言うことだけで物事はスムーズに進んだ。
衛生面ではクリア。今まで通りに掃除を続ければ感染症云々は平気だと伝えた後、このスラム街全体の学力テストを行った。
先ほども言ったとおり、ギルに信頼されていると言うことだけで、信頼を得ることが出来たので、テストにもスムーズに協力して頂けた。
テスト内容に関してはティカロ様からの指定テストがあるため、どのくらいの学力なのか、比べる対象はある。
学習書の隅っこを借りて丸付けをした結果、ほとんどの人は簡単な計算や文字を書くことは出来るが、少し複雑になると正解率が下がることがわかった。
ふむ。教員については役柄上、文字や計算が出来るであろう冒険者、と言っても引退して家で退屈している元冒険者を雇うことになっている。
元冒険者であれば護身術、魔法を教えるって言う点でも十分と言える。給料についてはまとめ払いの5年、または10年更新。
それからは一年更新で、冒険ギルドから依頼として続けられ、報酬もギルドから払うと言う契約をした。
教員についてはギルドマスターが何人か、見繕ってくれるらしい。彼の目を疑っているわけではないが、念のため、面接をさせて欲しいと言えば嫌な顔一つせずに了承してくれた。
正直に言うと、スラム街の大人や子供達の中には強い魔力を所持する人間がちらほらいる。それを宝の持ち腐れするにはあまりにも勿体無いから、魔法職の仕事に就いていた人がいい。
それに、ギルから鍛えられていたと言う子供達も多く、身体能力が高い子らが多い。
ギルドマスターと改めて掛け合って、マスターから見て資質のある子をギルド登録金を全額補償出来るように掛け合おう。
もちろん、その資金も100人くらいの値段を寄付しようと思う。
しかし、全額補償が出来る資格としてマスターに認められること、そしてスラム街や収入が少ない人、将来的に自分と同じ立場にいる子供でギルド登録金が払えない子がいれば全額変わって払うことが出来る人間性を持つ人物であることが条件で、だ。
文字や計算ができれば、就職出来る。幸い、ここには戸籍登録をしてない人はいないようだし、学び、働く可能性を広げれば生活が安定すると思う。
ここでは学習所で学べる年齢層を決めず、学びたいと思う人に学んで欲しい。
そのためにはお金だけの援助ではダメなのだ。
4日目。
貧困、スラム街の子供の冒険者推薦補償制度を行うことについてギルドマスターからの許可を頂いた。それと同時に、ギルドマスターを信頼して100人分のギルド登録金を寄付した。
その後、スラム街の教師候補との面接を、ギルドマスターの付き添いの元、行った結果……。
10人中8人を採用することにした。残り2人の不採用理由としてはスラム街に対する偏見があると言うこと、そして実際に授業を受けた印象として、専門用語が多く、その専門用語を説明せずに話を続けてしまうと言うことが不採用の理由だ。
分からないから学ぶのだ、一から説明する授業出なければ意味がない。契約書を作り、契約内容が決まったら、この8人を教員として契約するつもりだ。
その後、学校経理を担当する引退した元冒険者ギルド経理2人と契約をし、そして元からいる3人の教師、そして今回契約する教師8人を合わせて学習所の職員は13人になった。
学習所の職員の人数は一先ずこれで良しとして、新生学習所が開始されてから2週間はバイトを雇って、職員の質の調査をしよう。もし問題があれば、即刻別の職員を探さなければいけないからな。
衛生面クリア、学習所の職員問題は一先ず大丈夫、あとは孤児院と学習所の施設の質。あとは住民の住居の質を高める、そして食生活の質の向上か。
5日目。
今日は応急処置ではあるが、住居の修繕だ。
今日はゴールとギンノスケにも材料運び、材料集めを手伝ってもらう。土壁だったので、小説のために調べたコンクリートの作り方が役に立った。
大工の日雇いの経験がある住人達と、スラム街の家修理担当として本職で大工として働くプロの大工を1人雇い、実行してくれている最中に大工に話しかける。
「ゴミまで食べる雑食モンスターはスライムくらいですよね? テイム出来る住人はいますか。
もし、いなければテイム出来る可能性を見つけられる鑑定スキルを持っている人はいますか」
今、現在この世界でされているゴミ処理の仕方も賢くないやり方だ。
火魔法でゴミを燃やし、残ったカスは空き地に埋められる、それがゴミ処理の仕方だ。
しかし、僕の家では違う。ギンノスケが拾ってきたスライムによってゴミ処理がされている。だから、火魔法でゴミ処理がされているココと、僕が住んでいるところの魔素の質が違う。
事実、魔素は繰り返し使われるものだ。だから、モンスターや戦いをする分には繰り返し使える魔素が排出される。が、物質を燃やすとなれば、また話が違うものになってくる。
物質を燃やすと言うことは、燃やした物質と混ざった魔素が空気中に放たれる。それはつまり、空気汚染と同じことをしているのと同じ。
しかし、空気汚染だけで済むなら良かったんだけどね。物質が魔素が混ざることで使えない魔素が空気中に放たれ、その量が増えることによって人を襲う魔物が生まれる。
魔物とはスライム、ゴブリン、オークなどなど、魔法世界でなくても有名な存在のことではない。それらの存在のことをこの世界ではモンスターと言う。
この世界の魔物とは、あらゆる物質が混ざり、使えなくなった大量の魔素によって構成された生物。今存在している魔物は極僅か、現れた魔物は巫女や聖女、そして光魔法を使える魔法使いによって浄化されている。
それで済むのは今のうち、魔法の使い方を見直さなければこの方法では収拾がつかなくなってくる。
「この街にはいねぇな。鑑定ならギルドマスターができるぞ。鑑定料を払えば、みてくれるんじゃねーの。ゴミ処理の仕方を変えるなんぞ、妙なことを考える坊主だ」
まあ、この事実を知るのは貴族と魔族だけ。アンジュさんは元々、婿養子とは言え、貴族。
そして、容姿とは言え、竜騎士の後継者としてティカロ様に認められている僕はこの知識を学ぶ資格を得ることが出来た。その資格を得た人間として、今までの常識を覆し、混乱させることはしてはいけない。
「物質を燃やすだけの魔法とは言え、魔力を消費します。ゴミ処理に使うくらいなら、別のところに生かして欲しいだけですよ。
ゴミ処理が出来る魔法使い達はこの街では稀少な魔法使いです。ゴミ処理を無くせば、その時間で魔石を作る時間が出来、住民の生活は良くなります。そして、魔法使い達も本来の業務に戻れるでしょう」
しかし、テイマーがいなければそれはただの机上の空想でしかない。僕はここの街には留まれない、ギンノスケみたいに何でもかんでも拾ってきて懐かせ、定住させられるのは極稀なこと。
今からするサポートは、僕がここから離れても一定の生活を出来るようにすることが最終目的であり、一時的な寄付金だけにはしたくないのだ。
知識、武力などの生きる術を与えるこそが、最大のサポートであると僕は思う。
「餓鬼は餓鬼らしくの山を駆けずり回っていれば良いのによ、お前は俺たち以上に難しいことを考えてやがる。
だけど、今まで寄付金だけしか寄越して来なかった奴らより信用出来る。1人で抱え込むなよ、こんなジジィで良ければ出来ることには協力するからよ」
その言葉に心が一瞬で満たされたような気がした。
こう言う活動において、地元住民から信頼されることがどれだけ物事を円滑に運ばせるのか、思い知らされたような気がした。
その後、一度ここから離れても良いかと大工に聞けば、「一度作って見てコツを掴んだから大丈夫だ」と言ってくれたので現場を離れ、鑑定が出来ると言うギルドマスターの元へ向かったのだった。