ザドムの闇
新月の晩。
ザドムは夜にこそ輝く町。
表通りは人々が賑わい、欲望が闊歩する。
俺たちは煌めきを遠ざけ、人気のない道を選び、ショピンの家まで来ていた。
ショピンの家は屋敷と呼んでも過言ではない立派な家構え。
コーツ様の屋敷よりも豪奢で、正方形の三階建ての真っ白なお城みたいだ。
ただし、住んでるのはお姫さまじゃなくてババア。
「おお、かなりデカいね」
「それだけ、あこぎな商売してるってことでやしょ。旦那、ショピンの部屋はわかってんでやすか?」
「ゲラガさんから聞いてる。一階、東角」
「何人か警備がいやすから、気を付けていきやしょう」
「おっけ」
俺たちは屋敷の裏手に回り、頃合いを見計らって侵入する。
「コソコソコソ~、カサカサカサ~、ササササのサ~」
「……旦那、一々擬音を口にしないで下せいよ」
「ゴメン、なんとなく」
「はぁ。それよりも着きやしたぜ。この窓の先がショピンの部屋でやす」
ギジョンは辺りに注意を払い、懐から何かの道具を取り出して窓に手を掛けると、カチャリカチャリと音を立てる。
カチッと、ひときわ大きな音が響くと、そっと窓を開けた。
「開きやしたぜ、旦那」
「すっごっ。何、昔泥棒でもやってたの?」
「裏の世界で長く生きてりゃ、黙ってても色々身につくんでやすよ。そんなことより早くっ」
ギジョンは窓の内に手を掛けて、音も立てずにヒョイっと中に入っていった。俺は彼から手を引いてもらい、何とかショピンの部屋に侵入する。
真っ暗な部屋。何も見えない。
新月の晩であるため、月明かりも頼りにはできない。
かといって、見張りの目もあるため、ロウソクをつけるわけにもいかない。
というわけで、俺は懐から電灯の代わりになるものを取り出した。
ムアイさんから貰ったエルフの森の苔、千畳苔だ。
苔は、蛍光塗料のような淡い緑の光を放つ。仄かな明かりは外から見えにくく、俺たちには十分な光。
苔を手にして、さらりと見渡す。
部屋は思ったよりも広くて、でっかい壺や筋肉ムキマッチョな銅像や高そうな家具が並んでいた。
ギジョンにも苔を手渡して、周囲をくまなく調べていく。
だが、さほど調べる必要なく、ショピンのもの思われるデッカイ机の上に、手持ちタイプの金庫を見つけた。
「ギジョン、いける?」
「まってくだせい。…………問題ありやせん。いけやす」
最悪金庫を破壊するか、まるごと持ち帰るつもりだったが、そんなことをする必要がなくて良かった。
大事な取引前、ショピンには余計な警戒心を持ってほしくなかったし。
窓の時と同じ要領で、カチッと音が室内に響いた。
ギジョンがゆっくりと金庫を開ける。
俺はギジョンに苔を持たせて、金庫の中身を探っていく。
今さらながらだけど、指紋を気にしないで素手で作業できるのは楽でいい。
泥棒的思考はさておき、帳簿らしきものを発見。
すぐさま、開いて中身を拝見する。
「ふむふむ、左が売掛金で右が買掛金か。ほぉ~、借入金がそこそこ、と。逆に貸付金はすごいな。貸付金が多いのも考えものなんだけど……でもこれは、鎖代わりか?」
帳簿から見るに、貸付金のほとんどがショピンの息が掛かっている店へのもの。
つまり、その店らはショピンの言いなり。
「えっと、桧垣さんが来た頃くらいからの売上げ、売上げっと」
帳簿をピラピラとめくって、一年ほど前からの売上げの動きを見ていく。
すると、ちょうど半年前から売上げが伸び始め、二か月後には跳ね上がっていた。
続いて、店で使用する消耗品類の項目を見る。
(やっぱり、桧垣さんが来たであろう月から、経費がかさんでいる)
ゲラガさんはショピンの店の娼婦たちが、ある日を境に化粧や着付けによって見栄えが良くなったと言っていた。
おそらく、それを指導したのは桧垣さん。
裏付けとして、まずは初めて出会った時。
彼女は化粧道具を持っていた。
次に、帳簿による売上げの伸びと消耗品の経費。
半年ほど前から、どちらも数字の伸び激しい。
桧垣さんは、地球の化粧知識や着付けの知識を生かし、ショピンに貢献していた。
彼女も化粧の腕が買われ、『開き』なんて最悪な事態を先延ばしにしていたと匂わせていた。
しかし、強欲なショピンがいつまでもそんなこと許すわけがない。
桧垣さんの器量をもってすれば、娼婦としても相当の稼ぎが見込める。
(くそ、そんなことは絶対に避けないとっ)
もう一度、売上げに目を向ける。
桧垣さんを手に入れて以降、数字の伸びが尋常じゃない。ゲラガさんが警戒するのも頷ける。
(これだけの貢献をしているのに、あのババアっ!)
町で出会った桧垣さんは、年ごろの女性にはあまりにも過酷な格好をさせられていた。
服つぎはぎで、血色も悪く、擦り傷まであった。
だが、哀しいことに、ショピンの虐待行為が桧垣さんを救うヒントとなる。
ショピンは桧垣さんの重要性を把握していない。
ショピンにとって女は、どこまでも体を使って稼ぐ道具にすぎないっ。女の価値を、その一点でしか計っていないっ。
そこにショピンの弱点がある。女性と技術の価値を軽んじる、そこにっ。
(ショピンの件は詰みだな。あとはザドムの掟がババアを追い詰める)
――契約は絶対。
この存在がショピンの胸を暴き上げ、心臓を鷲掴みにする。
帳簿の確認により、救出案・改の成功の確証は取れた。
あとは誰にも気づかれないように、屋敷から脱出するだけだ。
金庫に帳簿を戻して、ギジョンに鍵を掛けさせる。
そうして、窓から出ていこうとした時だった。
ギジョンが声にジワリと力を込める。
「旦那、外の様子がおかしいでやす」
「まさか、バレた?」
「いえ、警備が妙に厚くなりやしたが、そんな雰囲気はありやせん。ですが、しばらく様子見がよろしいかと」
「わかった、じゃあ、」
「ん、旦那、お静かにっ。足音がこちらに向かってきやす」
「え、ヤバくない?」
「数は二人分。旦那は銅像の影にでも。あっしは壺に」
と言って、ギジョンはすぐ傍にあった、隠れやすい壺に飛び込んだ。
「ズルくないか、それ」
「文句を垂れてる暇があったら、すぐに身を隠して下せい。ちゃんと気配を消してくだせいね」
壺の中からしわがれたおっさんの声が響く。
軽くホラーだ。っと、そんなこと言っている場合じゃないっ!
「待てって、気配の消し方がわかんねえよ」
「自分は銅像の一部だと心で唱えながら、くっついときゃあいいんです。早くっ」
「くそ、わかったよっ」
俺は同性でも惚れ惚れする筋肉を持つ裸像の後ろに隠れ、たくましい彼の背中に身を預ける。
そして、ギジョンに言われた通り、銅像の一部だと唱え始めた。
(俺は銅像。俺は銅像。俺は銅像。俺は銅像。俺は銅像。俺は銅像。俺は銅像)
何度も同じ言葉を繰り返していると、広い背中に触れている手が、筋肉の内に溶け込んでいくような錯覚を受ける。
俺は今、銅像となっている……。
なんとなく、銅像と一体感を得たところで、部屋に誰かが入ってきた。
声の調子で、一人は誰かわかる。ショピンだ。
だが、もう一人は聞いたことのない声。
たくましき彼の背中からそ~っと、ショピンたちを覗き込む。
ショピンは机の傍ある椅子には座らず、机の前に立っている。
代わりに、フードを被った男性と思わしき人物が椅子に腰かけていた。
(フード被った人物……まさか、あれが噂の元締め!?)
本来ならば、帳簿を確認した後に、フードを被った謎の人物が出入りしているという北の港へ向かうつもりだった。
いつ見つかるかもしれない状況下で、天から降って湧いた幸運に心を躍らせる。
ショピンが燭台の蝋燭に火を燈すと、フードの男の影が大きく壁に浸み込んだ。
男はフードを取るが、揺らめく脆弱な蝋燭の炎では、はっきりと顔は確認できない。
しかし、影に浮かび上がる顔の輪郭は、どこかで見たことのあるものだった。
(あの男、以前どこかで……? いや、知らない奴のはずだよな。でも、誰か似ている)
俺は男の陰影を注視しつつ、聞き耳を立てる。しかし、二人はぼそぼそと小さな声で話していて、会話の内容は全く聞こえない。
フードの男は何かの帳面を取り出し、中身を見ている。
ショピンは軽く会釈をして、酒瓶の並ぶ棚に近づき酒を取り出すと、栓を抜いてグラスに注ぎ始めた。
透明なグラスを夕日色に染め、フードの男の前に差し出す。
男はグラスを受け取り、机の上に帳面を置いて、ショピンと会話を続ける。
数十秒ほどの会話のあと、まだ中身の残るグラスを机の上に置き、男は椅子を後ろに引いて立ち上がろうとした。
だが、その拍子に机にぶつかってしまい、酒を零してしまう。
ショピンが慌てて、懐からハンカチを取り出す。
男は笑い声を漏らして、ショピンのハンカチを断ると、二人は部屋から出て行った。
足音が離れていったことを確認して、俺とギジョンは隠れていた場所からひょこりと出てくる。
「ギジョン、今の奴の姿、確認できた?」
「あっしは壺に入ってたんでやすよ。姿も会話もわかりやせんでした」
「そっか、残念……ん?」
視界の中に、男が忘れていった帳面が目に入った。
酒を零したことに意識が逸れて、机の上に置きっぱなしになってしまったようだ。
俺は帳面を手に取り、中身を開く。
中には何かを記した文字の横断と、書きかけの便箋が挟んであった。
とりあえず、文字の内容が何なのか、千畳苔を近づけて読んでみる。
「ふむふむ…………ぅ!?」
思わず叫び声を出しそうになり、とっさに手で口を押えた。
嗚咽を漏らす様子にギジョンは驚いて、傍に近づいてくる。
「ど、どうしやした、旦那?」
「こ、これ、見て見ろ。ビックリするなよ」
「ヘイ。では、ふむ…………だ、旦那っ」
「し~っ、声を出すな」
「ど、どうしやす。こいつぁ、あっしらの手に負える問題じゃありやせんよっ」
「わかってるっ」
帳面に書かれてた文字の内容。
それは、貴族や名のある富豪たちの名前。そして……人攫いと人身売買の記録。
ゲラガさんが話していた噂通り、ショピンは各村々から人を攫い、裏で人身売買を行っていた。
俺たちはショピンのアキレス腱。ついに尻尾を掴んだというわけだ。
しかし、尻尾は犬や猫の尾とは全くの別物。
危険な虎の尾……掴んだら最後、食われるのはこちらだ。
「旦那、帳面は捨て置きやしょう。名のある権力者が関わっていたとあっちゃぁ、あっしらではどうにもできやせん。フード野郎がこんなヤバいもの忘れたと気付いたら、すぐに取りに戻ってきやすよっ」
「わかってる。でも、ちょっと待ってくれ」
ギジョンは窓から外の様子を確認して、すぐにでも脱出できる準備をしている。
彼の行動に急かされるように、俺は帳面に挟んであった書きかけの便箋を急いで開く。
便箋に記されていた差出人の名を見て、フードの男の正体を知る……。
「どうりで見たことあるはずだ……最悪だぞ、これは」
「旦那っ、早くっ」
「ギジョン、酒だ。すぐに酒をばら撒けっ」
俺は棚から、馬鹿みたいに度数の高い酒を取り出す。そして、適当な本や紙を机に置き、そこに燭台を倒して、酒を振りかけ始める。
ギジョンは何をやろうとしているのかすぐに気付いて、同じく度数の高い酒を零し始めた。
「いいんでやすか? 取引の前に事を荒立てて」
「仕方ないだろっ。あいつらが戻ってくる前に、早く」
「わかりやした。しかし、そんなもん持って帰っても、あっしらでは」
「考えはあるっ。よし、ギジョン。マッチは?」
「ヘイ、ここに」
「外は?」
「警備は見当たりやせん」
「よしっ」
マッチを擦って、机の上に放り投げる。
揮発したアルコールはマッチの刺激を受けて、一気に炎を上げた。
「旦那っ、行きやしょう」
「ああっ」
俺たちは監視や周囲の目に注意を払いつつ、ショピンの屋敷から脱出した。




