市場調査
話を終え、ゲラガさんの自室から時津亭の食堂へ移動する。
窓の外は朱に染まり始めており、食堂内は飢えたむさ苦しい男どもが埋め尽くしていた。
ゲラガさんが気をつかい、開けてくれたカウンター席の端に腰を掛け、時間が時間だけに夕食を注文する。
しばらくすると、注文したお肉たっぷりのシチューと丸いパンが出てきた。固めのパンをスープに浸してから口に放り込む。
パンをモギュモギュしながら、今頃腰に負担をかけまくっているであろう、ギジョンたちのことを思い浮かべる。
過酷なマラソンを行っている彼らは、今日は帰って来れない。
(俺の方はもうやることないし、あとは寝るだけかなぁ)
スプーンに肉を乗っけて、口まで運びながら店内を見回す。テーブル席はどこも埋まり、席待ちの客が外にまで続いている。
(繁盛してんなぁ。そうだ、これだけ人がいるならついでに)
ギジョンたちだけに、店の調査を任せるのは効率が悪い。
ここにいる彼らからも、いろいろ聞いておこう。
食事を一気に終わらせて、でっかい魚を手に持って歩いていたゲラガさんに話しかける。
彼は黒くて表面がつるっとした無地のエプロンを着用していた。
彼も調理をするのだろうか? 正直、動く山みたいな迫力あるおっさんには、全くもって似合わない。
でっかい手に小さな包丁を握り締め、懸命に魚を捌いている様子を想像すると、思わず噴き出してしまう。
「ぷふっ」
「おい、小僧。人を呼び止めといて、なに笑ってんだ?」
「あ、すみません。妄想笑いなんで、気にしないで下さい」
「妄想笑いぃ? わかんねぇけど、俺に何か用でもあんのか?」
「はい。ここにいる人たちに色々尋ねたいことがあるんですけど、構いませんか?」
「ああ、別に構わねぇぜ。好きにしろ」
「ありがとうございます。じゃあ、」
俺は懐から金貨数枚を取り出す。
「これで酒を振る舞いたいんですけど、足ります?」
「十分すぎるぜ。何を考えてやがる、小僧?」
「酒の力がないと話せないことをちょっと……」
「ほぉ。わかった。んじゃ、店にいるアホどもに発破をかけてやるよ。おい、おめえら! ここにいる死神ヨシト様が 飲み代を持ってくれるってよ。今日は浴びるほど飲んじまいなっ」
「おお~、マジか!? 飲むぞ~。胃がはじけ飛ぶまで飲んでやる~!!」
「ありがてぇ、死神ヨシト様様だな!」
店内は一気に怒号で満たされ、彼らの雄叫びは木造の店をギシギシと震えさせる。
次いで、死神死神と死神コール。
不快極まりない通り名を連呼されたが、もはや怒る気力もなく諦める。
(はぁ~、死神がすっかり定着してるな。今さら反論しても無駄か……)
店にいる男どもは遠慮など微塵も見せることなく、次々に酒を注文していく。
注文の勢いは店員の手だけでは足りなくて、客である彼らが店の奥から酒を引っ張ってくる始末。
彼らの飲んべいっぷりは手に負えない。
(困ったな、これじゃ話どころじゃないぞ)
想像以上の反応に頬を掻いて困り果てていると、ゲラガさんがアル中どもに向かい大声を上げた。
「おめえら! 小僧が聞きたいことがあるそうだ! 振る舞った酒はそのためだぞっ。しっかり、小僧の質問に答えやがれ!」
言葉を終えると、彼は俺に向かいニヤッと笑みを見せた。
味のある笑みに軽く会釈を返し、タダ酒に舞い踊る男たちをキッと見据える。
俺の真剣な表情を前にして、狂喜乱舞していた男どもは静まり返る。
俺と目がかち合った一人の男が、背を丸くしつつ笑顔浮かべてながら話しかけてきた。
「あの、俺たちに聞きたいことって何でしょうか?」
彼の問いに、俺は厳めしい表情から力を抜いてニタリと口を横に伸ばす。
「聞きたい話は、エロ話」
俺はザドムの性産業における、サービス内容と需要の調査を行う。
最初の理由は、金に変わる対価のつもりだった。
異世界コネグッドやザドムの町にはない、地球の、日本の多岐にわたる趣味趣向に合わせたサービス体系。
これらをショピンに伝え、金の代わりにしようと考えていた。
つまり情報を対価として、桧垣さんを救おうとしていたのだ。
しかし、情報の有用性への理解が乏しかったり、即現金を用意できないと受け入れられない場合、これは意味を成さない。
そこが大きな問題点だった。だが、ディルの存在により、事が大きく変わる。
彼から金を引っ張ることができる可能性が出てきた。
なので、彼の意に沿うような行動を取る。
ディルはザドムの情報を欲している。さらに、ザドムへの伝手が欲しい。
伝手の方は、グレンさんの紹介によるゲラガさんの存在で事足りた。
残る問題はディルが満足するようなザドムの情報。
今のところ、有用な情報が手に入るかは不確定だ。
だから念のために、コネグッドでは誰も考えつかなさそうな日本のサービスを、彼に教える下準備をする。
ディルは教えられた情報に満足して金を出す。
これが理想的な流れ。
うまくいくかどうかは、情報収集後の彼に対するプレゼン次第。
酔っ払いどもはエロ話と聞くと、ホッとした様子で女の経験などを話し始めた。
酒が進むうちに、内容はより過激になっていく。
俺は徐々に、彼らの性癖へと話題を移す。
コスプレへの理解。背徳感への興奮。虐げる喜びと虐げられる喜び。
フェチズム。同性同士。獣属性。異種への……といった感じで。
彼らは同性同士や獣や触手には興味ないらしい。特に触手の話は気持ち悪がられた。
しかし、コスプレを含めた、シチュエーションにおける性的興奮には、大いに興味があるようだ。
また、覗きなどの普段やってはいけないことへの背徳感などは、性癖の内に収まっている様子。フェチズムへの理解もかなり高い。
女王様の話になると、理解できるのは一部といった感じだった。
中には、踏まれたり、侮蔑の目に見られたいという強者がいたけど……。
話が進んでいく内に、エロ話の内容はよりディープになり、脱落者が出てきた。
だが、もう十分だ
彼らの持つ性癖はある程度把握できた。
最後に、ここまで生き残ったエロの化身たちに、とっておきの質問をぶつけてみる。
…………ぶつけた途端、ゲラガさんに胸ぐらをつかまれた。
「小僧! なんて、おぞましい言葉吐きやがる! ここは食いもん屋だぞっ!」
「ごめんなさい。でも、一応聞いておきたくて」
「聞くな! 大体、そんなもんに興奮する奴いないだろっ……って、小僧、まさかっ!?」
「ないないないないないっ。世の中にはそういったモノに興味を持つ奴がいるって聞いたから。排せ」
「だから、口に出すな!」
ギリギリと胸ぐらを締め上げられる。これ以上締められたら、息が満足にできなくなってしまう。
俺は食べ物屋さんであるまじき言葉を口にしたことを謝罪した。
だが、締め上げから解放されたとき、俺は見た。
生き残ったエロの化身の中に、小さく何度も頷いている、境地へ至った者の姿を……。
彼らからのエロマーケティングが終え、ゲラガさんに宿を借りる。
ついでに、コーツ邸から身請けの前金を持ってくるように、使いの者を送ってもらった。
さらに、月のない晩の調査のために、ムアイさんから貰った苔も持ってきてもらうよう付け加えておいた。
明日には、金と苔は届くだろう。
あとは金をゲラガさんに渡して、ショピンに話しを通してもらえばいいだけだ。
どのくらい時が稼げるかは、彼の交渉力しだい。
ギジョンたちとは、明日の夕方に落ち合う予定だ。
そして、明後日は新月。
ショピンの動向を探る日。
できれば、潜入のプロみたいな人に頼みたいが、ショピンの目もあるため、ゲラガさんの息のかかった者は使えない。
かといって、昨日今日仲間になったばかりの盗賊兄弟に頼むわけにもいかない。
それ以前に、この手の調査には向いてなさそうというのもあるが。
仕方ないのでギジョンと俺とで調査するつもりだ。
どのみち、こういったことはあまり誰かの手を借りない方がいいと思っている。
情報を共有する相手が増えれば、漏れるリスクが高まる。
俺は借りた宿の部屋を前に立ち、グッと背を伸ばす。
(こんなんでいいのかなぁ? なんかまだ、しっくりこないんだよねぇ。ま、ディルの動向次第ってのもあるし。今はこれでいいか)
扉を開けてすぐに、ベッドへ横になる。
(酔っ払い相手に素面で付き合うのはしんどかった。今日は、もう寝よう)
目を閉じると途端に、眠気が襲ってきた。
次の戦いの場はショピン邸への潜入。それまでゆっくりと体を休める。
緊張しっぱなしでは持たないからね……。
そうそう、酔っ払いたちに最後に聞いた話は、聞いてみただけでそんなサービスを提供する気なんて、さらさらありませんから。あしからず……。
次の日の夕方。
コーツ邸から届いた、俺の虎の子。金貨200枚をゲラガさん手渡す。
彼はショピンに話を通しに行くと言って、すぐに時津亭から出ていった。
丁度、入れ替わりのタイミングで、ギジョンたちが帰ってくる。
ギジョンは腰を押さえては、苦痛に顔を歪め、ゆっくりと腰を伸ばしてストレッチをしている。
盗賊兄ギュンは、たった一日で人相が変わるくらいに痩せこけていた。そして、時折「はう、はう」と不気味な呻き声を上げる。
二人とも、大変身体を酷使した様子。
しかし、そんな二人とは対照的に弟ボルグは元気一杯だった。
「ただいまっす、ヨシト様。人生さいっこおうの日だったすよっ。感謝感激感動っす」
「元気だね、君は……ギジョン、弟君はすごいね」
「すごいも何も、一人で20件回ってやがる癖に、これでやすよっ」
三人の中では、一番ひ弱そうなボルグがここまでタフネスとは。
しかし、ギジョンの分まで回せと言ったが、これはあまりにも……。
「一人で20件って……お前ら、弟君に押し付け過ぎだろ」
「失礼なっ。あっしも旦那のためと思って7件は回ったんでやすよ」
「そうですよ、俺だって12件は回ったのにっ」
「ああ、ごめんごめん。サボったわけじゃないのね。お金は十分だったんだ?」
「へい、少し余りやしたけど?」
「いいよいいよ、好きにして。それでうまいものでも食べて、体力回復してね」
げっそりとしている二人に申し訳なさを感じて、時津亭の食事を勧める。
ギジョンとギュンはおじいちゃんような弱々しい息を吐いて、テーブルについた。
ボルグはというと。
「マジっすか? そんじゃ、俺っち、サホル鳥の丸焼きとぉ、ツノ豚のハムにぃ」
ボルグは疲れた様子などこれっぽっちも見せずに、次から次へと注文を唱えていく。
「マジですごいね。弟君は」
「化け物でやすよ」
「俺も弟がこんなに体力があるなんてびっくりですよ」
届いた山のような食事を美味しそうに頬張っていくボルグの姿に、俺たち三人は畏敬の念を抱かずにはいられなかった……。
盗賊兄弟が食事をする中、主にボルグだが……とにかく、ギジョンがお店のサービスの詳細を伝えてきた。
彼から、細かな情報が書かれた手帳を受けとり、目を通していく。
「ふ~ん、どこも基本は女性を指定してって感じか」
「へい、人気のある娼婦は常連ではないと指定できなかったり、ある程度の額を積まないと駄目だったりしやすが、基本は変わりやせんね」
「あとは、お抱えのってところか」
「それなりの身分の者や金持ちが、熱を入れあげている娼婦でやすね。身請け前の娼婦もそんな感じでやす」
「でも、やることは酒の相手して、話して、寝る。全部同じか」
「まぁ、男と女がやることなんざぁ、最後は全部一緒でやしょうよ」
「全部同じ? フッ、どうかな? 昨日は最後に行き着く場所で盛り上がったんだけどな……」
「何の話でやす?」
「俺は俺で調査してたってこと。ありがと、お疲れさん。ま、予想通りだったけど」
「最後の一言は余計でやすよ。労うだけで止めときやしょうや」
「あ、ごめん。別にないがしろにしたつもりじゃ……」
「別にいいでやすけどね……で、次はどうしやす」
「次は……」
明日の新月の晩、ショピンの家に、ここ半年の売上の動きを探るべく侵入するということを伝える。
もし、ショピンの元締めを目にする機会があれば、それも行うと。
話を聞いて、ギジョンはギリッと奥歯を噛み締めた。
「中々に危険な話でやすね。旦那もあっしと一緒に来るんでやすか?」
「行きたくないけどね。ギジョン、帳簿って読める?」
「字は読めやすが、その手の数字にはちょっと疎いでやすよ」
「だろうね。だから俺が行くしかないわけだよ」
執事補佐をやっていた時代に、事務仕事で帳簿の読み方は覚えた。
妙なところで妙な役の立ち方をするスキル。
どこでどんなことが起こるか分からないので、色んなことは覚えていた方が良さそう。
盗賊兄弟はこちらの話には興味を示さず、ボルグは食事をがっつき、ギュンがずずっと力なくスープをすすっている。
ギジョンは彼らに瞳をそろりと動かす
「あいつらは?」
「いざってときに人手が必要かもしんないし、それまでテキトーに待機かな。潜入は足引っ張りそうだし」
「賢明な判断でやす。しかし、今後どうするんでやす、手下にするんでやしょ?」
「ん~、どうしようかぁ。ギジョンの隊に入れてくれる?」
「別に構いやしませんが、その、給与の方は?」
「コーツ様に頼み込む。駄目なら、俺が出すよ。二人分の給与くらいなら、生活を切り詰めれば何とかなるし」
「何もそこまでしなくても……仕方ありやせん。あいつらがしっかり稼げるよう、仕込んでやりやすよ」
「悪いね、面倒掛けて」
「いいってことでやすよ。さて、あっしも何か腹に入れやしょうかね」
「食欲はあるんだ?」
「そりゃ、もう。調査の手前、遊んでいる最中は酒を控えてやしたからね」
「じゃあ、ギュンが元気ないのって」
「酒の飲み過ぎで、ゲーゲー吐いて。その足で女抱いてを繰り返してやしたからね」
「死ぬ気かよ」
「それだけ旦那に仕えたくて、懸命だったってことでやしょ」
「はは、妙な連中に好かれたなぁ」
話すべきことは話し終え、しばらくの間、取りとめのない雑談を交えつつ、ゲラガさんの帰りを待つ。
夜の帳が町を覆い尽くしたころに、ゲラガさんは帰ってきた。
彼から聞かされた時間の猶予は、一週間。
明日の深夜、帳簿を確認して、次の日の昼ごろにコーツ邸でディルから金を引っ張って、再びザドムに戻ってくる。
一週間あれば、十分にお釣りがくる。
と、思っていた。
だが、あるモノの存在が、時間と交渉の先行き不透明な要因として立ちはだかる。
俺とギジョンは、ザドムの闇に触れる。




