『舞台は再び現代へ』
迷焦の二槍がボルスを守る手前の剣にぶつかる。鬼神の如き気合いを入れ、鍔迫り合う剣を押し返そうと腕に血管が浮き出、歯を食いしばる。
しかし、黒の剣はつまらなそうに動く気配を見せなかった。。
しかし、ボルスに関しては迷焦という自分と似た顔を見てなるほどと、かすかな笑みを浮かべる。
「ここの俺......それにお前まで一緒だとはな。ならこいつは出来るのか?」
ボルスは紺碧色の剣を一瞥し、話す。しかし、その言葉は迷焦には理解し難く、別の誰かに向けられたもののように思える。
「どちらにせよここに意味は無いんだ。こいつごと」
「意味がないなんて言うなッ!」
ボルスの呟きを迷焦が遮る。
「神様な存在には単純に目を細める場所かもしんないけど僕らにとっては大切な場所だ。それを簡単に奪ってんじゃねえよ! 大切な人を思い出す、苦痛だぁ? あんたの過去を少しだけ見たから理解出来るよ。でもな、だからって僕の世界に手を出すなッッ!」
空中に現れた幾つもの水の塊がグニャリと形を変えていき、そして、凍る。
群をなす氷の鷹のくちばし部分は槍のように尖っており、弾丸となってボルスに被弾していく。
その間にも迷焦は突破口を試みる。
彼が今なし得る最高の速さで、最高の力で。
しかし、槍は黒の剣に阻まれ続け、鷹たちは瞬く間に切り落とされた。
神を前にすれば迷焦の攻撃など塵に等しかった。
迷焦は諦める事なく槍で剣を突く。
栞を守るためにと感情粒子を槍に注いで。
が、
「記憶を閲覧したのなら君は知ってるはずだ。自分のためなら俺は何を犠牲にも出来ると」
バキッ......
槍のうち一本が砕け散り、光の雫と化していた。
槍の攻撃に耐えていただけの剣がとうとう反撃を開始したのだ。
そしてそれは、神の攻撃が始まる事を意味している。
「君の選択は間違いだ。俺は止まらないし、止められない。説得を諦めて早く大切な人のところに行けば良かったのにな。今からでもいってくればいいさ」
攻撃された事を迷焦はわからなかった。
自分の胸にある巨大な裂け目に手を当ててやっと気づく。
血なんて出なかった。
記憶をごっそりと削られた迷焦は滅び行く世界へと吸い込まれるようにただ、落ちていった。
深淵に落とされた感覚を迷焦は味わいながら、薄れゆく視界に映るボルスの姿を覗く。
その顔には相変わらず喜怒哀楽が見あたらない。
しかし、迷焦はふと言葉が湧き出、思わず口にしていた。
「大変、だね」
それは自分に向けてなのか他の誰かに向けてなのかは定かでは無い。
が、感情がわからぬボルスの頬がかすかに強ばっていたのはここだけの話。
迷焦には栞がいるが、ボルスの想い人は会いたくても会えないのだ。
そのために彼はこんなところにまで来て武器を回収しているのだから。
だから、迷焦の目的はもう終わったのだ。
栞は取り戻した。
迷焦はこの世界を、栞との思い出の場所を守れ無かった事だけを悔いた。
存在理由によってなんとか形を保てているだけの迷焦はボロボロと形を崩す天界へと叩きつけられる。
と、時間が経たぬ間に迷焦の体に熱が入る。
迷焦はすぐに散るであろう自分の体を死に抗うよう無理矢理に引きずった。
自分の大切な者の元に行くために。
力を入れる度にふるえ出す手足に動けと命じ、体の端から光の粒が零れて始める少年は栞を見つけるのだった。
「メイメイッ!」
駆け寄り、栞は迷焦を抱き寄せる。
「ごめん、居場所、一つ失わせちゃって」
「何言ってるの、それより回復を」
治癒魔法をかけようとした伸ばされた栞の手を迷焦が止める。
「大丈夫だから。これでやっと帰れる」
「メイメイ、あの世に行っちゃ駄目だよ!」
「いや、現代にだよ。向こうでもう一度会おう。だから」
言葉をカサッと何かが擦れる音に遮られ、栞が迷焦の袖に何かを入れるのがわかった。
「メイメイが忘れてもわかるようにヒントを入れたよ。行き先は......なんとか探してね」
「わかった。絶対見つけるよ」
迷焦たちの体は次第に光に包まれ始める。
どうやら時間が来たらしい。
迷焦は体を起こして栞の手を握る。
頬には自然と涙の粒が貯まっていく。
それを堪えるように、愛する人との再開にしまうように迷焦は笑った。
栞が先に消え、残された迷焦は友の名を呼んだ。
離れた場所に落ちたままのはずのアクウィールはそれを感じさせない風に歩いてくる。
「やあ、気分はどうだい? まあ最悪では無い事を祈るよ」
子供の姿の彼は崩れる世界の中でも変わらない。アクウィールの本質はそこに隠されているのでは無いかと迷焦は思えてしまう。
「結局、勝てなかった、というか勝てない。ボルスって何なのって感じ」
「まあ彼は破壊神だからねえ。それよりもしばしのお別れだ迷焦。この世界を作る核が消えた今、ここは居心地のいい場所じゃぁない。ボクはまた旅でも始めるさ」
「そっか。また会えるかな?」
「会えるさ。君が真に神を倒したいと思った時なんかは特に」
迷焦が「また思わせぶりな」と言うとアクウィールは子供の余韻を残した笑みを浮かべる。
「ボクは君の友であり、共に過ごしたハルシオンでの二年半は面白かったよ。これらは本心だ」
「僕もだ。いろいろありすぎて困ったよ。最初は師匠に「精霊使いは精霊を使ってはならん」とか言われて、習った事も無いのに剣一本でドリムと戦わされたり」
「師匠が死んで宛もなくさ迷う君に彼らが声をかけてくれたりと」
「ユーリ先輩たちかぁ......ん、待てアクウィール。下の皆は! 身内は無事なのか!」
干渉に浸っている場合では無いと迷焦が立ち上がろうとする。
それをアクウィールが言葉でせいする。
「この世界は何も滅んだわけじゃない。半壊かな。過去の地球の六大陸が全て一つであったと言われるようにこの世界も別れるだけだよ。ただ、数割はフェイドアウトだし、機能するかもわからない。でも安心して。身内は死んでないし、君が再びこの地に来る時にはハルシオンは生まれ変わってる。ボクがそうする」
「そっか。なら、良かった......」
それが迷焦の最後の言葉だ。
小さな子供は天に昇っていく数多の感情粒子と共に、一人の少年の心を見るのだった。
「さようなら、ボクの眷属の一人。君とは友でいたい。だからもう会うことが無い事を友として祈るよ」
「それはこれから起こる超次元的な何かなのかに巻き込みたく無いからか? アクウィール」
「その声は......メイヤ。まだいたんだ。出来ればこれから起こる事を君に見せたくは無いな」
子供に似つかぬ穏やかで奥底の見えない瞳が黒髪赤眼の少年に向けられる。
「なら、僕もここで消えるとするか」
「わざわざ挨拶来る必要ある? 君の瞳にはボクは眼中に無いと思ってたんだけど」
「そりゃぁ、いつかの友に二度目の別れを告げるため、じゃ駄目か。どうせわかってんだろ全部」
呆れた顔のメイヤは瓦礫に腰掛け、消える時を待つ。
アクウィールの言いたい事をメイヤが先回りして答える。
「次は必ず成功させるよ」
「そうかい、それだけ清々しい顔見せられちゃあ掃除を頼めそうに無いね。さよならだ、ボクの友。君のこれからは今よりももっと辛い物となる。でも、君なら乗り越えられるさ」
「ああ、耐え抜いて見せるさ。そんなのここに来る前に決心したもんだからな」
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メイヤが消え、庭園があった場所にはアクウィールの足音が薄暗く鳴り響いていた。
アクウィールの視線の先、どす黒くなりつつある肩口を抑えるアンゴルモアが呻めく。
それは人の目にしていいものなのかと思えるほど醜い物だが、アクウィールは何事も無いように屈んでその苦悶の様子を覗き見る。
「痛いよね。ボルスの持つ黒い何か。あれに触れた物は例外を除き、毒にやられて死ぬ。まあ君が攻撃の際に見てしまったボルスの記憶については消そうと思っていたから手間が省けたよ」
「私は、この世界を......お前らから......救う」
「ここに来てそれかい。ボクらが何者かを独自に調べ、行動出来たことは素直に認めるよ。それが正しいかはともかくね。君は神の力を得るために向こう側の人間を使って迷焦や栞をこの世界に来るよう調整した。ボクらを出し抜こうとするために。でも、それをボクらは利用して新たな眷属の育成が出来た。感謝するよ」
「眷属? 何を、言っている? 貴様らの敵は他の何かなのか......ガバッ......毒が、」
身体が黒くなったアンゴルモアにはもやは呼吸すら危ぶい。
アクウィールはそんな彼を流し目で見送った。
立ち去るアクウィールは最後に告げる。
「君には教えない。感情粒子程度で満足しているようじゃ、ね。ただ、君はボクらに関わりすぎた。だから死んだ次があるなんて思わない事だ。大丈夫、君は一時的だとはいえこの世界を守った。後はボクらに任せておくれ」
それだけ聞くとアンゴルモアは「良かった、ぞよ」と砂のように崩れるのだった。
「ボルス、まだいるんだしょ。この世界にもう一度生を与えてやって欲しいんだ。君にとっても悪い話じゃないはずだよ。いつも滅ぼした後に悔やむ君にチャンスが来たんだよ」
と、アクウィールは一人、空に浮く大陸の天辺で呟く。
「そもそもこの世界を潰す必要ってあったの? まあ君にも事情があるのは知ってるけどさぁ。ボクはまた旅に出るよ。次の眷属を探す旅にね」
この世界にはまだ謎がある。
だが、これから先は彼らの物語であり、まだ、語られる事は無い。
これは迷焦を中心とした物語なのだから。
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開かれた視界からは朱色に染まる自分の部屋がいつも通り、しかし、どこか懐かしいと思える。
僕は心地良く、そして優しい温もりが覚める頭から消えていくのを感じた。
何か大切な事があったような気がしたが、わからない。
確認するように僕は口に出した。
「夢、かな。なんかすげー長く感じたんだけど」
呻く腹の音に従い、僕はベッドから出て扉を開ける。
なぜか身体が重い。
いや、自分のでは無いように何かがずれたように感じる。
反射的に鏡を凝視する。
「おかしくは無い、よな」
多少乱れているが、特に特徴のない黒髪。
未だ上がりきっていない目蓋の瞳は気だるけにさえ見える。
体格は中学生にしては少し小さいくらいだが、程よく筋肉のついた手足は運動をする際には活躍してくれる自信がある。
違和感が残るも、僕は階段の中間地点までを飛び降りる。
もちろん音はあまり出ない。
もう四年もの間、誰もいない時の習慣となっていた。
今日も日常に紛らせたトレーニングをこなしつつ、冷蔵庫から作り置きの野菜バーを数本口に含む。
人参や大根の程よい甘味が口の中に広がり、心地の良い野菜の響きが台所に伝わった。
と、次第に車の音が混じる。
直ぐにそれが誰かはわかった。
迷う事無く扉が開かれ、四十の主婦の定番。
どしりと音をたてるビニール袋の音。
「母親、か」
そう言えば行く前、何かを言っていたような。
まあ二階へ戻る際、嫌でも会ってしまうから考えないようにしよう。
僕はいつも通り、無愛想な面を作ると母親のいる玄関を横切ろうとする。
と、
見知らぬ少女が四十の後ろにいる。
ライトベージュの短髪に、片側に一つ三つ編みが入っている。
少女と言うより幼女であろう。
身長に華奢な身体つきがそう判断させる。
まさか、ハバアめ。誘拐したのか?
まあ、そんなわけは無いだろう。
僕の疑わしい目を見ても、母親は呑気なもんだった。
「この子が今日から家族になるのよ。迷焦も挨拶なさい」
母親が後ろに隠れていた幼女を前に行くようする。
これから義理妹になるであろう幼女は人見知りなのか僕が怖いのか、俯いた瞳を懸命に上げる。
見えた幼女の顔は客観的に言えば整っていた。愛と優しさの塊ですと言わんばかりのつぶらな瞳は身長の差によって上目遣いに見える。
ほんのりと赤い頬にぷくりとした唇。
あどけなさなど総合的にすれば、前に友人が見せた二次元天使画像とかいうわけのわからん
者に似た愛らしさがあった。
ただ、一瞥して興味が失せた僕は簡単な挨拶で済ませようと幼女と目を合わせる。
すると、幼女の瞳が大きく見開かれ、そこから光る何かが見え始める。
「やっと会えました、せん......じゃない。ええっと、始めましてお兄ちゃん」
今この幼女、抱きつこうとしなかったか。
引きつる頬を全力で和らげよう心がける僕はとりあえず笑った。多分ぎこちないだろうが。
幼女は頭を下げて名前を告げる。
「名前はレナです。これからよろしくお願いします。迷焦お兄ちゃん」
屈託の無い笑顔が本当に嬉しそうで、さっきの人見知り要素の欠片が消えていった。
だと、余計やりづらい。なぜなら僕の日常のほぼ毎日でお子様にはオススメ出来ない事をしているからだ。
挨拶をし、幼女が僕の部屋をみたいと二階に消えていく。何気に順応力高すぎる。
「......って、こら! 勝手に部屋を覗くなー!」
僕の部屋にはお子様が見てはいけない品が数々あるのだ。
それが何をするのか分からないのならまだいいが、一部にはまんまの物もある。
物凄い勢いで扉を蹴るや、時既に遅しだった。
幼女は怯える瞳で手にある銀に輝く一本のナイフを見つめていた。
「せん、お兄ちゃんこれ、どうして......」
仕方ない。ばらすか。
どちらにせよ避けては通れないのだから。
「僕が糞親父を殺すため。弟を殺した、ね」
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迷焦の瞳の色が明らかに鈍くなるのを感じ、幼女は経験からこういう時は下手に動かないほうがいいとわかっていた。
迷焦は現代へと戻っては来た。
ただし、今見せる彼の表情は迷焦がハルシオンに来る前と何ら変わっていなかった。
ハルシオンと後三話くらい。
きりがいいのでここいらで振り返ります。
7月から書いてはや11月。
文章力を上げるために書いたら投稿(修正無し)を繰り返し、本当に上がったたんですかね?
今まで読んでくださった皆様の恩恵で今日まで書き進められた事は疑うよちもありません。
舞台は再び現代。
ハルシオンでの経験が無い迷焦は一話と同じく父親に復讐を企む。
異世界にいないなら人は強くない?
それを迷焦が歩みます。




