第四章 『終焉は刹那から』
現れたのは大天使でも巨人のようなごっつさも無い少年の姿であった。
服装はどこか違う世界の物であるが戦闘向きとは思えない。ただ、それがボルスの異質さや内側から溢れ出る力を体現する。
少年は光の輪の中央から数メートル下降した辺りで停止し、何かを探すよう世界全域を見渡す。
そして、素直な感想を口に出した。
「まだあったのか、こんなおもちゃの世界。回収して速く終わらせてやりますか」
独り言のように宣言された世界の終わり。
ボルスと言われる少年は手をかざし、終焉を始めようとする。
手始めにハルシオンと言う一つの大陸に目に見える亀裂が入る。
空気そのものが揺れ、世界が唸りを上げる。
躊躇い無く実行するボルスにアンゴルモアが横から口をさす。
『お待ちくださいボルス様。いいのですかな、ここで世界を壊せばあなたの想い人の写しみも一緒に死んでしまわれるのですよ!』
だが、ボルスは反応を示さない。
はなからアンゴルモアなど見えていないかのように手をゆるめない気配を見せなかった。
アンゴルモアは絶えず肌を突き刺すボルスの存在感を感じながらも口を止めない。
『あなたは......お前は写しみに釣られてやってきたのでは無いのですかッ!!』
動揺を誘う事に失敗するもアンゴルモアはボルスに向けて突進する。
顔には恐怖が張り付いているがアンゴルモアは己の力を疑ってはいない。
今やこの世界の感情粒子を吸い尽くす化け物であるアンゴルモアはこの世界で最強のはずだ。
体積だってボルスの何倍もある。
その怪物の巨腕で神を握り潰そうと伸ばされる。
そう実行し、アンゴルモアの腕が覆い被さるよう神に触れ......られなかった。
バチュッと意味不明な音と共に伸ばされたアンゴルモアの腕が、ボルスに触れることなく肉塊となって落下していった。
『えっ、なっ、』
腕はすぐに再生するもアンゴルモアは今起こった事に額の汗を隠せない。
と、ここでようやくボルスが化け物の存在に気づく。
全てを諦めたようにも見えるわずかに感情の残ったその瞳からは、床に落ちた埃の塊でも見つけたような、消え入る興味が伺える。
アンゴルモアはそれに気づき、先と同じ事を叫ぶ。
『あなたは......お前は写しみに釣られてやってきたのでは無いの、ですか』
叫ぶという表現もギリギリな弱い声。
アンゴルモアは痛感するほどにボルスとの差を思い知らされていた。
視線を向けられるのも避けたい。
そんなアンゴルモアの感想を裏切るようにボルスは口を開く。
「俺は武器を取りに来たのとこの世界を壊しにきた、それだけ。それに偽者はいらない。前者はこの世界を創っている俺が落とした神器」
『えっ、創っているですか? ここはあなたが作った世界では』
「間違っては無いよ。神器に残った俺の残滓が形作ったのかもな。まあごたくはいいよ。恒例のあれ言うのがせめてものとむらいだ」
そして、
「俺は今から世界を壊す。抵抗したくば戦え。呪いの呪文でも改造人間でもロボット兵器でも宇宙艦隊でも超高出力ビームでも負けないなりチート、未知の法則なりなんなり使え。じゃあ始めようか、また一つの世界をかけたデスゲームを」
神は静かに告げる。
と、ハルシオンの北端。
迷焦たちが暮らしていたサンレンスよりも北に位置する世界樹から光点が一つ。
ボルスの手の中に飛び込んできた。
球体であるそれを掴み、ボルスはとある武器の名を告げる。
「カラドボルグへと変化。そのまま刀身を延ばし続けろ」
************
突如、空からの黄金の光が僕らの視界を奪う。
と、彼方に見据えられるボルスと呼ばれる少年の手に一本の剣が握られている事に気づく。
先ほどまで確か球体であったはずなのに。
いや、ある。
疑問が僕にこれまでの経験を覗かせ、解答を導き出させた。
「あれも創造書庫、いや、本物」
光る球体を手にした辺りからボルスの声が聞こえなくなっているために彼がどんな武器を選択したかはわからない。
だが、少しでも離れた方がいいと言うのは共通認識だ。
僕は慌てる栞を抱きかかえ、爆音寺とメイヤの名前を呼ぶ。
(二人とも死んでるとか言うなよ。絶対帰んだからな)
と、瓦礫の下からそれぞれ這い出てくる二人。さすがに全身ボロボロであった。
メイヤにいたっては腕がだらりと垂れ下がっていたりと見るからに戦えないレベルにまでになっている。
しかし、アンゴルモアとの戦いで生き残れた事が凄い。
滲み出る涙を堪えて、二人を救出、氷魔法で下までの道を作り、先に下ろしていく。
次は栞の番だと彼女を見るや僕の裾を引っ張っていた。
「メイメイ、あれ」
栞が指差した先、ボルスの剣が凄まじい事となっていたのだ。
光が剣を包み込み、刀身を有らん限りに膨れ上がらせる。
ビームサーベルの如くどこまでも伸びる。
地平線のその先まで伸びたその剣は世界を斬るためのもののようでーー
「まさか」
ボルスが笑った気がした。
次の瞬間、振り下ろされた光の剣が本当に大地を。
とっさに栞を引っ張ると彼女が元いた場所に閃光が撒き散らされる。
五感が光に塗りつぶされ、衝撃が僕を塵のように吹き飛ばす。
僕が起き上がって最初ににわかったのは揺れ動く地面。
切断された沈没船の如く大地が傾き始めたのだ。ジェットコースターの落ちるの時のような落下していく十倍の感覚が襲う。
天界がボルスの一撃によって切り裂かれたのだ。
なんていう力だ。
これが神。
圧倒的すぎる。
舌を巻く僕はただ空に落とされないよう耐えるしかない。
「掴まれよ栞」
栞の腕を引っ張り、僕が崖となりゆく建造物をよじ登り、なんとか落ち着く場所まで来る。
と、
「メイメイ、下が......」
栞が裂けた大地の縁に手をかけ、下を覗き見ている。
僕も同じようにすると有り得ないと感じさせる衝撃が全身を駆け巡った。
見えたのは巨大な大地、ハルシオンだ。
まだ早いはずの雪によってなのか一面を白く埋め尽くしている大地。
僕らの第二の故郷。
それが
「真っ二つ......だと」
ボルスの一撃は天界を通り越し、ハルシオンという巨大な大陸を切断していたのだ。
僕は神ってもののスケールを間違えてたのかもしれない。
アンゴルモアはなんとか食らいついていけたからこっちもなんて考えが甘かった。
奴は化け物なんだ。
その事実が痛いほど身にしみる。
そして、奴が世界を滅ぼすなら栞も例外ではない。
しかし、あんな相手に敵うとすら思えない。
栞を避難させた方が最良だと僕は自分に言い聞かせる。
しかし、
「もう逃げ場なんて。どこにいっても滅ぶだけじゃないか」
上空から神の雷光が再び放たれようとする。
逃げ場は無い。
「やっぱり神を倒さないと駄目なのか。いや、勝てるはずも無い」
ぶつぶつと呟いているであろう僕に最良の閃きは降りてこない。
「何かないのか」
「ねえメイメイ、神様ってなんでこのを壊すの?」
栞が尋ねる。
時間がないが今はどんなきっかけからでもヒントが欲しい。
「言われて見れば理由、わかんないかも」
武器を取りに来ただけなのなら滅ぼすことはないじゃないか。
ならば何故?
ボルスという男はアクウィールに見せられた幼少期の姿でしかない。
確か一人の少女を探しているのでは無かったか。それ以外わからない。
「メイメイ、多分虚しいんだよ」
突然の栞の言葉。
それは僕が考えた今までの答えとは
違っていた。
「虚しいって?」
「あの神様の記憶がここを作ったんだよね。多分探している人との思い出の場所も含まれているんじゃないのかな。でも今も探してる神様にはそれを見るのが苦痛、その女性が隣にいない事が寂しくては、ここが仮初めに見えるんじゃないのかな」
「......そうか」
だとすればいけるかもしれない。
ただし、声が届かなくてはいけないが。
しかし、やるべきことはわかった。
ならば
「言ってくるよ」
僕の言葉に栞は驚愕の表情をする。
「駄目だよメイメイ。敵いっこ無いよ、それに......もう離さないって、どこにも行かせないって......置いていかないでよ」
「大丈夫、僕は死なないよ。命がけの話し合いが終わったらすぐ戻ってくるから」
「命がけって。駄目だよそんなの。こんな時にカッコつけて世界を守るとか馬鹿だよ、馬鹿過ぎるよ」
「世界は別にいいけど栞は僕が守る。それが理由じゃ駄目かな」
僕の前で泣く銀髪の少女はやはりというか綺麗だった。
泣いているために紅潮した頬が白い肌を着飾っている。
乱れた髪が少女の生を強く感じさせる。
守りたいと思える少女が僕のために泣いている。
それだけで僕には充分だった。
僕は栞の頭を軽く撫でて別れを告げる。
しばしの別れだ。
「僕がもし栞を見失った時、何か目印が欲しい。そうすれば探しにいけるから」
「......待って!」
離れようとする僕の手を栞が掴む。
「メイメイに魔法をかけて上げる。絶対生きて帰れるように」
僕の手を華奢な両手で包み、その上に栞は頭を付ける。
柔らかな暖かさと共に何かが僕の中で膨れ上がるの感覚を体験する。
温かい何かが全身を駆けるような、それでいて力強くなるような。
僕の氷を溶かす。そんな風にも感じた。
終えたのか栞は優しく手を離していく。
「ワタシの能力は魔法増加だよ。これでメイメイの氷は更に凄くなった。もう、安心だね」
涙を貯めたままの顔で微笑む栞。
その笑顔はどんな花よりも美しかった。
栞が花なら僕は蝶になりたい。
「ああ、また助かったよ。大丈夫。僕は栞の元に帰ってくるからさ」
言って離れ、すぐに僕は振り返った。
まだ伝え忘れた事があるからだ。
「栞。ごめんな、妹を生き返らせさることが出来なくて」
返事は返って来なかった。
いや、僕がすぐにアクウィールの名を呼んだから聞こえなかっただけかもしれない。
疾風と共に僕の手に紺碧色の槍が飛び込んでくる。
『本当に行くの? 向こうには絶対勝てないよ。ボクが保証する』
「そこは保証するな。それにね、絶対なんて事は無いんだよ。一歩前に進めば絶望だって違って見えてくるかもだし」
僕は背中から氷、いや、今は水となった羽を羽ばたかせる。
心の冷たさは少し取れた。
その少しで充分だった。
眉や髪の一部、腕や肩などが凍る。
今の僕には氷と水、両方を使える。
そして、魔法の威力は前とは桁違いであった。
「だから行くよ」
『そっか。ボクは君と友になれて良かったよ』
「僕もだよアクウィール」
僕は自身の羽でどこまでも高く飛び上がっていった。
************
『馬鹿な、馬鹿な! 私は神なのですぞ。この世界を取り込みつつある最強の存在。なのに、なのにッ!』
アンゴルモアはボルスに触れられもしない。
必ず一定以上近づけばその部位が肉片と化してしまうからだ。
アンゴルモアは光の爆発をボルスに行う。
もちろん最大火力で、迷焦たちの時とは比べ物にならない威力の白き閃光がボルスを包む。
が、
『なんで聞かない! 傷一つ負わないなんて』
わめき散らすアンゴルモアにボルスはさすがにうざったく思ったらしく、呆れらぎみに言葉を吐き出す。
「俺は何も技なんか使ってないぞ。ただ有り余る生命力だが、覇気だかが結果的に弱い攻撃を無力化してるだけだ。さっきのカラドボルグが警告だと言えばわかるか。それがお前との差だ。お前じゃ足りない」
ボルスはつまらなそうな態度を取る。
と、周囲から黒いモヤが見え始める。
すぐにそれが肥大化、ボルスの周囲を守る十二の剣となり、その一本がアンゴルモアを捉える。
すぐに連なる刀身だけの黒剣となり、波状の雨がアンゴルモアに降り注ぐ。
肉片すら残す気の無いそれは突き刺さるでは無く消し去る言葉お似合いだろう。
アンゴルモアは全力で避けようとするが、音速じみた速さに追尾性も兼ね備えているらしく、一匹の蛇のようにアンゴルモアの肩口を引きちぎった。
しかし、まだ終わらない。
アンゴルモアは無限にも等しいと思える死の槍にせめてもと、腕で目を隠す。
が、
(攻撃が来ない?)
目を開けたアンゴルモアに死を呼ぶ物は無く、変わりに別の者へと責め立てていた。
その少年は澄み切った水のような羽を身につけ、槍を二つで黒き刃と立ち向かっていた。
「せりゃぁぁッ!」
刃を凍らせ、止まっている時間にボルスへと突進する。
無駄だとアンゴルモアは思った。なぜなら相手は神だから。
しかし、少年の槍はボルスの覇気を貫き、初めて防御を取らせた。
ついさっきまでアンゴルモアに勝てなかった少年が今やボルスの剣に攻撃していたのだ。
その、少年は叫ぶ。
「僕が相手だ、破壊者!」
無道迷焦が二槍と共に神の前に立つ。




