第四章 『神降臨』
アンゴルモアは流れ星の如く庭園を巻き込みながら飛ばされる。
へし折れる大樹に巻き込まれ、の存在の姿を消す。
肩から息を吐く迷焦は腕から二本の槍を手放した。
へなりと地面に座り込み、勝利の余韻に浸る。
と、迷焦の後ろからメイヤが鬼気迫る叫びを上げた。
「死んだ際の粒子が見えるまで気を緩めるな!」
「えっ?!」
迷焦がとっさに大樹を見る。
ただしそれはメイヤに言われたからでは無い。
声と同時、アンゴルモアを下敷きにしたはずの大樹がぐらりと音をたてて動いたからだ。
大樹が押し退けられる形で。
下から聞こえたのは耳障りな声。
「さすが......私が見込んだお方。よくわかっていらっしゃる。......神たる私の野心をこの程度の事で防げると思わないことですぞよ」
そこにいたのは槍によってとどめを刺されたはずのアンゴルモアの姿であった。
全体的にボロボロで、息は音をたてているがまだ生きていた。
その事実が迷焦の思考を白く染める。
そんな迷焦の後ろからメイヤが水面を駆ける速さでアンゴルモアに接近、黒剣で殴り飛ばす。
もはやアンゴルモアの体を斬るという事が出来なかった。
「コイツ死なねえ。首当てたのにこれとは以前戦った奴を思いだすなぁおい」
「あなた達のおかげで私は新たなステージへと上ったのです。いわば神。野望が叶うまで私の体は永遠に突き進みますぞ!」
「つまり腐った存在理由が意志の強さであり得ねえほど頑丈になって、絶えず供給される感情粒子で消し飛ばしたはずの命を繋ぎ止めてるってか! ありかよんなもん。感情の強さ爆発させすぎ、もはや逝かれてる次元だぞテメェ」
「逝かれてる? いえいえ私は至高の存在となったのです。これならもうボルスに恐れをなす事など無いのです。夢石の力を全て私の力に注ぎ更なる力を」
突如として群をなす光の流れ。
天の川のよう流れられるそれはアンゴルモアの体へと吸収されていく。
より強く、異質な者へピエロは内なる力を増大させていった。内側から服を破り、黒色の翼
、そして身体を無尽蔵に広がらせる。
置いただけで鋭利な巨手が大地を砕き、その質量のみで庭園が崩壊する。
巨人から更に成長するアンゴルモアの姿が、次第に化け物と化していった。
感情の丈が人智を越えているのなら最大限の感情を爆発させて力を増幅させるメイヤたちの最後の手段も奪われる。
ならばメイヤたちに太刀打ち出来はしない。
舌打ちと共にメイヤは立ち上がるアンゴルモアと対面しつつ、迷焦と今もなお眠っている栞に目を向ける。
「今すぐ栞を解放しろ!」
「あ、ああわかった」
今もなお増長するアンゴルモアから背を向き、迷焦は結晶に閉じ込められた栞を見つける。
迷焦はこの一日の間、探し求めた穏やかな寝顔。
銀髪に隠れたその表情は外の世界を知らぬ赤子のように穏やかなだった。
思わず泣いてしまう気持ちを堪え、迷焦は握り締めた槍を結晶に突き刺す。
迷槍で結晶を丁寧に砕いていていき、露わになる栞を早く出したいという焦燥に耐えるよう迷焦は手を動かしていく。
傷付けないよう迷焦は中から栞を引きずり出す事に成功した。
その後、迷焦の腕の中でゆっくり目を開ける栞。
栞は迷焦を見て開けたばかりの目を見開く。
「なんでメイメイが......え、え、ここどこ?
何がどうなってるの??」
それはいつも通りの彼女の姿であった。
掴めずに一度消えてしまった少女。
栞のために迷焦は一日の間に数多の試練を越えてきた。
そして、遂に少年は願いを、一人の少女を取り戻す。
だから、栞の変わらぬその声に迷焦は今度は堪えきれずに涙を零してしまった。
それを見て更に戸惑う栞だが、泣いている迷焦の気持ちなどするよしも無い彼女はただ頭を撫でる。
「いーこいーこだよ。なんだかメイメイと会うの久しぶりな気がわあっ?!」
「ほんと、何年も会えなかったように感じる。もう離さないから......絶対に」
掴んだ少女を離さぬようは強く抱きしめる。
どこえにも行かせぬよう。
栞は少し照れくさそうに迷焦の肩に腕を伸ばす。
「メイメイ浮気は駄目だよ」
「今は許して......ずっとこうしてたいから」
「ワタシ駄目だよね。罰を受けるはずなのに今とても幸せな気分なんだよ」
「僕も。その声が聞きたかった。やっと、叶った」
迷焦の瞳からは絶えず涙が溢れ出し、零れ落ちた水滴が氷を溶かす。
と、
「お熱いとこ邪魔すっけどお二人さん。逃げるなり戦うなりしてくんねえか。死力を尽くすにしても目の毒があると守らなきゃいけなくなるし」
腕を押さえ、口から吐血するメイヤがそう言った。
その瞳はどこか寂しそうに視線を彷徨わせ、最後には鋭い眼光となって化け物へと送られる。
「勝負だ化け物。僕の一番得意な氷で相手してやるよ。泣いて感謝しろよな」
二人を背にメイヤは一人、巨大化していく化け物に立ち向かう。
メイヤが出したのは龍を思わせる太さの柱状の氷三つ。その大きさは化け物に負ける劣らずの巨木だ。
一つ一つが全てガブリエルを殺せる力を秘める。
それがうねりを上げてアンゴルモアであった者に食いついていく。
枝が別れるように、もしくは真っ直ぐ太く増長をし、化け物を庭園から引き剥がす。
圧倒的な質量同士のぶつかり合い。
一撃一撃が耳をふさぎたくなる大音量で繰り広げられていった。
「アクウィール、手を貸せ! 巨剣でだ」
『ほいよ』
飛んできた紺碧の巨剣を掴み、メイヤは身体から吐き出すよう力をそれに集結させていく。
氷に包まれたアクウィールでメイヤは庭園に食らいつく化け物を今度こそ弾き飛ばした。
巨剣とはいえ大きさはメイヤの二倍ははどだ。
しかし、それらは氷山の一角。
内包する力がそれを可能とするのだ。
突き落とされたアンゴルモアは自分が一度でも押し負けた事に驚いたが、翼を出して空に止まり、息の根を止めようと獅子奮迅の力を振るうメイヤの迎撃を行う。
今のアンゴルモアにとってメイヤとは手を振って潰せるハエにしか過ぎない。
はずなのに、まだ抗う。
アンゴルモアが小指を弾くだけで氷は砕け、吹っ飛ぶがすぐにメイヤは切り戻ってくる。
メイヤは攻撃し続けるが化け物の手に捕まり、握り潰されようとする。
アンゴルモアは怪鳥のような巨大な顔でメイヤを睨み、愉快そうに手に力を入れる。
メイヤは堪えているが徐々に締まる。
神にここまで善戦出来たことが奇跡なのだ。
メイヤの力はそれほどまで強かった。
だが、アンゴルモアはそれ以上であり、人と神の差。
あるのはそれだった。
『やはりあなたはイレギュラーですな。あなたの強さ、もう一人とは別格。まるで二人分。まさかとは思いましたが今の私ならあなたの正体が理解出来る。だからこそ感情粒子の奥の深さが感じられる。時間の超越も可能とは。だとしたらあなたは報われませんなぁ』
「黙れよ。声が醜く成りすぎて耳障りだ」
『いいのですか? あなたはこの世界の異物で、誰に悲しまれる事無く消えていくのですよ。私が言えた事では無いですがそれは非常に耐え難いはずなのですぞ。欲叶えられぬ努力になんの意味があるのでしょう?』
「馬鹿じゃねの。もう叶ってんだよ。笑顔は見れた。それだけで充分なんだよ」
『無欲なお方だ。ならば最後に、神として君臨する私の最初の生け贄として死ぬのです』
アンゴルモアがメイヤを握り潰そうと腕に力を込める一歩手前。
化け物の首が光を放つ空に向けられる。
空は黄金に染まっていた。
「神を自称するあんたは本物に勝てんのか?」
メイヤの笑いが聞こえぬほどアンゴルモアはその空を食い入るように見ていた。
人が神を目にした時の表情を化け物は体現している。
「あれが......」
譫言のように呟かれたアンゴルモアの声と共に世界は光に包まれた。
************
豪雪に見回れるハルシオンの一角。
殆ど廃墟と化しているボルス教会では焚き火によって寒さをなんとか緩和させようと試みられていた。
が、しかし
「子供な僕にはこの寒さきつい、きつすぎる」
と、白髪の子供の嘆きをユーリが黙らせる。
これは何も悪意では無い。
マイナスの空気が体内に侵入してしまうのを防ぐためだ。
三十数人による大掛かりな押しくら饅頭はなかなかにひどい絵図等だった。
「命が惜しかったらこれくらい耐えろよ。お前らのせいで冷気ダダ漏れだからんな」
「これ、凍結してたままの方が良かったんじゃ。と言うかなんで僕らを殺さない? 敵だよ。君の仲間はもやったんだよ。なのになんで」
「今はそんな事言ってないで体を温めろよ。それにお互い様だろ。逆にお前らが攻撃してくんなくてなんとかなってる現状だ。っておい、聞けや、、 何上見て......なんだありゃ」
リオンにユーリ、続々と顔を上げ空をみた。
************
天より金色の光さし、世界を覆う絶望の輪が雲を引き裂いて現れる。
それは終末にして破滅。
世界の終わりを告げる天使の輪。
空を覆う光の輪はあまりにも大きく、ハルシオン全土でも覆っているのではと錯覚してしまうほどであった。
繋がられた神との世界。
輪の内側から光臨する。
この世界の創造者にして破壊者。
ボルスと呼ばれし本物の支配者が。
どうも。後数話となったハルシオン。
感想を貰ったりポイントをちびちび頂いたりして僕自身有り難がってます。




