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第三章 『即決と迷い』

************


「だるー」


 一本道となっているバビロンの通路を黒髪の男が殺気を放ちながら歩いていた。

 ぼさぼさの黒髪は漆黒に浸されたように禍々しく、ただでさえ不気味な赤眼は鋭く尖った目つきで強調されている。獲物を狙う殺し屋の目だ。

 髪と同じ黒の厚手のコートには大きめのフードが備え付けられており、全体的にダークな魔王の印象を匂わせる。

 歩く度にコートが揺れて隠されていた黒剣の肉厚な刀身が露わになり、あまりの重量なのか剣帯がギシギシと悲鳴を上げていた。

 それでも黒髪の男はそんな素振りを見せず、たんたんと通路を進む。


「だる糞だぞ。指揮官の端くれってのも窮屈で面倒くせーし。冷酷非道なイメージとか性に合わん」


 男から滲み出る黒いオーラが昼間の明るさを吸い込み、周囲に闇をもたらす。

 だからこそ男の言動には少々違和感がある。

 

 ふと、黒髪の男は立ち止まった。正確には二人の男に道を塞がれたのだ。

 四十代は超えたであろう小太り気味な男の一人が歩み寄る。


「君、ここで何をしてるのかな? どこの選手? 見かけない顔だけどここが関係者以外立ち入り禁止の場所だってわかるよね」


 つまるところ運営の関係者であるようだ。元と言い換えて差し支えないが。

 黒髪の男は舌打ちをし、不快そうに言葉を漏らす。


「まだ生き残りいんじゃねえか。お粗末過ぎんだろ」


「? 君、何を言っている。速くここから」


 そこから先に聞こえたのは小太り気味な男の声では無く、岩を砕く爆発にも似た破壊音だった。

 あまりの衝撃に建物事態が揺れ動き、それっきり。

 黒髪の男は既に黒剣を抜き放っており、薄墨の残像だけが遅れて消える。

 二人の男の姿は消滅しており、深く抉られた床に染まる血の後だけが彼らの最後を物語っていた。

 黒髪の男は血を吸った闇夜の剣を一瞥だけし、残る残滓を床に振り払う。

 

「ちなみに答えるなら無道迷焦。選手じゃ無い方のね。何をしてるのかと聞かれたらとある人を探してて。そしたら副産物として反乱軍っつーうのの幹部になったわけだから取りあえず革命を起こしてる......とまあ律儀に語ってやったから安らかに眠れよ」


 殺した男たちへの供養なのかわからないが独りで喋るもう一人の迷焦。

 その口調からは欠片も見当たらない。殺しへの罪悪というものが。

 

 これがもう一人の迷焦。なんの躊躇い無く他者を斬り捨てる事が出来る決断力。

 迷焦には足りない火力を存分に発揮出来る者。まるで迷焦の足りない部分が詰め込まれたような。

 同じ迷焦のはずなのに対極に位置する存在。

 夢の世界ハルシオンと闇の世界ダストレーヴとの立ち位置を表すように。

 ただ背丈が僅か長らに高く感じる。悪い意味で大人びたせいかもしれないが、

 

 そんなもう一人の迷焦の背後から歩み寄ってきた白髪の王子様風な子供がたった今出来た惨状に視線をやっていた。

 血に染められたこの現場を子供が見たら発狂するかもしれない。

 そんな予想はすぐに消され、白髪の子供は惨状に違和感を感じていない様子でもう一人の迷焦に慌てた様子で言葉を投げかける。


「子供な僕から言わせるとやり過ぎ。どうすんですかこの傷跡は!! なんだかんだで一番計画ぶち壊してるのはあなたではッ!」


 たった今殺人を犯した迷焦に何気なく話しかける白髪の子供。もちろん彼も染まっている側だ。

 名をリオン。裏方の役目を得意とし、共に反乱軍と呼ばれるダストレーヴからの侵略組織の一人。

 まだ幼く、人形めいた顔立ちが今治市血相を変えて迷焦に怒鳴っている。

 腕を大きく振って事の重大さを伝えようとするリオンだが、何分背が小さく体重が軽いために動かす度に体がピョコンと跳ねてしまい、怒っているはずなのに微笑ましいとさえ思える魅惑な動きを作り出す。

 迷焦は喚くリオンを黙らせるために頭を押さえつける。取りあえず跳ねないように。


「こんなの簡単に後処理出来るだろ。例えばこのように」


 よっと、迷焦は再び魔獣が如き力で今度は天井を噛み砕かせる。

 簡単に亀裂が入り崩れ落ちていく天井の残骸が向こう側を塞ぐのを見届けると、「さてと、後は......」と剣帯に収める迷焦。

 次に司会者専用マイクで会場中に放送を入れていく。


「え~ただいま関係者通路の一部が使えなくなりました。まことに申し訳無いのですが関係者、および選手の皆様は非常用の通路を通れって事でよろしく......うし、これで完了」

 

 たんたんと作業をこなす迷焦にリオンは唖然とした様子をすることしか出来なかった。

 何に。

 迷焦のむちゃくちゃぶりにだ。

 なんとか顔の筋肉をを動かすリオンだがその表情は怒りでは無い。

 悲しみに似た呆れだった。

 

「はあ~もうやですよ。子供な僕が無道の監督役だなんて。この外壁がどのくらいの強度かわかってます? あんたとんでも無い事平然とこなしてるんですからね」


 ちなみにバビロンの壁自体の強度は建造物としてはトップクラス。ハルシオン内で一番危険で戦いの多い場所なだけに並大抵の武器は通らないはずなのだ。

 リオンがしゃがんで短剣でコツコツと砂遊びの子供みたく床をつつくがびくともしない。

 つくづく迷焦の圧倒ぶりに舌を巻くリオン。

 もう一人の迷焦はそれはもういろいろな意味で迷焦と反対だった。

 そして、もう一人の迷焦はふと、ある一点に視線を向ける。

 選手専用の観客席に座る一人の少女に。

 迷焦の顔には驚きと興奮。それに安堵と達成感といった様々な色合いを見せる。


「やっと見つけた。やっと......」


 迷焦の心に一つの塊がこぼれ落ち、それを悟られぬようにリオンに命令文する。


「リオン。作戦を始めろ。対象の心を揺さぶってやれ。僕は自分の迎撃に入るから」


「了解したよ」




************


 剣帝試練準決勝第二試合は秒殺で終わり、結果はディオロスの勝利となったらしい。

 そして、速くも決勝戦。

 僕は武器を構えずに鬼神の如き気迫を放つディオロスの前に立つ。

 無気力とも言える。とにかく今は戦いたい気分じゃない。

 そんな僕を苛だだしく感じているディオロスの体からは血管が浮き出ている。

 ディオロスには悪い事をしていると思っている。

 でも、僕は自分ではわからないから他人を使うしか無い。栞やラルの問題。ダストレーヴとガブリエル。なによりもう一人の僕と僕自身の存在。

 どれも僕一人では解決出来ない。でも、身内に迷惑はかけられない。

 だからこそ、


「ディオロス。頼みがある。僕を殺せ」


「はぁ! 正気か貴様。俺がどれほどお前との対戦を心待ちしていたか知らないわけでは無いだろう。俺の信頼を踏みにじる気か?」


 ディオロスから滲み出る殺意と憤怒は炎々と燃え盛る業火のように激しく、離れているはずの僕の肌を焼く。

 正直怖い。今のディオロスが。

 何もかも捨てて逃げ出してしまいたくなりたくなる。

 でも、ここで逃げるわけにはいかない。

 僕が一歩を踏み出すために。


「頼む。うじうじ悩んでる僕に活を入れて欲しい。出なけりゃ先に進めないから」


「............」


 沈黙が続く。見定めるようにディオロスの眼光は僕の意思を覗く。


「そうか。なら殺してやる」


 端的に呟いたディオロスは自身の背丈を凌駕する巨大な剣を野球のフォームのように構える。

 試合開始の合図と共に処刑の剣が振り下ろされる。

 口に残る僅かな恐怖を飲み込み、腕で防ごうとする僕は魔法で防御だけを上げた。


創造起動(アートトランス)・ザ・プロテクト」


 僕の体を鎧が包むのと巨剣がぶつかるのがほぼ同時。

 戦いの神の記憶を受け継ぎし者の一撃が僕の全てをむしり取った。

 それはゼロ距離で爆弾をくらったような破壊力だった。

 一瞬の煌めきがあったかと感じた次には超重量の巨剣によって腕の骨が砕け、僕は軽く弾き飛ばされていた。

 あまりの衝撃に意識が刈り取られ、あまりの威力に痛みすらも麻痺される。

 壁にぶつかりめり込んだ後でやっと痛覚が戻った僕は体の痛みを代弁するように悲痛を上げた。

 全身が張り裂ける痛みが神経に噛みつく。

 だらりと垂れ下がった腕には絶えず流れ落ちる滝のような鮮血とこびりつく痛み。

 痛い。今自分がどんな表情をしているのかはわからない。ただ、激痛に悶えながら瞳からは鮮血と同じく涙が二本の川を作るのだろう。


 でも、これでいい。全身が消し飛ぶような衝撃を喰らい、僕は一度死んだ。迷いや弱さ。それが痛みと引き換えに消し飛ばされた。

 現在進行形で痛みが体を貫くが自然と笑みがこぼれてしまう。

 僕は驚くほど晴れやかな気分になっている。

 今までの悩みが嘘のように消えていた。

 

 

「アクウィール。もう大丈夫だよ。後、回復お願い」


『決めたんだね。あえて死ぬほどの痛みを記憶に刻む事で』


「うん」


 僕の記憶が欠けている?

 なら補えばいい。刻み込めばいい。

 僕は誰?

 そんなの関係無い。僕は僕だ。

 最近僕は緩くなっていた。

 戦場で一瞬の迷いは自身を殺す。

 それすらも忘れていたのだ。


 ディオロスのおかげで目を覚ませた。僕は第二撃の構えをとるディオロスを目をやる。


「ディオロスありがとね。だから倒して上げますよ」


 挑発的な声を出しながら壁にめり込んだ体を引き剥がしていく。

 心を覆っていた氷を剥がすように。


 剣を構え直し、ただ一点。ディオロスを狙う。


「僕は無道迷焦。改めてよろしく。ディオロス」


 ディオロスからの返事は無く、変わりに巨剣での攻撃があった。

 まともに受ければ次は生きれないだろう攻撃。だけど今の僕には脅威に感じられなかった。

 かわせばいい。それだけだ。

 それが最適解であり、今まで僕がやってきた事だ。

 気持ちに余裕が持てたおかげかディオロスの巨剣の軌道が目で追える。

 空を切り裂きながら迫ってくる隕石のような巨剣。

 衝撃波だけで僕を殺せるだろう。

 でも、僕はよけれた。しゃがむ。巨剣の軌道に合わせて体を移動させて衝撃波ごとかわす。

 いくらディオロスが剛腕で巨剣を軽々と振るえるといっても僅かにラグが出来る。

 その間にしゃがんだ状態から一気に跳ね飛び、続けざまにディオロスに斬りつける。

 片手で体を支え、距離を開けるように地面を押し出す。

 

 見事に回避からのカウンター攻撃を決めた僕の目にはもう迷いなんて無かった。

 瞳にはディオロスの戦いに飢えた狂戦士のような顔が映っている。

 そんな戦闘モードに入った僕らは互いに咆哮した。


「いくぞッ!」 「いくよッ!」

 

 刹那、二つの莫大な感情粒子が衝突した。


 

 


どうも。二人の迷焦はどこか似ていて対極のようで。

 ちなみにリオンの立ち位置は迷焦でいうアクウィール的な感じです。ただ対等では無いような気もしますが。


 これからもよろしくお願いします。


 さて、ディオロスの言うボルスの力とはなんだ?

 ハルシオンで何が起きる?


 

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