第三章 『限界はとうの昔に』
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夢を見ていた。
遠い日の記憶。
久しぶりに弟と一緒に飯を作って批評しあった。
今日の出来はまあまあだったとか塩がまだ足りないだとか。
いつ以来なのだろうか。弟の事を思い出すなんて。
死者は生き返らない。生き返らせてはいけないことだ。正論でもあり、逃げでもあるその言葉に耳を傾け僕は弟の蘇生を諦めたのだ。
だから弟を思い出そうとはしなかった。あの時の弟の泣き叫ぶ声が耳から離れなくなりそうだから。延々と後悔していては呪縛と同じだけだ。そう割り切って今まで僕は生きている。
なら、栞は?
栞と出会った最初の日。
彼女は命に代えてでもと言っていた。
でも今は妹の存在を口にしていない。
もしそれが割り切っているのでは無く、我慢しているのだとしたら?
妹に会いたい気持ちをずっと我慢しているとしたら?
今の栞が心の支えになっているものを僕はしっている。
ただそれはこのままだとそれが保てなくなる。身内の中で最も精神が不安定なのは恐らく栞だ。
なんとかしたい。醜い化け物の姿で一生を終えさせたく無い。
救いたい。もう大切な人を失う悲しみは味わいたく無いから。
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次に迷焦が目を覚ました時、彼は簡易ベットに寝かされていた。極度の疲労から動かせなくなった体には毛布が丁寧にかけられており、迷焦の右手には温もりが感じられる。
温もりの正体へ迷焦が顔を向けると、そこには栞が頭をもたらせ自分の手を握り締めている光景が視覚から送られてくる。
栞のただでさえ白い顔は青ざめていると思えるほどになっており、大丈夫なのかと心配しているようだが逆にそれが迷焦を不安にさせた。
未だ自分の意識が戻った事を知らぬ栞の手は温かく、このまま感じていようかと思う迷焦だがさすがにそれはマイナスにしか働かない。
迷焦は握られた手にそっと力を込める。
「おはよう栞。なんかごめんね。ベットまで運んでもらっちゃって」
照れくさそうに笑う迷焦の声で栞の顔が前を向く。すぐに顔色が赤くなったと思いきや彼の首に腕が回されそのまま抱き寄せられる。
「良かった。良かったよ。メイメイが無事で」
「大げさだよ。でも心配してくれてありがとう。ごめんね。これ以上栞に迷惑はかけたくないって思ったんだけど」
「迷惑なんて......メイメイがいつワタシに負担をかけたの?」
「未だに栞の妹を救えてない。ごめん、本当は早く会いたいはずなのに」
栞の顔を見るように距離を間を空ける。
栞はこの世界に来てからの数日を除き、妹に関して一切口にしていない。
だからこそ我慢をしていたはずなのだ。最近の栞の元気の無さはそろそろ耐えられなくなってきている事への表れだと迷焦は解釈してい
る。
迷焦の悩みの中には少なからず栞への罪悪感が芽生え、迷焦の顔は申し訳なさで満ち溢れた。
そんな迷焦の頬に栞の手が優しく触れる。
主に頬の膨らみを潰す形で。
「その事なら大丈夫だよ。ワタシは大丈夫だから。メイメイは気にしなくていいよ」
それに、と栞は子供っぽい笑顔を作る。やはりその笑顔はどこかぎこちないものとなっていた。
「メイメイ。あんまりワタシに優しくしちゃ駄目だからね」
「えっ?」
「浮気は良くないよ。優勝してラルさんを迎えに行かなきゃ」
プチッ。栞の心の中で何かが千切れる音がする。それは心を覆う繭の糸のような、自分のさらけだしたい気持ちを覆う理性。
彼女の心が今どうなっているのか。
栞のそれに気づいた迷焦は反射的に言葉を発す。
「えっ、まさかあの時......」
聞かれていたのだ。桃源郷の旅館でのラルとの約束を。
だとすると栞の精神は迷焦が思っているよりよっぽど酷い状況なのではないか。
「ごめん......メイメイ。もう邪魔しないから」
「ッ!? 待って、栞ッ!」
いきなり走り去ろうとする栞の腕を掴もうと迷焦は腕を伸ばす。
栞の心の支えになっていたもの。ほれは他ならぬ迷焦なのだ。
それが無くなるショックは相当のものになる。栞は立ち直れなくなるかもしれない。
それだけは阻止させたかった。
なぜなら迷焦は......
手を掴める。掴んだら迷焦はその小さな体を引き寄せ、抱きしめるだろう。どこにもいかせないように。それで栞の心が癒えるのならと。
でも、小さな疑問が迷焦の中に生まれる。
本当にそれでいいのかと。
一瞬脳裏をよぎったその疑問は躊躇となって二人の間に決定的な距離の差を作り出す。
僅かに届かなかった栞との距離はほんの数センチなのかもしれない。だけれどもこの瞬間の迷焦にとっては永遠に埋められない差に感じられた。
そして、迷焦の腕は何を掴めたわけでも無く虚空に伸ばされたまましばらく静止していた。
腕を下げると同時、迷焦の心に悲しみの粒が落とされる。それは心を砕くように。
再びベットに身を投げだし、静かにアクウィールの声を聞く。
『さすがに栞の気持ちにも気づくよね』
「いやぁ鈍感でいたかったね。これはモテ期到来ってやつだよねアクウィール」
『その無理やりな笑顔止めて。どうせボクしかいないんだから無理して表情作んなくていいよ』
「そっか......」
すっと、顔の筋肉から力を抜いた迷焦は横になって動かせるようになっていた手のひらを見た。
届かなかった手。
うなだれるように迷焦は声を押し出す。
「僕もう疲れた。なんで二人とも僕なんかを好きになるのかな」
『現実は時にゲームよりも簡単だよ。問題は君の方だ。どっちか選ばないからああなる。優先順位が定まっていたはずの君らしくないね』
「わかってるよそんな事」
『優柔不断は君の美徳でもあり、短所でもある。人間ってのは奥深いと思い知らされるよ。特に命を削ってまで誰かさんのために最終試練クリアを掲げる君はね』
「......」
『結構やばいんでしょ。なんせ二年間使わなかったボクを表に出したんだもの。二階層からの挽回。いや、力を失ってから取り戻すまでの期間が妙に速いと思っていたけどやっぱり無理してるよね。倒れたのもそれが原因ってことはもう理解してると思うけど』
「......」
『そもそもなぜか数カ所記憶に欠陥がある君は元々感情粒子の量が少ない。本当は速く帰るべきだったんだけどね。と、ここまで長々語らしてもらったけどようやくするとこのままだと君の命は尽きるから出来るだけ戦わないでよ』
「決勝前にそれはないんじゃないかな」
『まあそうなんだけどね。問題はこれからは戦争が起きると仮定する。ラルと栞。どっちか選んでおけって事。両方だと君の命が途中で尽きるからね。君の今の実力は命を削っての行為とボクの補助によるものなのだから』
長々と喋った事で満足したのかアクウィールはそれっきりになってしまった。
今度こそ一人となった迷焦は部屋全体に響き渡るほど大きく、そして長くため息を吐いた。
「そんなのわかってますよ。それでも僕はまだ」
選べない。迷焦らしからぬ、いや、彼の言葉だ。本来の彼は優柔不断で喧嘩が起きたならどっちの味方にもなりたい。そんな曖昧なものなのだ。
それに身内という枠を作って、無理やり優先順位を決めただけ。
「栞は僕に道を示してくれたんだ。栞は今弱ってて、でもラルとは約束をしてて」
迷焦は迷焦だ。迷って焦って。戦いが無かったらただの優柔不断な一般高校生。
どっちも大切であるが故に選べない。
どんなに迷って考えても自分の中から答えが出せない。迷焦の判断能力のこういう場面の対処法があった記憶は奇しくも欠けているのだ。
でも、それが言い訳に仕えないのは迷焦も良く知っている。
起き上がった迷焦の目には未だ生気が感じられず、ふらふらと立ち上がる。
そして、吐き出した声は驚くほど機械的なものだった。
「僕の中で判断する力が足りないなら外から補えばいいか」
ぎこちない歩きで迷焦は天空闘技場へと向かって行くのだった。決めるために。
優柔不断で終わらせないために。
「まずは一歩。踏み出してから道を見つけよう」
迷ってもいい。道は無数にあり、そのどれもが答えだ。焦らずに答えを探し出せ。
それが無道迷焦という人物に与えられた名に込められた意味なのだから。
そして、その名を付けたのがさんざん嫌っていた父親である事をまだ彼は知らない。
知らなくていい。
ただこの名には信じた道を歩めという意味が込められている。
そして、今その息子は歩き出す。己の道を進むために。
優柔不断ですね。
まあ人間誰しも壁にはぶち当たります。
なにせ完璧では無いのだから。
次回はもう一人の迷焦のシーンもあります。
もはやストレス解放要素は彼に託されたといっても過言では無い!




