第三章 『それぞれの気持ち』
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「おおー! やっぱりメイメイは強いね」
ガラス張りのとある部屋の一角で銀髪の少女が終盤となった迷焦とディルムの試合を眺め、大いに盛り上がっていた。
ここが選手専用の観戦室であり他にも多くの人が見ているのだが、夢美奈栞はあまりの興奮で周りの気を使えていない。
他の元選手たちから高圧的な視線が送られるが彼女がそれに気づく事も無く、試合の見える窓ガラスの内三分の一を占拠してしまっている。
そのため、徐々にこの部屋から立ち去る人も多い中、(というか栞以外いなくなった)帝爆音寺はポップコーン片手に観戦室に入ってくる。
「よおー栞。今どんなとこ?」
学院以来となった少年の声を受けた栞が振り返るとその綺麗な銀髪がふわりと揺れる。
再開を懐かしむように栞は笑みを浮かべて軽く手を振った。
「おひさだよ帝君。今はね~メイメイが槍をぶちかましちゃってるとこ。今のところは互角くらいかな」
爆音寺は「そうか」とだけ言うとガラガラの席に陣取るように座る。
「だーあの時気を失って無かったら今頃あの場にはガブリエルじゃなくて俺が。悔しいし、戦い足りねえ」
ポップコーンをガツガツと食い漁る爆音寺は二階層の時点で脱落している。
話すと長くなるのだが迷焦に負けて時間足りなくなっちゃって、だけど迷焦が追いつけなくて手助けしたら爆音寺がゲームオーバーになってしまった。
実力なら準決勝で戦っていてもおかしくないくらいなのだ。
だからと言って乱入をするほど頭の回線は緩んでいない。乱入するならガラスに遮られたこの部屋より観客席の方が断然いい。
そもそも爆音寺がこの部屋に来たのには理由があるからだ。
「んで、栞。相談ってのは?」
「うん、ちょっとね」
曖昧な笑みを浮かべて爆音寺と一席合間を開けて座る。
栞が他のみんなと応援しに行かなかったのは爆音寺に相談して貰うためだ。それもラルたちには話せない事について。
栞は正直に告げた。自分は迷焦の事が好きで、でも迷焦には両想いの人がいて剣帝試練優勝の際に付き合う事になっている事。
自分に嘘はつきたくないけど邪魔したくないと。
相対する感情が栞の中にはあり、どうすればいいのかを彼女は知らないのだ。
だからこそラルと接点が無い爆音寺に聞くのである。
黙って聞いていた爆音寺は難しい顔をとり、頭をひねる。そして、単純にこう言った。
「どうするもなにも俺に相談するのが間違いだと思うぞ」
爆音寺は根っからの戦闘狂であるために恋愛には微塵も興味がなく、当然教えることも出来なかった。
そんな爆音寺の脳天気な顔を見ていた栞は急に馬鹿らしくなったのか愚痴り始めた。
「そんなのわかってたよ。......でもさ。他に頼れる人もいないし。ユーリさんは多分向こうだし」
ため息混じりに愚痴る栞の瞳は暗い。その事でずっと悩んでいた事がわかる。
戦闘狂の爆音寺ですら気づいてしまうほどに。それでも爆音寺は他人に配慮が出来ない。だからこそ思った事を言うまでなのだ。
「んじゃあさ。兄貴を誘惑してその女から奪っちまえよ」
「なぁっ!」
思わず吹いてしまった栞は唖然とした様子で爆音寺を睨んでいる。
まあそうなるだろう。
だから爆音寺は言葉を付け足す。
「可能だと思うぜ。だって学院にいた頃の兄貴は栞といるとき楽しそうだったし」
「それは......メイメイは身内全員にああで......」
「だとしても一定以上の好感度は持ってるんだ。人間の思考なんて変わるもんだからよ。それに一度のしでかしで嫌いになられるほど浅い関係じゃないんだろ。なら告げるなり迫るなりしても問題ねえよ」
投げやりにも似た爆音寺の言葉はそれでいてこれは彼の言葉なのだ。
栞はこの時始めて爆音寺に相談して良かったと思えるようになれた。
今まで押し殺していた感情が内側から張り裂けていくのを栞は感じる。
(どちらにしろ伝えた方がいいよね。じゃないと後で後悔しちゃうはずだから)
外では既に迷焦の試合は終わり、二試合目の準備期間に入っていた。
今頃迷焦はラルと楽しげに話しているのかもしれない。栞はそう思うと心臓が苦しくなる。
しばらくの沈黙の後、栞は立ち上がって決意を露わにした。
「わかったよ。行ってみる。気持ちを伝えに!」
決心を固め、爆音寺からの拍手を浴びていざ、迷焦の元へと行く栞なのであった。
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<迷焦の控え室>
一つしかない窓枠から差し込む陽光が部屋を仄かに明るく染める。
部屋には簡易ベッドに椅子、お菓子の入ったショーケースなど、休憩には事欠かないよういろいろある。
そんな部屋の中甘い声が部屋に澄み渡る。
「先輩、さっきの話本当なんですか?」
「うん。ディオロスから聞いた。もちろん偽情報かもしれないけど断片的な事から確証出来ると思う」
ラルの不安そうな顔を見て迷焦は頷く。
迷焦は集まったラル、ヒサミ、ユーリの三人にディオロスから聞いたガブリエルと向こうの世界との戦争、共にボルスの力を狙っており、自分と同じ顔の少年がいた事を伝えた。
さすがに身内の誰かをガブリエルが必要としている事は言えなかったが。
最初は困惑する三人だったが仮定の話として聞いてくれた。
この中で最も理解力のあるであろうヒサミは自分の考えを纏めるために口に出す。
「ダストレーヴ? まさか裏の世界があるだなんて......しかもガブリエルがそんな事を。なかなか壮大な話になりますね。ハルシオン全土にも及ぶかもしれない戦争となると」
ヒサミは顎に手を当て真剣に考え、いつもはちゃらいであろうユーリも今は真面目に耳を傾けている。
「ともかく逃げ場はねえ、二つの戦力は化け物クラスで俺たちにゃ勝ち目がねえってなるとどうすればいいのかね~。しかも今逃げたら最終試練に挑めなくなるし」
ユーリの言葉に迷焦は返事を出来なかった。
迷焦一人に解決出来る話じゃない。
そんな事はみんな知っている。
「じゃあ俺は冷めてしまった部屋から退散するとするか。んまー俺らに出来んのは互いを守るくらいだし。栞ちゃんにも伝えておくからな。とにかくお前は全力で優勝を狙えよ」
それだけ告げるとユーリはさっさとこの場を退出する。それを追うようにヒサミも廊下へと消え、残るは迷焦とラルだけになっていた。
しばしの沈黙が続くが唐突にラルが静寂を壊す。
「あの先輩。まだあの時の約束覚えていてくれてますか?」
「......えっ?」
もじもじするラルに対して迷焦は思考を凍らせてしまった。
さっきのシリアスな話を聞いていなかったのではないかと思えるほどに正反対な言葉がラルの口から出てきたからである。
迷焦の反応を悪い方向に見たのかラルは頬の明るさを失わせていく。
「まさか先輩。覚えてないんですか......そんな」
涙を瞳に溜め始めるラルに慌てて迷焦は「そうじゃないんだ」と付け足す。
「何というかさっきの話を聞いてそれが出るとは思ってなくて」
「そりゃ最後くらいは好きな人といたいって思う気持ちが女の子には強いですから」
上目遣いで言われたそれには神獣級の威力があるのかもしれない。迷焦の理性及び思考が空白になっていくのだ。
迷焦の心臓が不自然に脈をうつ。
どこか痛いと思えるそれを我慢しつつ迷焦はラルの頭をポンポンと叩く。
「そうだね。でもまだ世界は終わりを迎えないからもう少し安心していいと思うよ」
迷焦が突っ込むとラルはえへへと舌を出した。隠しきれていないが頬が赤く染まっている。
それを見ていつもの幸せを実感する迷焦は呟くのだった。ただ胸の違和感が拭えない。
それだけじゃない。体が酸素を過剰に求め、自然と迷焦の頬も熱くなる。
それを押し殺すように迷焦は普段通りを装う。
「僕がラルたちを絶対に守るから」
いつも迷焦が呟いている言葉なのだがいかんせんタイミングが今だ。
ラルはただでさえ染まった頬の色をさらにはっきりとさせなにやら慌ただしく口をパクパクさせる。
「え、えーとなんだか暑くなってきたのでもう行きますね」
「えっ、これから冬の季節......」
迷焦の言葉は最後まで届かず、ラルもこの部屋から走り去っていった。
「行った、か......なんとか耐えれたよ」
我慢を辞めた迷焦の体はガクガクと震え、目は既に焦点を失っている。
「ごめんアクウィール。やっぱ疲れた」
その言葉を最後に迷焦の意識はぷっつりと途切れた。
脳の指令を失った体が椅子から落ち、大きな音と共に迷焦は床へと投げ出される。
その際ブレスレットととして迷焦の手首にはめられていたアクウィールは静かに舌打ちした。
『やっぱ限界だったかこのバカ』
意識を失い、倒れ伏した迷焦を栞が発見するのはそれから数分の事だった。




