第二章 『忍び寄る闇』
次の日、食堂は今日もうるさく賑わいも見せる。無道迷焦は昨晩の疲れか目をこすりながら隣から聞こえる二人の会話を飯を食いながら聞いた。
「迷焦よ。うちは男であるお主を讃えたい。なにせ初等であるお主が特等で鼻高になったクレオスを完膚なきまでにボコボコにしたかんな。いや~愉快やわ。ボルス教の勢いも弱まるはずやからな~。お主、うちの派閥に入らん? 栞たんと一緒に」
一人は最終試練攻略の大手、マグナファクトゥムの幹部。
ノエルと、
「ノエルよそれは違う。私は迷焦殿とあの戦いで心を通わせたんだ。ゆうなれば心の友だ。さらには兄上との約束があるゆえそれまでは私が面倒を見よう。だから我がボルス教の派閥にぜひとも入って貰いたい」
この世界最大の宗教集団、ボルス教のお偉いさん。
クレオスがあの公式戦以降頻繁に迷焦をスカウトしに来るのだ。ノエルはクレオスという派閥内のリーダー格を倒した迷焦が傘下に加わる事で一気にボルス教の派閥を壊滅させたいらしい。逆にクレオスは派閥争いそっちのけで迷焦と仲良くなりたいようだ。
しかし迷焦は派閥に入る気などさらさらない。マグナファクトゥムに加わっても最終試練の手柄などは全部向こうが持ってきそうだし、ボルス教に至っては最終試練に挑戦する者を快く思わない傾向にある。
「あの~僕は派閥に入らない手は無いんですか? 双方共に争いたく無いですし」
困った迷焦は出来るだけオブラートにこの話を終わらせたい。なのでどちらにも付きたくないとやんわりと断る。
クレオスは納得したように頷く。
「そうか。だがボルス教の上層部の方が迷焦殿会いたいと仰っていてな。気が向いたら声をかけてくれ。その方は本部にいるから」
「ああ、わかったよ」
とりあえずボルス教の方法はなんとかなった。次はマグナファクトゥムの方だ。ノエルの方も諦めた様子で残念がる。
「わかった。お主がそこまで言うのなら。残念やの~。せっかく処女しかいないハーレム空間が待ち受けていたとあうのにの~」
(危なかったー!! そんな空間僕が入れるわけないじゃん。忘れてた。本来ノエルは処女しか受け付けない異常性癖の持ち主だった)
運命の悪戯から逃れた迷焦はこれ以上面倒事を抱えたくないので話を変える事にした。
「そう言えば最近神獣が頻繁に狩られているって話聞いたことある? なんか地方のあちこちが大変になってるらしくて」
これは最近サンレンスにいるラルから送られた手紙に書いてあったのだ。
『神獣が殺されてそこの聖域の結界が破れちゃったんですよ。だから今ドリムたちが大量に出現しちゃってですね。各地の冒険者や王立治安、さらには王立統制の方も動き出して一斉掃討するとかで大変ですよ』
神獣を倒せるとなればガチの手練れ冒険者たちかガブリエルしかいない。だからガブリエルを兄に持つクレオスにその話をするのだ。
「聞いたことないぞ。さすがのガブリエルたちも己の武器を手に入れるためとはいえ地方に影響を与えるような事はすまい。それに兄上に聞いたところガブリエルの大部分は常時最大規模の戦闘を行っているらしい。なにかは知らぬがよほどの事で他の事には手を着けられない状態らしい。まあ秘密にしとけといっていたがな」
どうやら迷焦の考えを読んでいたらしい。侮れないなクレオス。
「迷惑な話だよね、地域を守護し、外敵の侵入を食い止める結界を張ってくれる守り神を殺すなんて」
「迷焦よ、お主も散々戦いまくったであろう。人の事が言えぬのではないか」
「それも知ってるの! さすがは最大規模の大手だ」
どうやらこれまで迷焦が単独で神獣たちと戦った事を各地に張り巡らしている仲間たちによって知っているらしい。当然迷焦が神獣に一回たりとも勝てていない事も。
「さすがは迷焦殿。しかし神獣を殺すか」
「どうしたのクレオス? なんか気になることでも」
クレオスは顔を険しくさせる。
「実は似たような話を前々から兄上や派閥内の者からも聞きましてな。まあ神獣の被害では無いのですが......」
そして、クレオスは告げる。
「どうやらチート能力者やガブリエルも殺され始めたらしいのです」
************
<サンレンス王立治安院会議室>
迷焦たちが学院で過ごす頃、サンレンスに残ったラルたちはある事件を追っていた。
王立治安院の仕事には事件解決という物も含まれる。死んだら跡が残らないこの世界では殺人は暗黙の了解でタブーとされており、事件なんていっても軽いものが多い。
しかし今回の事件は違う。暗殺だ。すでに何十人と人が暗殺されているのだ。その犯人が誰かを見つけ出すのがラルたちの仕事であり、捜査は難航していた。
ラルは聞き込み調査を終えた疲れか机に突っ伏す。
「疲れたー。だいたい街の人は何で人が殺された事に気づかないんですか?」
「行方不明だと思ってたりしてるからかしらねえ。所持品も壊されたら形残らないし。私たちも現場に残された微細な残留思念を発見しなかったら暗殺だと思わなかったわけですしね」
ヒサミ咲蓮は各地の王立治安院から集められた資料に目を通す。
この事件の発端はドリム大量発生だ。各地の神獣が殺された事によりドリムなどを寄せ付けない結界が破れ、大量のドリムが押しよけたのだ。それで冒険者や王立治安院、王立統制などが各地で大規模掃討作戦をつい最近まで行っていたのだ。
現在は大分掃討されたらしいがそのせいで沢山の冒険者たちが死んだ。
それだけではない。農家や住宅など被害が酷く、現在大規模な復旧作業が行われている。
それで一件落着かと思われた。
しかしその大規模なドリムたちの襲撃の真っ只中事件は起こった。
まず手始めにチート能力者が殺され始めたのだ。最初はドリムに殺された、もしくはガブリエルにいつものように殺されたと思われ捜査にはいたらなかった。
しかし今度はガブリエルまでもが何者かに殺される、そんな事態に陥ったのだ。それも何十人と。目撃者によると現場には霧散する前のガブリエルの死体と激しい戦闘跡と見られるものが残されていたのだ。また別の目撃談では激しい音がするからとその場に行くとガブリエルが斬られ、黒い瘴気を放つ剣を持った人がいたと。
王立治安院は最初、殺された者はガブリエルではないと結論付けた。似た姿の者だろうと。なぜならガブリエルは圧倒的な存在なのだ。それが負けると言うことはそれよりも強い存在が現れるのを意味しているのだから。
しかしこうして捜査が行われている。もはや一刻の猶予も無い事態らしい。
「ガブリエルが殺されてくれるのは能力者を養護してるこっちとしてはありがたいですけどそんなに強い奴が本当にいるんですか?」
ラルは半信半疑の様子でヒサミに聞く。実際まだ信じていない者も多いのだ。
ヒサミは胸の前で腕を組む。
「わからないわ。でも黒い瘴気に人の形。
可能性があるとすれば三つ。
チート能力者などの凄腕の人が破綻者になってその姿がたまたま人の形をしていた。
もしくは物凄く強い人型に近い姿のドリムが存在する。
最後に、これが一番可能性の低い事だけど破綻者の力を保有した者がいる。くらいかしらね。突拍子も無い推測だけれど」
破綻者の力とはこの世界を自分を憎み呪う負の感情。破綻者とはその感情が強すぎるがために自分が存在するための理由を自ら壊し、人の形を保てなくなった狂生物だ。その力の源は誰かを殺すなどの危険な感情で、破綻者はその感情に左右されるために理性は無い。
しかしもし、破綻者に理性があったら。
もしくは存在理由がそもそも誰かを恨むようなものだったら。
そう考えてヒサミは首を振った。
「まあそれを探すのが私たちの仕事なんだからすぐにわかるわよ」
「それもそうですねヒサミ先輩。そろそろ捜索開始しますか」
ラルは腕を伸ばすと思い切り立ち上がった。
捜索といってもこの辺りに住んでいるチート能力者の元に巡回をするのだ。
何者かは知らないが暗殺した人にはある特徴がある。皆一定以上の力を内包した者、つまり強者を狙っているのだ。
ラルとヒサミはその後、巡回中のユーリと合流し、最初の一件へと向かった。
「しっかしガブリエルは不意打ちでも倒せないんじゃなかったのかよ。嫌だな~そんなに強い奴と戦うのは」
そう言っているユーリだったが上半身を隠すほど大きなハンマーを担ぎ戦闘体勢に入っている。
「ユーリ君、私はまだあの件について許して無いですから。体を張って頑張ってください。そしたらお墓くらいはたててあげます」
「死ぬこと前提とかやだよ。だいたい俺だって一応能力者なんだからそこそこ戦えるはずだぜ」
「へーユーリ先輩もそう言えば先輩と同じで向こう側から来たんですっけ」
「あれ、反応薄! 後輩にまで舐められるとか嫌だー! 仕方ない。俺のチート能力でお前らをギャフンと言わせてだな」
騒ぐユーリは突如として悪寒を感じた。
「お前もチート能力者なのか」
ぼつり。男と思える声がそう告げる。ユーリは背筋に冷たい汗が流れるのを感じさっきまでは誰もいなかったはずの後ろを振り返る。
そして、
一人、マントで顔を隠した者がその場に立っていた。
ユーリはそこに人がいるとわかってなお悪寒が取り除けなかった。さっきまでは何もいなかった。さっきまでは気配すら感じなかった。
それだけじゃない。マント越からでも滲み出る殺気、そして強者のオーラ。明らかにこの者が強いと感じてしまう。そしてその男の体からは黒い瘴気が発している。
しかし後の二人は気づかない。そのままマントの者は普段の口調のように違和感なく、そして明らかに殺気を込めた声音でユーリに囁いた。
「地獄行きの切符ならまだ余ってるよ」
刹那、マントの男は取り出した黒剣をまだ己の存在に気付いていないヒサミに振るった。
ユーリは反射的にハンマーの持ち手の部分でそれを防ぐ。
だが、
「重ッ!!」
のしかかるその重さは巨人の怪力のように重いく、そして黒き刃から放たれるどす黒い光はは数多の命を奪ってきた殺意のよう。
だがここで押し負けるわけにはいかない。ユーリは腕にあらんがぎりの力を込める。
「えっ、ユーリ君!」
そこで二人も事の事態に気づいたのか振り向き、ラルは雷撃を放つ。
ユーリのハンマーに押し当てた剣を引き、ラルの雷撃をいとも簡単に避ける。
ユーリが超重量をハンマーで避けた直後のマントの男に殴りつける。しかしそれは男の剣と衝突し、軌道を変えられる。今度はラルが氷魔法で敵を凍らせる。
(よし、さすがはラルの魔法。発動速度も完璧だ)
男は氷に押さえつけられたまま動かない。これで決める。ユーリは溜めをつくりハンマーを振るう。
「くたばれよ」
それは超質量の重圧。その一撃で男の体をへし折る。
はずだった。
しかし男は慌てる様子もなくただ単純に剣で氷をなぎはらう。それだけで男を凍らせていた氷が砕け散る。そして横から来るハンマーをマントを翻すように、一回転してその質量を受け流す。後ろに跳ね、氷の残りを払うとマント越から強烈な殺意が放たれる。
「なかなかの一撃でした。まともに食らったらやばかったかな」
「そりゃどうも。ここじゃあ怪力で通ってるからな。お前こそ一撃が重すぎんぞ」
後ろ二人は武器を取り出し戦闘体勢に入る。
「ユーリ君あれが」
「間違いねえ。あれがガブリエルたちを殺した野郎だ」
三人の顔に険しさが募る。
「とにかくラルは後衛で援護を。ユーリ君は私と攻めます!」
「「了解」」
駆けるヒサミは男の剣に自分の刀をぶつける。ユーリでも勝てないほどの怪力にヒサミが勝てるはずも無い。しかしヒサミはカウンターを得意とする。男の剣を上手いこと弾き攻撃を加える。中段の突き、斜め斬り、上に向かっての斜め斬り、身を翻しての上段の突き、振り上げてからの縦斬り、横にステップからの突き、すくい上げるように斜め斬り。
ヒサミの一振りは煌めく光のように、恐るべき速度で刀を振るう。一切の無駄もなく正確無比な連続技を行う。
しかし男はそれすらも見事に防ぎきる。さらに男はヒサミのカウンターを見切りヒサミの刀を砕く。
そして次に上から来るユーリのハンマーを目で見て最小限の動きで避けるとユーリの横腹を蹴り飛ばす。起き上がるユーリに再度蹴りを食らわすが腕で押さえられる。
「貴様はチート能力者だろ。なぜ能力を使わない」
男の問いにユーリは苦しげに笑みを向ける。
「そんなもん能力の使えない可愛い後輩がいるからだ。なら俺もそいつが能力を使えるようになるまで俺も使わない。そう約束したんだよ」
「そうかなら死ね」
無情な男は剣でユーリをハンマーごと吹き飛ばす。
しかしそこで男は動きを止めた。いや、重力によって押さえつけられていた。二人が攻めている間に発動させた重力魔法。
男の足が地面にめり込みぞの地面すらひひがはいる。
「そしてこれで終わりです」
ラルは男の頭上に馬鹿でかい球体の炎を作り出す。さながら太陽のようだ。それをそのまま男にぶち当てる。大地を揺るがす爆発に死をもたらす熱風が吹き荒れラルたちは飛ばされないように踏みとどまる。
これを食らって人間ならまず生き残れない。そしてたとえ破綻者だろうとも。
「こんなもんか」
見ると炎を落としたその場所、男は何事もなくマントを翻しただけだった。その後ろ、なんと黒き姿をした竜がいつの間にか現れていた。
禍々しいオーラを放ちその鱗は漆黒。そさて瞳は血を思わせる赤。
この竜が炎を防いだのだ。
そしてその竜の口から炎が漏れでてブレスの用意を始める。男は合図のため手を振り上げる。
「地獄を楽しんでこい」
男が手を下ろすその前に、
「させないです!」
いつの間に接近したのかラルが男の前にたち霆を纏わせた杖で殴る。
男もさすがに気づかなかったようで反応が遅れる。男はかわすも顔の辺りのマントが消失し、男の素顔をラルは垣間見る。
そして、
ラルの瞳に映った男の顔は、
「えっ、先輩......?」
そこにはラルたちの仲間であるはずの迷焦の顔があったのだ。瞳は竜と同じで燃えるように赤くその顔には前のように優しげな表情はない。しかしその顔は迷焦本人だったのだ。
ラルは思わず杖を落とし、マントを掴む。力の無い弱々しい掴みだ。
「なんで......嘘って言ってくださいよ。迷焦先輩......なんで......」
男は自分に触れるラルの手を弾き、顔に手を当て身を翻した。
「なるほど、ようやく手がかりが見つかった。だから今は生かす」
そう言い残して男は竜と共に姿を消した。
______なぜ先輩は身内である私たちを襲ったの? それよりもガブリエル襲撃も先輩が。先輩が暗殺者の正体なんですか。なんで? 先輩は身内を傷つけないはずなのに。それに魔法都市に行ってるはずなのに。あれは先輩なんかじゃない。先輩は身内を傷つけない。でもあの顔は確かに......
いつの間にか変わり果てた姿を見せた男が頭から離れずラルはどうしていいかわからなくなった。
男が去った後で男の顔を見てしまったラルは呆然とした様子で崩れ、その場で座り込んだ。その瞳に一筋の涙を流して。
遂にもう一人の迷焦が動き出す。その瞳に消えることのない炎を灯して。




