第二章 『初期ステータス』
森は他と特に変わりなく人が難なく通れるくらいのスペースが木々との間に開いており、森特有の空気を匂わせる。森の中は外ほど暑くなくむしろ快適だ。
一見何の変哲もない森だが、木々に傷があったり折れている。傷の大きさは人の手よりも大きい。さらに五本の傷跡が綺麗に並んでいる。
迷焦はその傷跡を指でなぞる。
(傷の深さを考えると人型に近い。熊型......かな。新しい事は間違いなし)
推測をつけてからこの場を離れる。
歩きながら栞にこれからの動きについての説明をする。
「多分相手は人型に近いドリムだと思う。だからそこまで強くはないから僕一人で片を付ける。万が一僕が苦戦するような事があれば気なり石なりを敵に投げつけて。隙が出来れば逃げれたり倒せたりする率が上がるから」
栞はその作戦に黙って頷く。
「大丈夫。ドリムなんかにメイメイは負けない」
「ありがとう。ただその澄んだ瞳を向けるのは止めて。しくじった時に恥ずかしくなるから!」
その時ふと、何かが動いたような音がした。
振り返った迷焦の先には熊がいた。正確には熊型のドリムだ。
名前は《フォレストキラー》森の殺し屋だ。
熊のシルエットで胴から腕、手の甲に焦げ茶の鎧みたいな物で覆われている。その部位は非常に固く、鋭利な爪のある腕の一撃は相当な物らしい。獰猛な目つきに口からのぞかせる鋭い牙は迷焦たちをかみ殺そうと今か今かと待っている。図体は三メートルと威圧感がある。
迷焦は剣を引き抜き、いつものように敵にだけ見せる冷徹な眼差しを向ける。
(フォレストキラーは過去に何度かやったことがあるけど鎧みたいなあれを避けて攻撃すればそんなに難しくない)
迷焦は迷わず突進する。それに反応したフォレストキラーが迷焦を弾こうと動く。
(これを避けて急所を一撃で終わらせる!)
迷焦はフォレストキラーの腕を避けようとして、
そして、
迷焦の回避は間に合わず、剣を盾にしたが思い切り腕で叩き飛ばされた。
よろよろと頭を抑え、体勢を立て直そうとするがフォレストキラーの腕がすぐさま第二撃を放つ。横に転びそれを回避するが、またフォレストキラーは攻撃のモーションに入り攻撃が波状攻撃のように繰り出される。
迷焦はフォレストキラーの攻撃をなんとか回避するので精一杯となり、魔法を放つ隙もない。
そしてフォレストキラーの一方的な猛攻となっていた。
離れたところでその様子を見届ける栞は有り得ないといった表情を浮かべている。
栞から見てフォレストキラーは前に迷焦が戦っていたザントマンよりも攻撃速度でいえば遅いのだ。迷焦は言っていた。自分の長所は優れた機動力だと。
なのにここまで一方的な戦いになっているということは迷焦の方に問題があるということだ。
それは迷焦の方もわかっているようだがどうしようもできない。
今の迷焦から見たフォレストキラーの動きはなんとガブリエルの攻撃速度よりも速く見えた。でもそんなはずはないのだ。フォレストキラーは下級ドリムの分類でありさして強化個体にも見えない。
だから考えられるとすれば、
「僕の身体能力が......下がってる?!」
結論付けた迷焦はフォレストキラーの縦に動く腕振りをまたもや転ぶ事で回避し、近くの手の平に余る大きさの石を顔面に投げる。見事にヒットし、敵の視界を僅かな時間だが奪う事に成功した。この隙に一度逃げるのが得策と言えよう。
しかし迷焦はその場で座り込むばかりで動けていない。足を懸命に動かそうとしているが力が入らないらしく地面の土を僅かに削るだけとなっている。何かの魔法がかかっているようだ。
絶好の退避の時間に逃げないでいる迷焦に栞は慌てて彼を呼ぶ。
「メイメイ早く! 逃げるなら今しかないよ!」
その言葉で我に帰った迷焦は魔法が解けたようにその体に力を入れ、全力でフォレストキラーから遠ざかった。
音で居場所を突き止めようとするフォレストキラーに栞は石や木を投げて邪魔をする。
こうしてなんとか退避する事が出来たのだった。
二人は手頃な茂みに身を隠し、周囲を警戒する。
辺りにフォレストキラーが居ないことがわかり緊張を解くが迷焦は剣を握り締めたままだった。それを見た栞はさっきの事について聞いてみる。
「メイメイ手加減したわけじゃ無いことはわかるよ。どうしたの? いつもならすぐに片付くのに」
迷焦はその問いに最初顔を曇らせた様子で下を向くが口を開いた。いつもの迷焦とは明らかに違う震えているような声だった。
「失った............この前の大会の途中ガブリエルと戦ったんだ。それで多分無理をしたんだと思う。僕の心に何らかのダメージが入って身体能力を著しく下げたんだと......僕は思う。まさかここまで戦えないなんて......今の僕は並みの冒険者よりも断然弱い」
迷焦は歯を思い切り噛み、無力な自分を呪った。気づけるタイミングならいくらでもあったはずなのだ。体が不自然にだるかったのだって今までの身体能力が無くなって体がついていけなくなった事によるものだった。
自分はどこかで強いと思っている節が迷焦にはあった。ガブリエルとだって劣勢ではあったが打ち合えてはいたし、神獣との戦いでは何度も生きて帰って来れた。
でもそれは迷焦が今まで育ててきた自信による物であって基本スペックは他と変わりはしない。無道迷焦はお得意の機動力がなければ下級モンスターにも勝てない雑魚だった。
チート能力が無い分、迷焦は機動力でカバーしてきた。他の強敵と戦えていたのは全部身体能力で不足な分を補えていたからだ。
そしてこれから先迷焦を待つのは勝てないから自信がつかない。だからさらに能力が下がるといった悪循環だ。
そんなの嫌だ。いきなり自分の力が失われたなんて辛い。
震える迷焦を慰めようと手を近づけた栞だが彼の言葉はまだ終わらない。
「それに僕は......」
消え入りそうな声で言葉を紡いだ。
「......あの時凄く怖かったんだ」
どうも。今回は迷焦がかなり弱くなってたお話です。そして最後の言葉、『怖かったんだ』
果たして迷焦はどうなるのか!




