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ゲーレンからモルデカイへの旅の行程なのだが、本来は、卯都、辰都、巳都、午都を順番に通って未都モルデカイへ至る道がある。それは円環街道と呼ばれ、各都を繋ぐ主要街道だ。
円環街道は、冒険者ギルド先導の元で三十年の歳月を費やして造られ、世界初の十二都が協力した一大事業として有名らしい。文字通り世界の架け橋として繋がれたその道は、まさに世界の大動脈として要をなし、それを提案し、労働力の提供と共に多額の資金を出した冒険者ギルドは、名実共に世界に無くてはならない物として認識された。
そんな話を聞き、素直に千香華を賞賛した。
「凄いじゃないか! じゃあイグニットは偉人として名を連ねているんじゃないか?」
「そんな事有るけど、無いよー。俺はただ各都へ行って“説得”して周っただけさー」
今千香華は、銀髪の青年姿なので一人称は『俺』だ。そんな千香華は、照れ笑いしながらそう話す。しかし“説得”か……それは脅迫ってルビが振られて無いよな? 一抹の不安を覚えるが、本当に凄い事なので良しとしよう。
そんな円環街道だが、今回は通らない。千香華の話によると、卯都から未都までどんなに急いでも四ヶ月は掛かるとの事だ。今回はそんなに時間をかけていられない。何故ならば、セトの願いである移民の受け入れには、タイムリミットが存在する。
この世界の時間で半年以内に件の世界は崩壊を始める。それはその世界の神の意地……創造主に対する創られた神の反逆。しかし、その世界に生きる者達を巻き込むのは忍びない。そこに管理官であるセトが手を貸した……それが異世界移民である。
異世界移民の中で“エルフ”とドワーフ”の受け入れ先に選ばれたのが、俺達の世界【イデアノテ】。八種族のうちの二種族、他の六種族や魔物、動植物は別の世界にそれぞれ受け入れの依頼が行っているようだ。
もしも、受け入れ先から断られた場合、その種類の生き物は行き先を失い、半年後の崩壊に巻き込まれる事になるだろう。見た事も無い他の世界の者とはいえ、見捨ててしまうのは間違っていると思う。だからこそ急がねばなるまい。
この世界は独楽の様な形状をしている。真ん中に突き立つ柱が、まるで独楽の軸のようになっている。柱の周りは灼熱の砂漠でとても人が住めるような環境ではない。逆に外周部に向う程、寒暗くなっていく。人の生息圏は中央部と外周部の間、ドーナツのような形状で存在している。
十二種族の都は、零時の方向を子として一時が丑、二時が寅といった具合に存在している。猫種族だけは、特定の都を持たない……隠れ里があると噂を聞いたことがある。
まあ、それはさておき……今回取るべき進路は、円環街道のように円を描くように移動するのではなく。一直線に砂漠の近くを通り未都まで行く、という普通なら使わない道である。……というか道すら存在しないのだが。『急がば回れ』という言葉があるが、今回は人目がある所では使えない方法で移動するので、どちらにしても街道は使えないのだ。
現在位置は、卯都と寅都間の円環街道から中央部へ入り込んだ、人里離れた草原の真ん中だ。人気は無く、ここなら良いだろう。
俺は本来の獣の姿に戻る。骨や関節は異音を奏で、筋肉は千切れ適した形に修復される。着ていた服は破けて、コートは首周りに、ズボンは腰の辺りで襤褸切れの様になって巻きついている。
今回イデアノテに戻ってきて、初めて姿を変えた時は、服が破れてしまった事に慌てたが、そこはセト特製の服、獣人型になったら勝手に修復され、元通りという謎仕様だ。これって神器クラスじゃねぇのか? 一々脱がなくて良いし、全裸登場なんて事にはならないから助かっているがな。
「千香華! 乗れ」
早く着く方法……それは俺がこの姿で一直線に駆け抜ける。ただ、それだけだ。幸い今回はあまり能力の低下が起こっていない。たぶんなのだが、仮にも町を救った英雄として信仰を集め、千香華が頑張ってギルドの地位を確立してくれたので、神力が増えた影響だと思う。何せ二人で一つの神力を共有しているようなものだ、どちらが信仰されても変わりない。千香華の物は俺の物!
まあ兎に角、能力の低下が少なかった事と、この姿の方が狼としての特性が生かされるという事が理由だ。狼は本来、持久力に長けている。獲物を追いかけ何日も走り続ける事が出来るといわれている。その特性がこの姿だと発揮出来る。食べ物も食べず、排泄もせず、昼夜問わず走り続けられる走破力! 獣人型だと持久力はクソみたいなものなのに……。
何時まで経っても千香華が乗ってこない事に訝しく思い、振り返ると千香華は何かに悩んでいるようだった。
「どうしたんだ? 何かあるのか?」
「んー? いやね、ケイは姿変える時、何にも言わないのかなーって思って」
は? 意味が解らん……。
「ほらー。HE☆N☆SHI☆N! とか、トラ○スフォーム! とか蒸○! とか一杯あるじゃん?」
「ねぇーよ!」
「えー! つまらん! つまらんですよ! コン○イ」
「誰がサイ○トロンの隊長だ!」
くだらん事で時間使わせやがって!
「ハッ! 獣型だから、デストロ……うひゃあ!」
これ以上言わせてると面倒な事になりそうだったので、千香華の首元を口で銜えて自らの背中に放り投げた。
「いいから行くぞ! しっかり捕まってろ」
それだけ言うと俺は走り出す。背中で千香華が「うわああああ!」と叫び声を上げているが、まだまだ序の口だ。俺は更に速度を上げる。背中の毛並みは悪くないし、服の残骸の襤褸切れがあるので、捕まる所もある。乗り心地は悪くないはずだ。まだいけるかな? そして更に速度を上げた。
……あれ? 千香華の声が聞こえない? 慣れたのか? 俺は走りながら首だけ後ろを振り向く様に背中を見る。そこには顔を真っ青にして口から泡を吹く千香華が居た。
「おい! 大丈夫か? 何があった?」
この辺りにはまだ危険な魔物などは居なかったはずだ。一体何があったと言うのか……。フラフラなりながらも千香華が口を開く。
「こ……殺す気……なの? 速すぎるよ……風圧で息が……」
「あ……」
そこまで考えて無かった……俺は問題ないが千香華にはきつい風圧だったらしい。肉体的強度も違うしな。
あれ? でも……。
「すまん。大丈夫か? でも理術で風圧を防げば良かったんじゃないのか?」
「あ……」
まったく……千香華は何時までも千香華だって事か? 自分も失念していた事を棚に上げて俺は、深くため息を吐くと再び千香華を背に乗せて、モルデカイに向って走り出すのだった。
少しでもイメージ出来る様に地図を描いてみました。
線が今回圭吾と千香華が通る道です。
円環街道は“円”となっていますが真円ではありません。各都を通る為、曲がりくねっています。




