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「ところで……あれは用意してくれた?」
千香華が突然そんな事を言い出した。あれってなんだ? 基本的に俺達は飲まず喰わずでも行動できるし、旅に必要な物などないんだが……
するとケイローが慌てて二枚のカードを取り出した。
「すみません。忘れていました……こちらでございます」
千香華はその二枚のカードを受け取ると、ニマニマとした顔で眺めて、そのうちの一枚を俺に渡してきた。なんだこれ? 不思議な色をしているな……虹色に変化してキラキラ光っている。その表面を何か透明な膜のようなものでコーティングしてあるようだ。
「これは……なんだ?」
「それはギルドカードです。情報は先に入力してありますので、理力でそれに干渉してください」
ふむ? とりあえずやってみるか……何処かに置かないと両手が使えない……千香華に持ってもらうか。理力で干渉する為に、両手を開けたいから持って居てくれと千香華に頼むと、千香華は首を振り受け取ろうとしなかった。
「ケイは知らないんだねー? にひひ……なんか勝った気分だー」
「ん? どういう事だ?」
俺が尋ねると、ヨルグが簡単に答えてくれた。
「理術は進歩しているのですよ。別に両手からじゃなくても干渉は出来ます。例えばカードの場合は、持っている親指と人差し指から“波”を出して干渉する事が出来ますよ」
なるほど……自分で書いていたのに失念だ。『身体の最低二箇所から』だから掌から出す必要はないわけだな。
千香華が得意気に親指と人差し指、人差し指と中指、中指と薬指、薬指と小指といった具合に“順番”に氷を生み出し、バラバラと氷を出している。
おお? 制御がスムーズだ。流れるように小さめの氷を出している。成長したな……。
俺も試しにやってみる事にしよう。えっと……こうして……こうか?
右手の親指と人差し指の間から水が、人差し指と中指の間から氷が、中指と薬指の間からも水、そして薬指と小指の間から氷が“同時”に生み出された。
うむう……鈍っているのか? 意外と難しいんだな……。そう思って三人の顔を見ると唖然とした表情で此方を見ていた。あん? なんかおかしいか? 俺でも一発で何でも上手くやれる訳ねぇじゃないか。
「はぁ? 何それ! なんなのさー!」
千香華が抗議の声を上げる。なんで抗議されなきゃいけないんだ? とりあえず失敗している所の干渉をやめて氷だけを二個ずつ“同時”に出す様にした。これが精一杯だよ。
「ケイ……それどういうことか解ってる?」
「ん? まあ、いいじゃねぇか。俺にとって理術は理力量の関係で、補助しかありえないんだしな」
千香華は呆れた顔をして言ってくる。
「あのね? それ同時に干渉してるでしょ? そんな事誰も出来ないよ」
ああ、なんだ、そんな事か。俺は並列思考が出来るからな。同時にそれくらいなら出来るさ。でも結局連続で出しても二箇所同時に出してもそんなに変わらないだろ? え? 全然違うって?
ようやく復活してきたヨルグにそれはどうやってるんですか? と聞かれたが、思考を分けてそれぞれに干渉させているだけだ。と教えると「人は右を見ながら左を見ることは出来ません」と言われた。どっかで聞いた台詞だな?
「誰も右を見ながら左を見ろとは言って無いぞ? 例えれば、右を見ながら、左に意識を向けて警戒しているようなものだ」
同時に上も下も前も後ろも同じようにしているけどな。
「……な……なるほど」
無理に納得するようにしたのか、微妙な表情のヨルグとケイローだった。
「あー、うん……それは一先ず置いておきましょう。カードに干渉してみたらどうですか?」
ああ、忘れてた……それじゃやってみますかね。……おお? 文字が浮かび上がってきた。
そこには俺の冒険者としての情報が書かれていて、こういう感じだった。
名 前:ケイゴ
種 族:狼獣人
段 位:三段
所 属:冒険者ギルドゲーレン本部
技 能:未開示
専攻職:未開示
理力量:小
履 歴:****
特 記:この者に冒険者ギルド本部の権限により、特別通行許可を与える。
おおー。凄いな。シンプルだが此処まで出来るようになっているとは驚きだ。
「内容は此方で先に設定しておきました。それがあればギルドが支部を出している町なら無条件で入る事が出来ます。一応段位は三段です」
「十分だ。ありがとう。……しかしこれはどうやっているんだ?」
「これはね! ビッグジュエルビートルの甲殻にカメンレオンの表皮を加工して張り付けた物でね。理力に反応して文字を記憶して表示出来るんだよー」
ほうほう。そんな素材が見つかったのか。どういう原理なんだ? 液晶のようになっているのか? などと千香華に質問してみるが「さあ?」って反応だ。
「ヨルグ、素晴らしい出来だ。良くやったな!」
きっと開発したのは、千香華じゃなくてヨルグだろうと予想を付けて褒めた。
「勿体無いお言葉です」
ヨルグは感激に涙を浮かべている。やっぱりこっちだったか。色々と苦労して試作を幾つも造り二十年ほど前に実装出来たらしい。ビッグジュエルビートルは、あほみたいにでかい玉虫だ。カメンレオンは仮面のような装甲を持ったカメレオンで、人を飲み込めるくらいの大きさがある。どちらもそれなりに強い部類の魔物だったと記憶している。
仕組み等は、今度訪れた時に詳しく聞くことにして、今はありがたく使わせてもらおう。
別れ際に、ケイローが一つ頼み事をしてきた。
「広く自由に使える土地をお探しとの事で、未都モルデカイに行かれると聞いております。あそこの支部はアドルフさんがマスターを勤めています。そこにですね……私の娘が冒険者として活動してるのですが……」
おい? 歯切れが悪いな。面倒事の様な気がしてきたぞ。
「あの……少しばかり、なんと言いますか……元気の良すぎる娘でして、あ! 名前はサライと申します。それでですね……たまにで宜しいので面倒を見ていただければと……いえ! 気にかけて頂けるだけで結構ですので。やはり親として少し心配な娘なもので……お恥ずかしい」
あー……あれだな? じゃじゃ馬娘が親元から離れて、どうにも心配だから様子を見ていてくれないか? って事だな。別に構わないけどさ。
「うんうん。サライちゃんねー。大丈夫! 小さい頃から知ってるしね。面倒見るよー」
知り合いは銀髪の千香華じゃなくてイグニットだろう? ヨルグも「孫娘をお願いします」って頭下げてるし……。マーロウとヨルグの孫なら面倒見るのは構わないか。
そんなこんなで再開を約束して、俺達は未都モルデカイへ旅立った。思った以上にヨルグがしっかりしていて、ゲーレンも心配無さそうだと安心できた。しかし、五十年か……色々変わったんだろうな。旅の道すがら、千香華に今の常識とか聞かないといけないな。




