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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
4章 世界は誰が為に在る
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4-3



 三日程、野宿したのだが、この辺りでは殆ど魔物を見かけなかった。たまに見かけても危険度の低い魔物(野生動物の類も魔物に分類される)ばかりだった。

 あんなにも町の近くまで来ていたオークは、少し離れた森の中に生息しているようだ。重要な食料なので全滅させては居ないようだが、生息圏を大きく外側に後退させている。


 卯都ウルムへの道は整備され、行商人や旅人が行き来している。道中は完全に安全とは言えないが、ある程度の実力があれば、問題なく旅が出来るようだ。貿易なども盛んに行われているが、荷運びは木製の大八車程度の物しかなく、あまり効率が良いとは言えなかった。

 未だに冶金技術は低いようで、金属製の車輪などは造れないというのが原因か? 馬車とかも無いようだし……ああ、うま種族が居るから馬車は拙いのか?


 そんな益体も無い事を考えながら、ゲーレンを見下ろす丘の上で寝そべり、深いため息を吐く。千香華はまだ来ない。

 一度冒険者らしき者が数名で囲んできたが、一吠えで腰を抜かし逃げ帰って行った。その時にアンモニア臭がしたが、そいつ等の名誉の為にこれ以上言わないでやろう。

 ああ、今俺は獣型のままで寝転がっている。なんか慣れてくると、この姿もいいなと思えてきた。日向で寝転がってると眠くなってくるな……。



 おっと! 寝ちまっていた。ふと町の方向へ意識を向けると、なにやら町全体が騒がしいような気がする。

 暫く様子を伺っていたのだが、此方に三人向ってくる気配がする。正確に言うと“匂い”がするだけどな。一人は千香華だ。後の二人は……ん? 片方はヨルグかな? もう一人は? マーロウの匂いに近いが……これは知らない匂いだ。チッ! 面倒くせぇなぁ。一応姿を獣人にしておくか。

 ゴキゴキ、ブチブチ、終了! 本当に慣れてきたな……自由自在だ。


 丘の上に一本だけ生えている木に寄りかかり、三人が到着するのを待つ。この丘も元は、木々が生い茂る小高い丘だったと記憶しているが、町の拡大に木材として使ったのか、今はこの木以外は何も無い。人の業の深さが窺える。

 到着したようだな……。俺は歩み寄りながら先頭を歩く千香華に声を掛けた。


「随分と遅かったな? 何をしていたんだ?」


 千香華が何かを言う前に、後ろを歩いていた……ヨルグ? 少し老けたが確かにヨルグだ。辰種族は他の種族の五倍寿命が長い。見た目の衰えも遅いのだろう。そのヨルグはツカツカと早足で此方に向ってくる。あれ? なんか怒っているのか?


「なんですか! その言い草は! 五十年も女性を待たせて居たんです! 少しぐらい待っても罰は当たりません!」


 おおぅ? なんか久しぶりに説教くらってる気がするわ。


「いや、そういう意味じゃないんだが……町も騒がしいし何かして来たのかと……」


「本当に待たせ過ぎですよ……チカゲ様は、何時も貴方の帰りを待って……」


 あれ? 泣いているのか?


「私もマーロウもずっと待って……」


「なんか……すまなかったな。千香華の事も、ギルドの事もだが、ありがとう」


「もう! ずるいですよ? これ以上怒る事が出来ないじゃないですか……お戻りになられて良かったです。お帰りなさい」


 ヨルグは涙を貯めながら笑顔でそう言った。


「ああ、待たせてすまなかった。ただいま……」


 なんかこういう雰囲気は苦手で俺は少し照れながら頭を掻いていた。


「ところで……後ろのそいつは誰なんだ?」


「あっ! ご紹介が遅れました。私とマーロウの息子のケイローです。チカゲ様の許可を頂き、お二人の事は話してあります」


 ケイローと紹介されたその男は、顔つきはヨルグに似ているが、雰囲気や振る舞いはマーロウそっくりの寅人だった。遺伝子とかどうなっているのか良く解らないが、確かに二人の息子と言われて、なるほどと思える。

 しかし年の頃は、四十ぐらいの壮年の男だ。ヨルグと兄弟もしくは旦那と言われてもおかしく無いようにも見える。


「ご紹介に預かりました。マーロウとヨルグの子、ケイローと申します。父と母からお二人の事……特にケイゴ様のお話は良く聞かされておりました。直接お会い出来て光栄でございます」


 ケイローは深々と頭を下げてくる。性格的にはヨルグに近いな。


「ケイゴだ。宜しく頼む……お前は手合せとか言ってこないよな?」


 俺は冗談交じりで言うが、ケイローは慌てて「とんでもございません! 私は父程勇猛ではありません!」と両手を胸の前で振って居る。良かった……こういう場合、聞き及んでいたその力試させて下さい! とか言われるかと思っていた。


「そうか。ところでマーロウはどうしている? 元気か?」


「父は……三十年程前に亡くなりました」


 え? ……そうか、五十年だものな……マーロウは逝っちまったか。


「マーロウは何時もケイゴ様の事を気にかけておりました。口癖の様に「ケイゴに会いたい」と……どうですか? 私達は、貴方様のお役に立てましたでしょうか? ゲーレンを……ギルドを見てどう思いましたか?」


「もちろんだ! よく此処まで大きく立派にしてくれた。お前達には感謝してもし切れない」


 俺がそう答えると、ヨルグは天を仰ぎ涙する。


「マーロウも報われたと思います。もちろん私もです。ありがとうございます。これからより一層頑張ります」



 他にも色々と話を聞いた。支部を出した時の苦労話や、世界中に支部を出せた時の感動。理術や理学の話。当時知己だった者の話。プラムは残念ながらもう亡くなっていたが、俺達が教えた料理で一躍有名店となった卯小屋は各町に支店をだし、サシャも宿を継ぎ、沢山の孫達に囲まれ暮らしている。ギルド御用達の宿を各町で経営しているらしい。他にもペレツなんかも亡くなってしまったが、この世界で初めての郵便屋を開業して一財産築いたようだ。

 あとケイローの名前は、マーロウが俺に肖って名付けたようだ。嬉しいような……微妙な気持ちだった。


 暫く思い出話に花を咲かせていたのだが、ケイローがヨルグに「母さん、そろそろ……」と言いだした。


「そうですね……名残惜しいですが、イグニットさんの葬儀を取り仕切らなきゃいけません……」


 は? 葬儀? どういうことだ?

 俺が驚いた表情をしていると、千香華が説明してくれた。


「イグニットちゃんは、老衰でお亡くなりになりました。次のギルマスはヨルグさんです」


 説明になってない……。よく話を聞くと、イグニットはもう七十以上のお婆ちゃんで、つい先程、眠るように息を引き取った。……ということになっているようだ。この世界では寿命で亡くなっても遺体は残らない。全て光になって消えてしまう。こっそりと千香華が認識阻害して町を抜け出てきたらしい。

 それで先程から町が騒然としているのか……。

 既に次のギルドマスターとしてヨルグを指名していたらしく。特に混乱等は起きていないようだが、この町を代表するギルドの長であり、町長のイグニットが亡くなったのだ。それは騒然となるだろう。

 それだったら引退って事で良かったのでは? と聞いたのだが、それだと町から居なくなるのはおかしいし「ケイに仮の姿とは言え、私だけ老いた所なんて見せたくないじゃ無い?」と千香華は言っていた。

 まあ、一緒に年を重ねる事が出来たのならそれでも良いだろうがな……もう俺達には、叶わない夢だ。




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