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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
3章 感じるな、考えろ!?
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3-16



 咽返る血の臭いの中、黒いドラゴンと対峙するマーロウの姿は既に限界だと知れる。

 黒いドラゴンも何故か動かない。傷の周囲の肉が盛り上がっていっているのが見える。流石に切り取られた右の翼はくっつく事は無いようだが、血が止まって傷が塞がっていっている様に見えた。傷が治るのを待っているのか? と思ったが黒いドラゴンは突然現れた俺を見て、何かを考えるような素振りをしながら睨んでくる。


「なんで! なんで来たのさ!」


 イグニットが声を搾り出すように叫ぶ。俺はその声を聞きながらも、敢えて反応せずドラゴンに向って両手を広げた。使うのは水理術だ。しかし俺にはイグニットのような理術の使い方は出来ない。あの水柱のような出力を出せば、一発の行使で全ての理力を使い切るだろう。

 俺は周囲の水分子に干渉し、強制的に気化させた。気化熱により周囲の温度は一気に下がる。黒いドラゴンを濃密な霧が包んだ。

 突然視界を奪われた黒いドラゴンは、何事だ? と周囲を見渡している。その体表には薄く霜が付き始めていた。黒いドラゴンは流石にまずいと思ったのか、残る左の翼で霧を吹き飛ばそうとするがもう遅い。

 温度というのは結局の所“運動エネルギー”である。早くなれば高温になり、遅くなれば低温になる。気化熱というのは、液体が気体になる時に周囲の“運動エネルギー”を奪う事によって温度が下がるのだ。気化熱によって奪われた“運動エネルギー”を今度は直接干渉して更に遅くする。遅くなれば温度が下がる。温度が下がれば凝固する……即ち氷だ。

 突然現れた氷に黒いドラゴンは包まれた。もっと理力量があればいきなり凍らせることも出来るのだろうが、生憎俺の理力量は低い。段階的に事象に干渉しなければ、こんな真似は出来ない。


 氷に包まれた黒いドラゴンを驚愕の表情で見上げるマーロウの元に近付いた。


「マーロウ?」


 此方を振り返ったマーロウの姿は酷いものだった。左耳は千切れ、左目は切り裂かれもう光を映す事は無いだろう。左腕も既に無く。全身は血塗れで立っている事も辛そうだ。


「へっ! おせぇ……よ。まあ、多分来るとは思っていたがな?」


「大丈夫か?」


「大丈夫だ……と言いてぇところだがよ。良いのを貰っちまって……一発でこのザマだ」


 直ぐに治療理術を使おうとしたが、マーロウに怒鳴られ止められた。


「馬鹿野郎! 俺に理力を割いてどうすんだ!? あれを【看破】で見てみろよ!」


 そう言われ【看破】で黒いドラゴンを視た。



 名 前:シャフォール

 種 族:ダークスフィアドラゴン

 職 業:****

 生命力:極大

 理 力:極大

 腕 力:極大

 脚 力:極大

 耐久力:極大

 持久力:極大

 敏捷性:極大

 瞬発力:大

 器用度:大

 知 力:大

 精神力:極大

 技 能:竜の咆哮

     竜の威圧

     自己再生

     竜の瞳

     吸収

     凶暴化

     事象干渉(物理)

     事象干渉(理)

 状 態:凍結



 ちっ! 生きてやがる! 【看破】は死んだ魔物に使えば、素材としての名前になる。例えばオークなら“オークの死骸”切り分けた肉なら“オークのバラ肉”といった具合だ。その場合能力値も技能も表示されずに説明文が付くだけだ。……名前? こいつ名前を持ってやがる! どういう事だ? それに能力値も高すぎるだろ?


「まずいな……兎に角、一旦下がろう」


 俺はマーロウに肩を貸し、イグニットとヨルグの居る場所まで下がった。



 先程無視されたのが余程腹立たしかったのか、イグニットは近付くや否や、怒鳴りだした。


「どうして来たんだよ! 私は時間を稼ぐから、迎撃の準備を整えろって言ったのに! なんでケイがこっちに来ちゃったんだよ! 町はどうするのさ!」


 おおぅ……ペレツよ。滅茶苦茶怒られたぞ? 『きっと待っています』じゃなかったのか? イグニットは目に涙を貯めて、此方を睨む。


「お前が心配だったからな」


 イグニットの頭に手を置きポンポンと叩く。「無事で良かった」そう呟くと、イグニットは俯いてしまった。


「町は、頼もしい仲間達が『自分達に任せろ』と言って送り出してくれた。お前達を助けてやってくれってな」


 住民達は避難させている事、二段以上の冒険者には、戦闘準備をさせて此方に向かわせている事等を簡単に説明する。


「イグニット、理力は残っているか?」


「少しは……」


「そうか……マーロウに止血と歩ける程度の治療をして、ヨルグも連れて後続の者達の元へ行け」


「ケイはどうするの? 一緒に戻れば良いじゃない!」


「もうあれは破られる……俺はあいつを止める!」


 既に氷はひび割れ始めている。小刻みに震えている所を見ると、シバリングをして無理やり氷を溶かしているようだ。【事象干渉(物理)】があるから当然だ。もう一刻の猶予も無い。


「だったら私も……」


「残るとか言うなよ? 二人はどうするんだ? いいから早く行け! ここは俺に任せろ」


 俺の言葉を聞き入れ、不満気ながらも戻る事に了承してくれた。去り際にイグニットが俺に向って言う。


「あの黒いドラゴンの狙いは、町じゃなくて町に居る筈の私達……圭吾と千香華みたいなんだ。私は今姿が違うから、気付かなかったみたいだけど……何か恨まれる覚えはある?」


「……解らん。だが降りかかる火の粉は払うしかないだろう? さあ! 早く行け!」


 三人が離れていくのを確認して、黒いドラゴン……シャフォールに向き直る。ひび割れていく氷の隙間から笑い声が漏れてきている。


「くははははっ! 見つけたぞ……貴様か! 貴様が我等の主様のお心を煩わせる元凶か!」


 完全に氷は砕け散り、氷の戒めから開放されたシャフォールが、俺に怒りに染まった目で睨んでくる。


「こっちはお前もお前の主とやらも知らないんだが? 人違いじゃないのか?」


 俺は思った事をそのまま口にする。


「人違いな訳があるか! 黒い戌獣人で規格外の大きさ。うむ! 間違い無い。銀色の体毛の申人は居ないようだが、きっとあの町で怯えて震えているのだろう? どちらにしても、あの町も主様のお心を乱しておる。我の翼を引き裂いたあの猫諸共、灰燼に帰してやるわ!」


 どちらにしても町を破壊する気なのか……。大層お怒りの様だが、こっちもブチ切れる寸前なんだ。多少口が悪くなるが構う事はあるまい。


「おい、クソトカゲ! お前のあるじが何処のクソか知らねぇが……俺の大事な者達に手を出して、只で済むなんて思うなよ? 例え人違いだったとしても……お前も! お前を躾けられねぇクソ主も! 両方同罪だ!」


 わざと暴言を吐く事によって、怒りのボルテージを上げていく。本来怒りは判断を鈍らせてしまうが、俺には関係無い。冷静な思考も同時に展開して、客観的に戦況の判断が出来るからだ。

 しかし相手はそうはいかない。俺の言葉に過剰に反応して、殺気を放ってくる。怒って攻撃が直線的になれば、攻撃を避け易い。あいつの方が圧倒的に能力は上なのだ。会った事も無い何処かの誰かを罵るのは悪いと思うが、こっちも生き残る事に必死なんでな。勘弁して貰いたい。

 しかし、腹に据えかねているのは本当だ。主様とやらが、お心を煩わせている? 乱している? 知るか阿呆が! だったら自ら言って来い! ……危ない、この思考まで怒りに呑まれては意味が無いな……落ち着け、俺。




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