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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
3章 感じるな、考えろ!?
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3-15



 ペレツの体はボロボロだった。足の肉は裂けて血が噴出し、顔にも無数の細かい傷が出来ている。理力も使い過ぎたのであろう、全身に痛みが走っているようだ。しかし目は強い意志を湛え、俺を見つけると痛む体を押して向ってこようとする。俺はペレツの所へ駆け寄った。


「どうしたんだ! 何があった?」


 ペレツは何度も短く息をしている。とてもじゃないが、しゃべれるような状態では無い。【水】の治療理術をかけながら、ペレツの体を横たえてやる。その間もペレツはなんとか息を整えて、話をしようとしている。


「ケイ……ゴさ……ん。早……く……、皆が……危ない、ドラ……黒い……ドラゴ……ンが、早く……」


 途切れ途切れになりながらも、ペレツは言葉を発する。ペレツが言うには、一日目の野営跡を片付け、再び出発しようとした時、柱の方角からゲーレンに向って真っ直ぐ飛ぶ、黒いドラゴンを発見したそうだ。あのままでは町がやばいという事で、イグニットが乱気流を発生させて、ドラゴンを墜落させた。

 イグニットは黒いドラゴンに向けて、何事か話しかけていたがドラゴンは聞く耳を持たず、町を破壊するような事を言ったそうだ。ペレツは迎撃の準備を整えろと伝える為に一人戻れと言われ、残る三人でドラゴンの足止めをすることになり、ペレツは【風】の理術で加速して、一日歩いた距離を懸命に戻ってきたという事らしい。


 イグニットの能力が通用しないのは、相手が例え嘘を真実と受け取ったとしても、変わらない意志で何かをしようとしている時だ。つまり黒いドラゴンは、何があっても町を破壊するつもりだという事に他ならない。


「ペレツ、ありがとう。 良く報せてくれた! 後は任せろ! 誰か怪我の治療をしてやってくれ」


 俺はペレツを労い。周りに指示を出す。


「二段以上の冒険者を集めろ! 三段冒険者は、二段の者を編成し戦闘準備を整えろ! それ以下の冒険者は町の者達に避難勧告を出せ! 避難誘導もだ! 準備が出来次第向うぞ!」


 二段以上の大半の冒険者が、この町の元自警団であり、町を守る為に命をかける事に戸惑いは無い。ほぼ全員が雄叫びをあげ、すぐさま準備に駆け回る。しかし新規の冒険者達は戸惑いを隠せないでいた。

 本来は俺が編成を整え、万全の状態で“迎え撃つ”事が正しいのだろうが、俺は焦っていた。見た目には冷静を装っているが、本当は今すぐに駆け出して行きたい。あの夜の千香華の言葉が思い出される。


『最近嫌な予感がするんだよ。何がどうって言うのは解らないんだけど……もし二人の内、どちらかに何かあっても、たとえ一人になったとしても、このギルドを守っていかなきゃいけないと思うんだ……』


 くそっ! 嫌なフラグ立てやがって……この事なのか? 俺に此処を守れとそう言うのか?


 そんな俺にペレツから声が掛けられた。ペレツは治療理術で怪我が塞がり、先程よりもしっかりしゃべる事が出来る様になったようだ。


「ケイゴさん……すみません。僕は……イグニットさん達を置いて一人逃げて来ました。伝令が大事な役割だという事は解っています。だけど……僕は堪らなく怖かった。伝令を頼まれた時、心の何処かで安堵しました。『この場所に居なくて良いんだ!』と……僕はあの時逃げたんです!」


 悲壮感の漂う顔で、ペレツは俺にそう告げ頭を下げる。だが頭を上げたペレツの顔には強い意志が宿っていた。


「僕に伝令内容を伝える時に、イグニットさんは言っていました。ケイゴさんなら何とかしてくれると……あの目は諦めるような目ではなかったです。ただ信頼しているって顔でした。僕はもう逃げません! 必ずこの町を守ります。だから……だから! ケイゴさんは助けに行ってあげてください! きっと待っています!」


「行ってください! ケイゴさん! 私達も何時までも頼りっきりじゃいけないんだ!」


「イグニットさんもマーロウの旦那もヨルグの嬢ちゃんも、ただ足止めで死ぬつもりは無いはずだ! そこにケイゴさんが加われば、ドラゴンと言えども一溜まりもねぇよ!」


「町の事は俺達に任せてくだせぇ」


「準備を整えて加勢に向います! その前にケイゴさんが、倒してしまうかも知れませんがね」


「私達は何も出来ないかも知れませんが、無事をお祈りいたします」


「オーク程度なら俺達でも殺れる! 避難する住民は俺達が必ず守る!」


「ケイゴさんに鍛えられたんだ。俺達もやるって所を見せますよ!」


 ペレツの声に賛同し、口々に冒険者達が声をあげる。そこに居るのは元自警団、新規の冒険者に関係なく、全てこの冒険者ギルドの頼りになるギルド員達だった。


「すまない……後は頼んだぞ!」


 俺は言うが早いか駆け出していた。



 ウルムへ向う街道を俺は直走る。最初に降り立った時に比べれば、まだまだ身体能力は低くいが、【風】の理術の補助があり、異常と言えるまでの速度が出ている。


 暫く走った頃、前方に長大な水の柱が斜めに走ったのが見えた。あれは千香華の理術だろうか? その直後に何か大質量の物が、叩きつけられるような轟音が鳴り響いた。

 もしや既に倒したのか? と思った直後、ドラゴンのものであろう怒りの咆哮が、俺の居る所まで聞こえてきた。


 俺の嗅覚は犬の嗅覚よりも更にいい。犬で人の数千万倍とも言われている。嗅ぎ分ける事に関しては犬の数倍程の性能を誇るだろう。

 その嗅覚が前方に巨大な何かの匂いを告げてくる。その近くに在る知っている匂い三つ、全て生者の匂いだ。しかし、先程の方向から、爬虫類ではない血の匂いが漂ってくる。俺は走る速度を更に上げた。


 黒い塊が見える。十五メートル程だろうか? 光珠の光を浴びて鈍く輝くそれは、長く太い尻尾を持ち、大木の様な手足に鋭い爪、長い首の先には体の大きさに対して少し不釣合いな程小さい頭、しかしその大きさは、俺ですらも一飲みに出来そうな程の巨大な顎があり、鋭い牙が生えている。爬虫類特有のギョロリとした目が、金色に光る。

 その背にあるはずの蝙蝠のような翼は、片側が中程辺りから鋭い何かで切り取ったかの様に断ち切られていた。

 多分、千香華が【水】理術の上級にあたる“水激流”で切り取ったのだろう。しかし、あれ程の出力を出す為には、どの位の理力を注ぎ込んだのだろうか?


 漸く辿り着いたその場所には、膝を着き苦しそうにしているイグニットと頭を抱え倒れているヨルグ、更に黒いドラゴンの前には、血塗れでそれでも倒れずに、二人を守るように立ち塞がるマーロウの姿があった。




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