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近々、卯都ウルムに冒険者ギルドの支部を設立することが決まり、ウルムへ挨拶と場所の下見をする為に向う事になっていた。
今回ウルムへ赴くのは、ギルドマスターであるイグニット、理術と理学の説明及び秘書の役割をして貰うヨルグ、護衛としてマーロウ、そして案内役として、卯人の冒険者ペレツの四人だ。
俺も卯都へは行ってみたかったのだが、最高戦力と言われている俺は、この町の防衛の観点から今回留守番となった。ギルド自体は、俺達幹部が居なくてもまわる様にはなっているのだが、皆揃って町を離れる事に住民が不安がったのだ。
俺もやる事があったので、構わないのだが……何か胸騒ぎがする。気のせいならば良いのだが……。
「では、行って来ます。後の事は頼みますね」
イグニットがそう言い、軽く手を振る。言いようも無い不安感に、俺の顔が歪むのをマーロウが目敏く見つけ言った。
「おう? ケイゴはイグニットと離れるのが、そんなに辛いのか? たかが往復で十日程度だから、そんなに心配そうな顔するなよな。それとも何か? 護衛の俺が頼りないってか?」
ニヤニヤと笑うマーロウの顔がやたら腹立たしい。
「別にそんな顔はしていない。マーロウの腕は信用しているが、何か別の揉め事起しそうで心配はしている」
誤魔化すようにふざけて言葉を返した。
「そりゃねぇぜ! 俺をトラブルメイカーみたいな言い方するなよな」
俺はマーロウにだけ聞こえる位に、声量を落とした。
「お前だけじゃ無くて、二人ともだな」
「がはははっ! その通りかもしれんな」
マーロウは、イグニットの正体が千香華だと知っているので、イグニットは猫を被っているだけだと解っている。何か“しでかしそう”なのは否定できない。
「すみません。本当は私も残りたいのですが……」
「いや、ヨルグは行って貰わないと困る。あいつ等二人に理術と理学を、正しく説明出来るとは思えないのでな」
申し訳無さそうなヨルグに俺は理由を説明した。
「……確かに、そうかもしれませんね」
ヨルグはイグニットとマーロウをちらりと見てため息混じりにそう言った。
「さて! 皆さんそろそろ行きましょうか?」
そう声を掛けたのは、卯人のペレツだった。彼は優秀な冒険者で、理術も【水】【風】【土】に適性があり、戦闘技術は短剣術なら冒険者の中では右に出る者は居ない、とまで言われている。
今回向う先が彼の故郷のウルムの為、案内と斥候を兼ねて旅に同行する。
この辺りは、冒険者の活躍で他の地域に比べて安全ではあるので、そこまで心配は無いはずだ。そう自分に言い聞かせ、旅立つ一行を見送った。
翌日は何時ものように、冒険者の訓練と試験を行った。最近三段にまで上がる者も増え、俺も試験や訓練で大忙しだ。俺達の作ったギルドの段位制度は上手く機能していて、下積みを経て確実に実力が付いてから町の外に出る為、命を落とす者は少ない。それでも行方不明者や死亡が確認された者が居るのが現状だ。
俺は所属した全ての者達を訓練して、冒険者として送り出している。死んでしまった者達も全て俺の生徒だ。俺の教え方に不備があったんじゃないか? とか、あいつのこういう所を直しておいてやれば良かったとか、死亡原因になった事の対処法もちゃんと教えておけば良かったとか……考え出すときりが無い。
神とは言っても全知でも全能でも無い身、手の届く所しか直接は何もしてやれない。ならば少しでも生き残る為の力を与えてやろう。そう思いながら、毎日訓練をしている。
訓練で掻いた汗を流した後、俺はギルド内にある軽食屋で休んでいた。
本来はギルドといえば併設されているのは酒場なのだろうが、この世界は酒が無い……まったく無いと言うと語弊があるのだが、そもそも醗酵自体が無いと最近になって解った。地球と同じ菌が存在しないので、醗酵が必要な食品関係は全滅だった。
この世界では物が腐らない。腐らせる菌が存在しないからだ。人は死ねば光となって消え、魔物は姿を長期間残す。魔物の死骸が長期間経った後にどうなるのかはまだ知らない。
病気はあるようなので、完全に菌類が居ない訳では無いのだろうが、酒が出来ないから酵母……つまりサッカロマイセス・セレビシエは多分居ない。同じようにアスペルギルス・オリゼーもアスペルギルス・ソーエも味噌、醤油が生産不可能だった為、居ないと見て良いだろう。
菌がお友達の某大学生は、この世界を見て一体どんな事を思うのだろう? などとくだらない事を考えていたら、後ろから声を掛けられた。
「ケイゴさん。お疲れですね? 今日からイグニットさん達が居ないし、忙しいんですか?」
「何か精のつく物でも出しましょうか?」
声を掛けてきたのはサシャとプラムだった。実はこの軽食屋は【御食事所 卯小屋】からの出向という事になっている。卯小屋の娘であるプラムはもちろん【宿屋 戌小屋】の娘であるサシャも一緒に此処で働いている。一応扱いとしてはギルド職員だ。
初めに会った時から五年……サシャはすっかり大人の女性だ。髪の毛と同じ茶色い尻尾を振りながら、店の中を駆け回り給仕するその姿は、冒険者達の間で人気があるのも解る気がする。
プラムは……あまり変わっていない。種族的に見た目での年齢が解り難い。白い毛並みの小さい体で、一生懸命料理を作る姿は、ギルドのマスコットとして可愛がられている。「精のつく物」の所で頬を染めて此方を見るのは、勘弁して欲しい。相変わらず色ボケてる様子だ。これが無ければ見た目は可愛らしくて、撫でたくなるのにな……台無しだ。
「何時も通りだ。忙しくは無いよ。……もう昼時か? じゃあ何か軽い物を頼む」
とりあえず精のつく物とやらはスルーしておいた。
「はーい。今作ってきますね」
元気良く返事をして、プラムが厨房に駆けて行こうとしたその時、ギルドの扉が勢い良く開かれた。ギルドの中が騒然となる。
「ケイゴさん……ケイゴさんは……何処ですか?」
扉の方を見ると、そこにはフラフラした足取りのペレツが立っていた。
卯人の冒険者ペレツは『幕間 世界の視点から』で登場しています。




