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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
5章 十三番目の王
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5-2


 最近漸くやる事も減り落ち着いてきた。もう湯幻郷は完全に俺達の手を離れ、村の運営も管理も岩人族と森人族によって行われている。


 サイラスはこの村の神社の神主となり……毎日祝詞を上げてくれている。正直どう反応して良いか解らない……。気持ちは嬉しいがな。

 ラザロは念願の大工となり、今ではこの村の建物の大半を手掛けるまでになっている。千香華から免許皆伝と言われたようで周囲からは棟梁と呼ばれているそうだ。

 他の夢を語っていた者達も全員とは言えないが、希望の仕事に付く事が出来たようで毎日が充実しているようだ。

 その中でも一番充実しているのは、なんとバルバラだった。バルバラは森人で年下の旦那を捕まえ、子供を授かって日々幸せそうに暮らしている……あれ? バルバラって婆さんじゃなかったのか? 岩人は年齢がさっぱり解らん。見た目では森人の旦那が年上に見えるし、若々しいカップルに見えるから恐ろしい。そして子供は岩人寄りの男の子だ……数年後を今から想像して戦慄した。……想像するのはやめよう! 人の幸せはそれぞれだ。


 サライとは、今でもたまに訓練と称して手合せをさせられる。たまになのはサライはそれなりに忙しいからだ。なんとサライは冒険者ギルド湯幻郷出張所の責任者をやっている……というかアドルフに押し付けられた。

 ああ見えてもサライは意外と頭が良い。ヨルグに仕込まれていたのもあるのだが、アドルフが書類仕事を嫌う為、たまに手伝っていたという事だ。

 戦いの腕も昔に比べて格段に上がっているので、現在はこの村で俺達を抜かせば最高戦力である。


 アドルフはというと、この村が大層気に入ったのか、月の半分はこの村に滞在している。目的は温泉と道中の適度な運動だそうだ。お陰でモルデカイと湯幻郷を繋ぐ街道は安全な道となっている。移動するたびに片っ端から魔物を狩ってしまうことが原因なのだが、魔物もそれを恐れて今では街道に近寄りもしないらしい。

 モルデカイギルドは大丈夫なのか不安になったが、エイベルを筆頭に優秀な執事達がどうにかしてくれているとはアドルフ談だ。



 今俺は三重塔の最上階から湯幻郷を見下ろして考え事をしていた。


「なにかお悩み事ですか?」


 側に控えていたヤーマッカから訪ねられたが、俺はすぐには返答出来なかった。

 俺の考えていた事はこの世界の住民……いや、人種族の不利益になるかもしれない事だった。



 事の始まりは数日前に遡る。ゴブリンの一団がこの村に迫っているという情報がもたらされ、その殲滅に参加した時の事だった。最近は周囲の魔物との住み分けがされて来た事もあり、俺や千香華が討伐に参加する事は無くなっていたのだが、ゴブリンの一団は総数五千匹以上、流石に見過ごせない数だった。


 ゴブリンの一団は、方向的に午種族の領域側から移動してきたらしく。この辺りの魔物では無さそうだった。恐らく向こうで大規模な討伐が行われて逃げてきた一団なのかもしれない……しかしこの村を蹂躙される訳にもいかない。


 討伐は丁度滞在していたアドルフと青龍偃月刀を振るうサライ、此方の世界に慣れてきた岩人戦士団、森人精霊理術師達、そして俺と千香華が参加した事により特に問題なく終わった。

 しかしその一団のトップであるゴブリンキングの最後の言葉が、俺の耳に何時までも残っていた。


『人族どもめ! 俺達の住処を奪うだけでは飽き足らず……俺達の命まで奪い去るか! 俺達はオークどもと違い、好き好んで人を襲う訳では無いというのに!』


 午都では、湯幻郷製武器防具の偽物が大量に出回っていると聞いたことがあった。その武器防具の入手先がこのゴブリン達だったのかもしれない。耐え切れずに逃げてきた所を俺達に討たれてしまった……良く考えると酷い話である。

 しかもその原因を作り出してしまったのは俺達という事が重く圧し掛かっていた。


 ヤーマッカを助ける時に世話になったハイスラ、黒いドラゴンと戦った時に共闘したジャンプディア、双方とも魔物であったが対等に話をし、理解しあったと思っている。少し経緯は違うがヤーマッカも分類でいうと今は魔物である。

 もしかしたらゴブリンも対話をすれば、殺してしまう事も無かったのではないかと思うのだ。俺はこの世界を造った神……魔物もこの世界で生きる命であれば、片方だけ贔屓するのは間違っているのではないか? そう思ってしまったのだ。


「ケイゴ様が何を思い悩んでいるかヤーマッカには知る術がございませんが……ケイゴ様の思うように行動してみては如何でしょうか?」


 ヤーマッカのその言葉に俺は少し驚いた。ヤーマッカは俺が神だという事を知っているし、エターナルワールドの神であるナイトハルトが、自らの世界でしたことも、その経緯も知っている筈だ。

 神が自らの身勝手で世界を巻き込む事を、俺が良しとしない事も話してある。

 そのヤーマッカが俺の思うままに行動しろと言うなんて思ってもいなかった。


「……ケイゴ様は慈悲深い神でございます。この世界の事を常に考え行動をしていらっしゃると、私は知っております。それにケイゴ様はお一人ではございませんでしょう? どんな結果になっても何があっても貴方様を心から信頼し支える方が側に居られるではありませんか。勿論このヤーマッカも何があっても貴方様にお仕え致します」


 ヤーマッカは誇らしげに胸を張り、深々と頭を下げると部屋を出て行った。俺は心の中でヤーマッカに礼を言った。


 ヤーマッカが部屋を出て行った直後、扉がノックされ返事を待つまでも無く扉が開かれる。

 部屋に入ってきたのは、銀色の長い髪を結い上げた、色白の線が細い女性だった。


「やあ、ケイ。真剣な表情してどうしたのー? お腹でも痛いの?」


 女性にしては高過ぎず落ち着いた声色で、何処かずれた事を言うその声は、俺にとっては懐かしく最も聞きなれた声だった。


「俺が真剣な顔をしているとお腹が痛いって考える理由がわからん」


 俺が不服そうに答えると笑いながら答えて返す。


「あははー、冗談だよー。それで? 何を悩んでいるのかなー? 千香華ちゃんに話してみるといいよ」


 千香華は最近では男の姿を止めていた。髪と瞳の色は青年の時と変わらないが、ベースは在りし日の千香華の姿だった。出会った頃とほぼ変わる事が無かったその容姿は、銀色の髪と瞳のせいで更に年齢不詳だ。

 服装は洒落で作ったにも拘らず、湯幻郷に根付いてしまった浴衣を着ているのだが、それが良く似合っている。

 女の姿をするようになった理由は良く解らないが、千香華がその姿になってから森人の女性に囲まれる事が減ったから、まあ良いかと思っている。


「ああ、実はな……」


 俺は悩んでいた事を千香華に話した。魔物との対話と、それが巧くいった時に起こるであろうこの世界への影響。それに思い至った経緯等……千香華は真剣な顔でそれを聞いていたが、突然いつものチェシャ猫がするようなニヤリ顔をして言う。


「いいんじゃね? ケイが話してみたいなら話したらいいよー。その結果で起きる不利益があったとしても別の事で補ったら良いことだし? それよりもやっと話してくれた事が嬉しいよー。ケイは悩むと長いからねー」


 やっぱりこいつには敵わないな……悩んでいた事が馬鹿らしくなる。ヤーマッカが言った通りだ……俺には千香華が居る。俺を信じて仕えてくれるヤーマッカが居る。

 考え悩むのは俺の性分だが、独りで悩まずもっとこいつ等を頼る事にしよう。




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