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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
5章 十三番目の王
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5-1

新章開始です。宜しくお願い致します。



 湯幻郷を造って十年の月日が経った。当初懸念していた移民種族との摩擦は思った以上に少なく、何もかも順調に進んだ。

 まあ、そうなら無いように色々手を尽くしたのだから、当然と言ってしまえばそれまでなのだが……。



 まず戦いで壊れてしまった場所の修復と更なる整備。これは岩人達が想像以上の適応力と労働力を発揮した。元々物を造る事に特化しているような種族の為か、技術は見て覚えるが当たり前らしく千香華の説明になっていない説明でも、一度見せれば殆どの事が出来てしまう。

 千香華の趣味も相俟あいまって湯幻郷には和風の建物が乱立している。元々温泉街をモチーフにしている所が有るから別に構わないが、他の町に比べて異様な雰囲気を醸し出している。


 そうそう、醸すと言えば俺達にとって朗報があった。森人の扱う精霊魔術改め精霊理術(精霊は日々生まれ変わるという意味の解らない特性があり、精霊にはすぐに理力が宿った)には、四大元素に基く術が有った。

 つまり【火】【水】【風】【土】の四属性なのだが、その中の【土】の精霊理術に恐るべき効果を持った術があったのだ。

 その術の効果は“対象を腐らせる”というものだった。要するに腐敗させる術……この術の有用性に気付いた俺はすぐに研究を始めた。精霊理術は力のソースこそ理力に変わったが、その仕組みは理術とは全く別物で困難を極めた。

 簡単に言うと精霊に頼んで“その精霊が持つ力”を使って貰うのが精霊理術なのだが、精霊の持つ力というのは元々自然現象として存在するものを自由に扱う、といった結構アバウトな代物だった。例えば【火】の精霊ならば火そのものとして存在していて、この世界の法則などは基本無視。燃焼は物質の急激な酸化で発生する現象では無く(理術の場合は分子の急激な運動で起こる酸化現象が燃焼)、火の精霊が存在する為に起きる現象となっているらしい。

 はっきり言って滅茶苦茶だ……しかしその滅茶苦茶さのお陰で【土】精霊理術の“物を腐らせる”という効果は、腐敗菌の存在しないこの世界でも“物を腐らせる”事が出来るようだ。

 今までこの世界では物が腐るという現象が存在しなかった。それはこの世界に物を腐らせる腐敗菌が居なかったからなのだが、土精霊の存在がそれを変える。

 チーズ、納豆、味噌や醤油まで……それは全て“物が腐る”という自然現象の賜物なのだ。何が言いたいのかというと……発酵食品が生産可能になったという事だ。

 そしてその試みは成功した。発酵食品は湯幻郷の特産品となったのだった。


 それを一番喜んだのは岩人達だった。彼等は他の物語で登場するドワーフ達と同じく酒が大好きだった。しかしこの世界では一部の魔物の体液で酒に分類される物が存在するだけで、醸造なんて出来なかった。即ちお酒は存在したが高価過ぎる上に殆ど出回らなかったのだ。

 それを知った時の岩人族の落ち込みようは酷かった。奴隷扱いの時は勿論飲めなかったが、開放されてやっと酒が飲める! と思っていたようなのだが、『もしかしたら永久に飲めないかもしれない』という現実を突きつけられ自暴自棄になりかける者も居たようだった。

 そういう奴には「自分でその魔物を狩って来ると良い」と言ってやったのだが、流石にそれは無理だと嘆くばかりだった。「ではその酒が買える程金持ちになれば良いんじゃないのか?」と提案したら前よりも精力的に働き出したのには少し呆れた。

 まあ、ドワーフって奴はそんなもんだって事は知っていたから、岩人族の気持ちも解らなくは無い。

 今では自暴自棄になっていた岩人は、森人達と協力して色んな種類の酒を開発及び生産している。造られた酒は世界中に輸出され、湯幻郷の重要な収入源になっているのだが、その酒の消費のうち五割がこの湯幻郷で飲まれていると聞いた時は、業の深さを目の当たりにした気分になった。



 俺が一番期待していた冶金技術は、まず施設や道具を造る事から始めなければいけなかった。この世界の馬鹿みたいに硬くて融点が高い金属を溶かせるだけの火力を得る為に、火山の地熱を利用したり、理術や精霊理術を駆使して漸くその火力を得る事が出来る様になった。

 そして製鉄をする為の施設にも工夫がある。通常製鉄には空気を送る為にふいごが必要となる。要するに踏鞴たたら製鉄ってやつなのだが、クソ暑い中で踏鞴を踏むのは結構な重労働だ。岩人達はそれが普通と言っていたが、今現在金属を溶かす炉は森人の精霊理術が無ければ稼動しない。どうせその場に森人が居なければ出来ないのだから、風も精霊に頼った方が効率が良いだろう……という事で精霊式鞴が誕生した。ただ風の精霊が装置の中から風を送るだけなんだがな。


 そして造られた金属製品の一番目の作品は、ヤーマッカの包丁になった。一番最初の物は神に捧げる物にしたいと言われたのだが……俺には重大な弱点があり、それは極度の金属アレルギーだったのだ。元々地球に居た頃にも金属アレルギーを持っていた。腕時計等ですらも着ける事が出来なかったのだが、神になって変な風に極端化された。そもそも神の体は新陳代謝など無いからアレルギーなんて起こる訳がないのだが、金属を身につけると痒くなる……それも耐え切れないほどの痒さになるのだ。金属製の物を手放せば痒みが収まり、再び触れると痒くなり耐えられない。

 千香華に捧げるという手も考えたみたいだが、元々非力な千香華は金属製の武器など身に着けない。丁寧に辞退した結果、ならば神である俺達に有用な物として、食事を作るヤーマッカに包丁を造ろうという話になったようだった。元々ヤーマッカには前に破壊してしまった包丁の代わりを贈るって約束をしたし、丁度良いと思いそれを許可した。


 出来上がった包丁は、最早包丁の域を超えていた。切れ味もさることながら、刃こぼれも起さず岩すらも切り裂く頑丈さが異常だった。岩人曰く「伝説の鉱石アダマンタイトで造られた剣より頑丈で吃驚した」だそうだが……材質は単なる鋼の筈なんだがなぁ? ゴブリンの落とす武器と同じ材質のはずなのに何故だ? と疑問に思っていたのだが、岩人が武器を造っている所を見てすぐに納得した。たぶんゴブリンの武器は鋳物で、岩人の造る武器は鍛造なのだろう。金属は鍛える事により、金属分子の結び付きが強くなり硬く強度が増す。この世界の異常な分子の結び付きが、岩人の言うアダマンタイトを超える頑丈さを出したのだろう。


 なんにしてもヤーマッカは、その包丁を嬉しそうにしていたので良しとしよう。アドルフが「ワシにも! ワシにも何か造ってくれんか? ワシが持っているとなると良い宣伝効果が期待できるぞ!」と騒がしかったので、岩人に命じてハルバードを造ってやるように言った。

 アドルフの言った通り凄い宣伝効果をもたらし、湯幻郷の岩人武器は世界的に有名になった。


 色んな特産品が出来たが、一番の目玉はやはり温泉となった。各地から観光客が訪れ湯幻郷は賑わいを見せている。誰が言い出したか解らないが、ここの温泉は傷の治りが早くなるばかりか、寿命が延びるだの神の加護を得る事が出来るだの色んな噂が飛び交うようになった。そんな効能が本当にあるか解らないが、少なくとも温泉に入った位じゃ俺は加護なんか渡さないがな?

 他にも温泉卵が大人気だった。今まで食べた事が無い食感が堪らないと誰かが言っていたが、温泉卵ぐらい理術が使えれば作れると思うのだが……黙っていよう。勿論定番の温泉饅頭も温泉蒸しも人気が高く、温泉のみではなくその食べ物も大勢のリピーターを呼ぶ事になった。



 あと変わった事と言えば……俺達の社が出来たぐらいだな。俺達が普段寝泊りしているのは千香華が造った三重塔なのだが、その側に“いつの間にか”巨大な神社が出来ていた。いつの間にかっていうのは、俺が用事でモルデカイまで行っている間に造られたからだ。

 その神社の名前は”黒神神社”と名付けられ、そこの神主……というか管理者としてサイラスが得意気に出迎えてくれた時は何も言えなかった……この神社溶岩で埋没したりしないよな?

 まあ、神力を回復したり溜めたりするには、祀って貰うのが一番良いとセトも言っていたしな……折角の気持ちだからありがたく受け取っておこう。



 兎に角十年で色々あった。今までの無理が祟って亡くなってしまう者も居れば、新しくこの世界で生まれた命もある。その子供はやはりというか、当然のように理術を使える条件である【事象干渉(理)】を持って生まれてきた。

 それはこの二種族がこの世界に根付いた証拠でもある。これから湯幻郷はもっと発展する事だろう。




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