幕間 血を継ぎし者:前編
長くなりすぎたので前編です。
サライ視点
あたしは、何時ものように冒険者ギルドで仕事を探す。といっても最近は仕事を探す事よりも強い人を探す為にギルドに来ている。あたしは兎に角、強くなりたかった。護られるだけなんてまっぴら御免だ。
まだあたしが駆け出しだった頃、あたしは自分が強いと勘違いをしていた。ゲーレンの周囲の魔物はどいつもこいつも大した事が無く、女性の天敵と呼ばれるオークでも一人で狩る事が出来た。本当は駆け出しの間は、誰かについて行かないと町の外の仕事は請けられないのだけど、あたしは仕事と関係無しに外で狩をしていた。
英雄と肩を並べて戦ったといわれている爺ちゃんと、理学の第一人者でギルドで二番目に理術に長けた婆ちゃんの孫。二人の才能を色濃く受け継ぎ、期待されて育ったあたしはいつの間にか慢心して居たんだと思う。……その時までは。
あたしは何時ものように一人で狩りに出かけた。最近では町の近くに獲物が減っていた。だから必然的に森の奥まで足を運ぶ。だがその日は何時もと違った。
あたしは突然身動きが取れなくなり、その場で硬直してしまった。現れたのはオークロードだった。オークロードの持つ技能【凝視】は女性を強制的に行動不能にする力を持っている。あたしは恐怖で目を閉じる……もう駄目だ! そう思った。
しかしオークロードは何時まで経っても襲い掛かってこなかった。ゆっくり目を開けるとそこには、一人の辰獣人が立っていた。その辰獣人は、巨大な長柄武器でオークロードを一刀両断してしまった。そしてあたしの方に振り向き言った。
「やれやれ……後続がこんなレベルだと、ワシが引退出来るのは何時になるかのぅ」
悔しかった……それと同時にその強さに憧れた。その辰獣人はアドルフ爺ちゃんだった。小さい頃に遊んでもらった記憶がある。最近はギルドで見かけても休憩所でだらだらしているイメージしか無かったけどこんなに強いとは思っていなかった。
後で聞いたのだけど、あたしが外で狩りをしている時、何時も見守ってくれていたらしい。本人は「イグニットに頼まれたのじゃ」と言っていたけど……。
その時からあたしはアドルフ爺ちゃんに憧れ、武器も今まで使っていた小剣から、アドルフ爺ちゃんの使っている武器に似たグレイブを愛用するようになった。
アドルフ爺ちゃんには「その武器はお前に合っておらん」と言われたけど、あたしは武器を変えなかった。理由はお手本にする人と違う武器だと困るからだ。
それから数年経ってアドルフ爺ちゃんは、未都のギルドマスターに任命された。あたしはそれについて行くことに決めた。
まだまだアドルフ爺ちゃんに追いつかない……あたしは焦っていた。強そうな人が居たら手合せを願うか、喧嘩を売ってまで戦った。だけど誰もあたしに勝てなかった。全然足りない! あの時のアドルフじいちゃんはもっと強かった。
何時ものようにギルドで強そうな人を探していたら、何処かで見た事があるような人物に出会った。その人はとても強そうだった。勿論あたしは勝負を持ちかける。しかし全然相手にしてくれなかった。
話を聞くとイグニットさんと婆ちゃんの知り合いでお父さんも知っているらしい。名前はケイゴ。英雄ケイゴと同じ名前で同じ種族の狼獣人だと言う。それともう一人銀髪をした申人でチカゲという仲間を連れていた。モルデカイにはアドルフ爺ちゃんに用があって来たみたいだった。
何度か勝負をしてくれと頼むと、渋々ながらも条件を出してきた。「じゃあ千香華に勝ったら相手してやるぞ」ケイゴはそう言った。チカゲはあたしよりもだいぶ小さく貧弱そうだった。楽勝! って思っていた。
結果は惨敗……チカゲは凄く強かった。扱う理術の質も使い方も段違いだった。『敵を見かけで判断するな』婆ちゃんから聞いていた爺ちゃんの教えの一つだったのに……。
「ううぅ……ケイゴとはもう戦えないの? あたしは強くなりたいのに……」
強くなりたい。その為に強い人と戦いたい。……違うそうじゃない。何故か解らないけどこの人に認められたいと思った。だけどその機会はあたしが弱い事で閉ざされた……涙が出てくる。
だけどケイゴはあたしが強くなりたい理由を聞いて、勝負は出来ないが戦い方を、強くなる方法を教えてくれると言った。チカゲも理術の使い方を教えてくれると言ってくれた。あたしは二人に弟子入りする事に決めた。
◇
ケイゴもチカゲも酷い! 戦い方を教えてくれると言ったのに、その日のうちに仕事を決めて出かけてしまった。そして何の仕事か良く解らないが一日で帰って来た。幾らなんでも仕事が速すぎる……あたしも付いていこうと思ったのに!
翌日、まだ光珠も輝かない時間からケイゴの部屋に押しかける。また逃げられたら嫌だし、修行は朝早くするのが効率的だって誰かが言ってた!
「ケイゴー。起きてるんだろー! 修行してくれる約束だろー!」
反応が無い……起きるまで繰り返そう!
「サライ様。おやめください。ケイゴ様はまだお休みにございます」
この爺さんはヤーマッカって名前のケイゴとチカゲが雇った執事だそうだ。あたしを止めてくるがこんな事で止まるあたしではない! だって約束したんだから。
あたしは再びノックを繰り返し、ケイゴに声を掛けた。ガチャリと音がして開いたのはケイゴの部屋の扉ではなく……隣の部屋だった。
「あ゛あ゛ぁ゛! うっせぇな! ブチ殺がすぞ! クソどもがぁ!」
負のオーラを纏い現れたのはチカゲ……だよな? 普段の飄々とした態度は鳴りを潜め、まるで幽鬼がそこに居るようなそんな肌寒さを感じた。
「……座れ」
逆らっては駄目だ。あたしの本能がそう告げる。何故か隣にヤーマッカ爺さんも座ろうとしていた。
「正座だ……」
胡坐を掻こうとしていたあたしは慌てて正座に切り替える。勿論隣でヤーマッカ爺さんも同じように正座だった。あたしとヤーマッカ爺さんの頭に拳が落とされる。大した威力では無さそうに見えたがやたら痛い……。
「……次、騒いだら……刎ねるから……」
背筋に冷たいものが走った。本気だ……次は無い。しかし、何時までこうしておけば良いのか解らない。あたしは口を開こうとしたが……。
「あ”?」
チカゲの一言で口を開く事は出来なかった。怖い……怖いよう。
チカゲは部屋から出てきた時と同じく、体を引き摺るように部屋に帰っていった。
明るくなって漸くケイゴさんが修行を見てくれる事になった。ケイゴさんの指導は的確で解り易かった。容赦が無くて辛かったけど……。そしてあたしに合ったグレイブの使い方の演舞まで見せてくれた。振り回すだけじゃ無くこういう使い方もあるのかと目から鱗が落ちる思いだった。
チカゲさんの指導は厳しかった。徹底的に風と雷に絞り理術を教え込まれた。あたしとしては派手な火や水が好きだったのだけど……風と雷はマーロウ爺ちゃんの得意とした理術だと教えられ、我慢して使ってみたんだけど……思った以上に体に馴染む事が解った。ケイゴさんが実演してくれた物には程遠いけど何時かあのくらい綺麗に動けるようになりたいと思った。本当は師匠とお呼びしたいんだけどケイゴさんはとても嫌がった。だからケイゴさんと呼んでいる。心の中ではケイゴ師匠とチカゲ師匠でも良いかなぁ?
数日稽古をつけてもらって手応えを感じる。あたしは強く慣れる! そう思ったのもつかの間だった。数日ケイゴ師匠もチカゲ師匠も用事で出かけると言うのだ。勿論あたしも付いていく気でいたんだけど……。
「却下だ!」
あっさり却下された……なんでだよ! あたしは食い下がった。だけどついて来る事が出来ないと言われる。確かに二人からしたら足手纏いかもしれないけどさ……。へこむあたしを見てヤーマッカ爺さんが提案をしてきた。
「ではこういうのはどうですか? 今回は諦めて私と訓練を致しましょう。最低限、私に追いつく事が出来なければ、ケイゴ様とチカゲ様について行くこと等出来ないと思います」
結果……惨敗。最近あたし負けてばっかりだなぁ……。少しは修行で強くなったと思ったのになぁ。
ケイゴ師匠とチカゲ師匠は旅立って行った。あたしは居残りでヤーマッカ爺さんと修行だ。早く追いついて見せなきゃ見限られるかもしれない! 頑張ろう!
本日中に書き上がり次第、もう一話上げます。




