6話 新しい先生
街は巨大なすり鉢状の地形の中にあり、そこをほとんど埋め尽くす形で存在していた。地形の中央の底部には、縁に立つと向こう側がぼんやりとしてしまうくらい大きいたて穴の入り口が開いていた。
この頃、わたしはすべてに飽きていた。屋敷は広く、庭もある。それでも何年も閉じ込められていたら飽き飽きしてしまう。外へ出たいと言っても、ギイゼラやロドルフは許してくれない。隠れて出る勇気はなかった。もしこっそりと外へでたら、嫌われそうで怖かった。
そんなわたしに転機が訪れたのは、わたしが九歳のころ、冬の日だった。その日、空はどんよりと曇り、雪が降っていた。
わたしは二階の一室で椅子に座り、足をぶらつかせていた。ギイゼラはもう口うるさく言わなくなった。ただ静かに、わたしの傍にいる。わたしは自分から本を棚から取り出し、読み、ギイゼラに質問しなければならなくなった。でも今は勉強に気が乗らないから、少しだけこんな風にして時間をつぶしている。
わたしはふと、窓の外に見慣れないものを見た。外は雪が降りしきっている。屋敷を囲む塀の向こうは真っ白だった。こんな日は珍しい。その景色の中に、黒い影が動いている。
(誰だろう?)
わたしはじっと、その人影を見た。人影は門の横にある小さいドアから、敷地に入ってきた。
「あれは誰?」
わたしは眼の見えないギイゼラに聞いた。でもギイゼラは何でもないように答えた。
「あれは姫さまの魔法の家庭教師でございます」
わたしは寝耳に水だった。
「えっ!? わたしに家庭教師が付くの?」
「はい」
わたしはてっきり、もう少し大きくなればギイゼラが魔法を教えてくれるものだと思っていた。ギイゼラは魔法が使えるようだったから。
人影は雪に足跡をつけながらこちらへ向かっていた。
わたしは椅子を飛び降りて部屋を飛び出し、廊下を走って階段を降りた。一階の廊下をぱたぱたと走って玄関ロビーへ着くと、数名の召使いやメイドが出迎えのために集まっていた。
「あっ、姫さま!」
「上から見てたの。お客さんが来るんだって?」
わたしは興奮しちゃって、一階に降りてきたけど、よく考えたら教会関係者意外と会うことはほとんどない。ギルドの人の何人かとあったことはあるけれど、彼らだって教会の関係者と言えば関係者だ。だから、もしかしなくても、家庭教師の先生は、わたしが初めて出会うこの屋敷の外の人かもしれない。
気づけばギイゼラが隣にいた。
その時、扉が荒々しくノックされた。召使が扉を開けて、客人を招きいれる。わたしはさっとギイゼラの後ろに隠れた。緊張していたのだ。客人は雪を落としながらロビーに入ってくる。深いフードのついたマントを着ていて、顔が隠れていた。だがすぐにわたしの方を向いた。
ギイゼラが客人に言った。
「お待ちしておりました」
「門が空いていれば親切だったわね。横のくぐり戸を見つけるのに苦労したわ。だって、雪で埋もれてるんだもん」
それは女の声だった。わたしはぎゅっとギイゼラのドレスをつかむ。
女はフードを上げた。金髪のくせ毛の、若い女の人だった。歳はかなり若く見える。十六、十七くらいだろうか。先生というには若すぎる気がする。――わたしは姫さまって呼ばれてるし、先生だって天才が来るのかもしれない……。
「ふうん」
先生はわたしをみながら小さく鼻を鳴らした。ギイゼラが先生に言った。
「では、まずはお部屋へ案内しましょう」
召使が先生に歩み寄って、案内を申し出た。先生はそれに従って玄関ロビーを去った。その間際、わたしのことをもう一度見た。先生の目つきは、正直言って冷たく、険しいものだった。……かなり厳しい人なのかもしれない……。先生は美人だから、睨まれると、怖い。
あわわ、となりながら、わたしは必死にギイゼラのドレスをつかみ続けた。
★
やかたの一室で、わたしは椅子に座って先生の授業を受けていた。
「いい? 魔法は魔力によって発動する。魔力は人の体内にあって、その保有量は生まれついての才能に大きく左右される」
先生の名前はアリスと言った。やわらかいくせ毛が特徴的な女性だ。外見は本当に少女にしか見えないが、実際は百年は生きているらしい。わたしも魔法をこうして魔法を勉強すれば、百年も生きられるのかな?
「聞いてる!?」
「はっ、はい!?」
アリスは大きくため息を吐いた。
アリスは教えるのが苦手なのかもしれない。教えるスピードが速いし、めちゃくちゃ厳しい。
「……わたし、さっきなんて言ってた?」
「ええと、魔力量は生まれつきのところが大きいって」
「そのあとは?」
「ええと……」
(えっ? なんか言ってたっけ? 考えごとをしていて覚えてないや)
「上の空にならいで!」
「す、すみません」
もう一度、アリスはため息を吐いた。
「わたしは弟子には厳しく接するわよ」
「えっ、弟子? わたしが?」
アリスの眉間にしわがより、耳の近くの血管が浮きあがった。これはかなり怒っている! アリスはすごい美人で、ひょうひょうとしているのが様になる。でも、実はかなり怒りっぽいのかもしれない。
「――あ、あのお?」
わたしが遠慮がちに聞いた。
「あのね、本当に何も聞いてないの?」
「は、はい……」
「はあ……」アリスは諦めたようなため息をついて、肩を大きく落とす。「えっとね、あなたはわたしの弟子になるの。てっきり、ギイゼラが説明してると思ったわ。……わたしは本当は誰も弟子を取らないの。でも、今回かなり無理を言われてここに来たのよ。もう本当にいろいろあったんだから。正直かなり不本意なこともされたの。だからさっき、あなたが、わたしは弟子なんですか?って言った時はちょっと怒っちゃった。あやまわるわ」
「い、いえいえ! 先生、いやお師匠様! どうかあやまらないでください」
「……魔法の訓練によって、ある程度体内の魔力を増やすことができるのよ」
「え?」
「授業の続き。あなたが聞き逃していたところの復習」
「は、はい!」
「そして訓練によって、魔法の発動をより洗練し、効率を高めることで、より多くの魔法をより高度に扱うことができるようになる」
「なるほど」
(ということは、わたしに魔法の才能、つまり魔力がなかったとしても、訓練次第でどうにでもなるって言うことかな?)
わたしは先生にそう聞いてみた。先生は首を振った。
「魔法を志そうとする者にとって一番の問題は、生まれつきの魔力の多い少ないよりも、そもそも魔力を持っているかどうかね。もしあなたに魔力が一切なかったら、いくら訓練しても魔法は使えないわ…………あなたに限ってそんなことはないけどね」
最後の言葉は聞こえなかった。でも、怒られるのが怖いから、もう一度言ってくださいとはいえなかった。
「でも訓練により魔力の増大には限度がある。種族による差もね。人間がいくら訓練しても、エルフの持つ魔力量には到底とどかないのよ」
「えっ!?」
「なに?」
「エルフ? エルフいるんですか?」
「はい?」
先生は何を言われているのかわからない、という顔をした。
エルフと言えばファンタジーの典型である。耳が長く、スタイルがよくて、美人で、とにかく完璧の存在だ。何を隠そう、わたしも前世ではエルフになりたかった。エルフになって、永遠の美と時間を手に入れてみたかった。ということは、この世界のエルフは不老不死なのだろうか?
わたしは先生に矢継ぎ早に質問した。わたしがあまりに多くエルフについて質問するから、授業はどんどん横道にそれていった。
アリスはもう一度大きく肩を落として、疲れ切った顔をした。クールな感じの美少女がこんな表情をするのはすごく面白かった。わたしは少し楽しくなった。
「――あなた今までどんな教育を受けてきたの?」
アリス先生はいろいろ不安そうな顔でわたしを見た。




