第一章:港のほとりで結ばれた兄弟の誓い
「このような危険に満ちた世界では、生まれ持った資質こそが何よりも重要なのだ!」
オズウィン・バーリーフォードは、手にしていた本をテーブルに勢いよく置いた。薄い埃が舞い上がり、黄色い灯火の中を漂ったかと思うと、やがて部屋の空気に溶け込むように消えていった。
シラスは、黄ばんだページを覗き込んだ。本はひどく古く、紙の角は今にも崩れそうだった。背表紙は、すっかり擦り切れた糸でかろうじて綴じ直されている。オズウィンが次のページをめくると、かすかな黴の匂いが漂い、シラスは思わず鼻に皺を寄せた。
「ドラゴン、妖精、巨人……大人一人を、たった一振りの腕で押し潰せるような生き物たちだ」
節くれだった指が、挿絵を一つずつ指し示していく。
巨大な翼を広げたドラゴンが、ページのほとんどを占めていた。その隣には、小さな生き物が描かれている。尖った耳を持ち、手にはどう見てもフォークにしか見えない武器を握っていた。
シラスはしばらくその絵を見つめた。
「妖精って、もっと恐ろしい姿をしていると思っていました」
「実際に一匹に出会ってから言うんだな」
オズウィンは口の端を吊り上げ、次のページをめくった。
彼は港の近くにある酒場の主人だった。中年を過ぎた男で、無精髭を生やし、鼻は赤く、重労働に慣れた大きな手をしている。
彼の酒場はいつも客で賑わっていた。船乗り、商人、荷役人夫、そして時には旅の途中の魔術師まで、さまざまな人々がそこに席を見つけていた。
しかし、客の相手をしていないとき、オズウィンはよくシラスに外の世界の話を聞かせていた。
アウレリアン・ポートで育った子供にとって、そうした話は学校の教科書よりもずっと魅力的だった。
「生まれ持った資質は、誕生したときから決まっているんだ」と、オズウィンは言った。「それは一人ひとりの血の奥深くに宿っている。生まれながらに炎を操れる者もいれば、魂の残響を聞き取れる者もいる。反対に、火打ち石で蝋燭に火をつけることくらいしかできない者もいる」
彼はそこで言葉を切り、ため息をついた。
「そういうものさ。誰もが天から贈り物を授かるわけじゃない」
シラスは顔を上げた。
「では、生まれ持った資質がない人はどうなるんですか?」
「自分の人生を生きていくのさ」
オズウィンは本を閉じた。
「鍛冶屋にも、大工にも、商人にもなれる。あるいは、私のようにみすぼらしい酒場を開くことだってできる」
「ここの酒場は、みすぼらしくなんてありませんよ」
「それは、お前が酔っ払った船乗り三十人分の食器を、一晩で洗ったことがないからだ」
シラスは思わず吹き出した。
オズウィンも一緒に笑ったが、その笑いは長くは続かなかった。彼は目の前の少年を見つめ、ふと優しい眼差しになった。
「だが、お前は違うぞ、シラス。お前の血には、二つの異なる血統が流れている。半分は東方から、もう半分は西方の海の世界から受け継いだものだ。もしかすると、お前は私たちが想像したこともないようなことを成し遂げるかもしれない」
彼は手を伸ばし、シラスの頭を軽く撫でた。
「自分に与えられた機会を、無駄にするんじゃないぞ」
なぜオズウィンがそれほど真剣な口調でそんなことを言ったのか、シラスには分からなかった。
その頃の彼は、ただ本に描かれた生き物や、遠い土地に興味を持つ子供にすぎなかったのだ。
それでも、オズウィンの慈しむような眼差しだけは、今も心に残っていた。
何年も後、世界が童話のような場所ではないと理解できる年齢になってからも、シラスはあの午後のことをたびたび思い出すのだった。
ノーマン帝国。
魔術師たち、石造りの城塞、そして西方の空へとそびえ立つ塔の帝国。
ある者たちにとって、ノーマンは国境の向こうに潜む脅威から人類を守る最後の砦だった。一方、別の者たちにとっては、権力と魔術が幾百万もの人々の運命を左右する場所だった。
シラス・バイは、海沿いの州として知られるアウレリアン・コーストで生まれた。
この地は、活気あふれる港と、東方と西方を結ぶ海上交易路で名高かった。
父は、東方の玄泰帝国からやって来た商人だった。
彼は茶を売るための航海で、ほんの短期間だけノーマンに滞在するつもりだった。しかし、現地の一人の女性と出会い、予定よりもずっと長くこの地に留まることを決めた。
その女性こそ、シラスの母だった。
母は生まれつきの金色の巻き毛と白い肌を持ち、晴れた日の海を思わせる穏やかな青い瞳をしていた。彼女は水属性の魔術師でもあり、ホワイトクリフ港にある小さな海運会社で働いていた。
幼い頃、シラスはよく母について職場へ行ったものだった。
母が糸のように細い水流を操り、壊れた弁を修理する姿を見たこともある。あるいは、彼を笑わせるためだけに、頭上に水の球を浮かべてみせることもあった。
父は母とは違っていた。
茶の値段や海上交易路、そしてたった一枚の硬貨をめぐって何時間でも言い争う商人たちについて、いつまでも話し続けることができた。
父はまた、自分の父親についても語ってくれた。
東方の玄泰に暮らし、村人たちを悩ませる異形の生き物を退けていた道士のことを。
シラスは、祖父に一度も会ったことがなかった。
ただ、大海原の向こうに、自分と同じ血を引く見知らぬ男が暮らしていることだけは知っていた。その男が生きる世界では、魔術はおそらく、まったく異なる名で呼ばれているのだろう。
二つの文化。
二つの魔術の伝統。
一見すると、交わることのない二つの世界。
そのすべてが、シラス・バイの血の中に息づいていた。
しかし、そのことがどれほど重要なのかと誰かに尋ねられたとしても、シラスは肩をすくめるだけだっただろう。
彼は、これから数年のうちに自分が何をするのかさえ分かっていなかった。ましてや、世界を変えることなど想像もできなかった。
今の彼は、セント・オーレリアス中等学校を卒業したばかりの少年にすぎない。
そして、それだけでも十分に大きな出来事だった。
「アウレリアン・コーストと帝都ヴァルドレンを結ぶ蒸気機関車は、二週間後に出発する」
校長は大きな木製の机の後ろに立ち、両手を分厚い書類の束に置いていた。午後の日差しが窓から差し込み、校長室の石床に長い光の筋を落としている。
彼の前には、最後の資質評価試験を経て選ばれた五十人の生徒たちが並んでいた。
その中に、シラスもいた。
「君たちは最初の関門を突破した。しかし、推薦されたからといって、王立大学への入学が決まったわけではない。私たちは君たちの名前をヴァルドレンへ送ることはできる。だが、君たちの未来を決めるのは、ほかでもない君たち自身だ」
誰も口を開かなかった。
王立大学は、ノーマン帝国でも屈指の名門魔術教育機関だった。
そこで学位を取得すれば、宮廷や軍隊、魔術学院、さらには帝国を代表する研究機関へ進む道が開かれる。
平凡な家庭に生まれた者にとって、その機会は金で買えるものではなかった。
「教師として、私にできることはすべてやった」と校長は続けた。「残されたことは一つ。君たちがその資格を持つ人間だと、自ら証明することだ」
シラスは、自分の前に置かれた書類を見つめた。
黒いインクで書かれた自分の名前。そのすぐ下には、セント・オーレリアスの封印が押されている。
自分がどこまで進めるのか、彼には分からなかった。
それでも、最初の扉は開かれたのだ。
校長室を出たシラスは、卒業証書を小脇に抱え、見慣れた石段を下りていった。
校庭には、まだ何人かの生徒たちが集まって話をしていた。ヴァルドレンへの旅について語る者もいれば、これから学ぶつもりの魔術を自慢し始めている者もいた。
シラスは、その輪に加わらなかった。
彼には、その前に立ち寄るべき場所があった。
アウレリアン・コースト、グランド・キーズ地区、アンカー・レーン七番地。
そこにあるのは、港町の密集した家々に挟まれた、二階建ての木造家屋だった。
間口は狭く、窓は古びていた。海風が強く吹くたび、屋根からはきしむ音が聞こえてくる。
玄関の扉には、赤い紙が一枚貼られていた。
そこには「福」の文字が書かれている。
父が玄泰から持ち帰ったものだった。
家族に幸運をもたらす願いが込められているのだと、父は話していた。
シラスは扉を開けて中に入り、卒業証書をテーブルの上に置いた。
家の中は静まり返っていた。
遠くから聞こえてくる波の音さえ、はっきりと耳に届くほどだった。
彼は棚に置かれた木箱から三本の線香を取り出し、火をつける。それから、両親の遺影の前にある香炉へと供えた。
「卒業したよ」
誰もいない部屋に、彼の声が響いた。
シラスはしばらくその場に立ち尽くし、それから静かに頭を下げた。
亡くなった人々に話しかける習慣があったわけではない。
しかし、両親を亡くして以来、毎日線香を供えることは彼の生活の一部になっていた。朝食をとることや、外出前に玄関の鍵をかけることと同じように。
普段着に着替えたシラスは、財布の中身を確かめ、上着を羽織って家を出た。
鍵をかけたばかりの彼の背後から、聞き慣れた声が飛んできた。
「おい! どこへ行くんだ?」
シラスは振り返った。
道の向こうに、カラム・マーロウが立っていた。
両手を上着のポケットに突っ込み、少し乱れた金髪を海風に揺らしている。その顔は期待に満ちあふれていた。シラスは、尋ねるまでもなく友人が何を考えているのか分かった。
「『沈没した羅針盤』へ行くんだ」
カラムはその場で固まった。
「……何だって?」
「『ザ・ドロウンド・コンパス』だよ」
「金は足りるのか?」
シラスは瞬きをした。
「足りるよ」
「本当か?」
「うん」
「あそこは高いんだぞ! それに、今の時間は死ぬほど混んでいるはずだ。席はあるのか? 別の店を探したほうがよくないか? それで、何を食べるつもりなんだ? 魚介料理を頼むなら……」
「カラム」
「何だ?」
「息をしろ」
カラムはぴたりと黙った。
そして、二秒ほど経ってから、大きく息を吸い込んだ。
「よし。行こう!」
シラスは首を振り、笑みを隠そうとした。
カラムは幼い頃からの親友だった。
彼の父親は航海用器具の製作を生業としており、シラスの父親とも親しい間柄だった。二つの家族は頻繁に行き来していたため、二人の少年が一緒に育ったのも自然なことだった。
カラムは神秘術を学んでいた。
神秘術とは、正確さと魔力の精密な制御が求められる分野である。彼は頭が切れ、知識欲が旺盛で、興味を引かれたことなら何時間でも話し続けることができた。
時折、シラスは疑問に思うことがあった。
カラムは、いったいいつ疲れるのだろうか。
その答えは、たいていの場合「疲れない」だった。
『沈没した羅針盤』は、商人波止場に位置していた。主要な埠頭から歩いて数分ほどの場所だ。
二人が到着したとき、店内はすでに客で埋め尽くされていた。
窓からは黄色い灯りが漏れ、話し声や笑い声、ブリキの杯がぶつかり合う音が混ざり合っている。
外では、海風がマストの間を吹き抜け、潮の匂いと濡れた木材の香りを運んできた。
店の扉の上には、オーク材で作られた看板が掲げられていた。
そこには、波に沈みゆく羅針盤が刻まれている。
『沈没した羅針盤』は、アウレリアン・ポートで最も高級な店というわけではなかった。しかし、この沿岸地域を訪れたことのある者なら、ほとんど誰もがその名を耳にしたことがあった。
店が開かれたのは、今からおよそ百二十年前のことだ。
引退したある船長が、この店を始めたのだという。
伝えられるところによれば、彼は乗組員全員が行方不明になった航海から、ただ一人、生還した。彼が持ち帰ったものは、自分の命のほかには、もはや正しい方角を指さなくなった一つの羅針盤だけだった。
船長はそれを店の入口に掲げた。
それ以来、『沈没した羅針盤』は船乗りや商人、そして他人には話せない事情を抱えた者たちが集う場所となった。
「オズウィンさん!」
シラスが店内に足を踏み入れると、すぐにカウンターの向こうに立つ店主が目に入った。
オズウィン・バーリーフォードは顔を上げた。シラスに気づくと、口髭まで動くほど大きな笑みを浮かべた。
「ようやく来たな! もうここを忘れてしまったのかと思ったぞ」
「卒業したばかりなんですよ、オズウィンさん」
「知っているとも。それに、卒業したばかりの若者が、うまいものを腹いっぱい食べたがることもな」
オズウィンは顎をしゃくり、バルコニーのほうを示した。
「いつもの席は空けてあるぞ」
シラスは礼を言い、カラムを連れて人混みを抜けていった。
バルコニーのテーブルは、海に向かって設けられていた。
そこからは、湾内に停泊する船々も、波止場に並ぶ灯りも、夕暮れの中で働く船乗りたちの姿も見渡せた。
カラムは椅子に腰を下ろすと、驚いたように周囲を見回した。
天井は高く、梁は煙で黒ずんでいる。横木からは真鍮製のランプが吊り下げられ、壁には航海図や商船の旗、行方不明になった船の名を記した銘板が所狭しと並んでいた。
「ここ、本当にすごいな」
「来たことがなかったのか?」
「通りかかったことならある。でも、こうしてちゃんと座ったことは一度もないんだ」
ほどなくして、料理が運ばれてきた。
熱々の煮込み肉が二人分。焼きたてのパン。フライパンで焼いた魚。そして、大人の客向けの黒ビールが二杯。
シラスはさらに、飲み切れなければ持ち帰るつもりで、葡萄酒を一本注文していた。
カラムはテーブルの上の料理を見つめ、それからシラスに視線を戻した。
「なあ、これだけで三マークくらいするんじゃないか?」
「そうだよ」
「三マークだぞ!」
「さっき聞いたよ」
「お前、気前がよすぎるだろ!」
シラスは肩をすくめ、パンを一切れちぎった。
「今日は卒業祝いだからね」
カラムは数秒間、彼を見つめていたが、やがて笑い出した。
「分かった。そこまで言うなら、遠慮なくいただくとするよ」
彼はすぐさま、自分のほうへ料理の皿を引き寄せた。
シラスはその様子を見ながら、これほど長い付き合いなのに、なぜ自分は今でもカラムの行動に驚いてしまうのだろうと考えた。
二人は食事をしながら、最後の試験や、ヴァルドレンで待ち受けるものについて語り合った。
カラムは王立大学に関する質問を少なくとも十七個は持っていたが、そのほとんどについて、二人とも答えを知らなかった。
やがて、煮込み肉を頬張っていたカラムが、ふと思い出したように顔を上げた。
「なあ、シラス。ここでは船長たちがよく情報交換をしているって知っていたか? 商人たちもだ。ここで商売相手を探すことだってあるんだぞ」
シラスは彼を見た。
「カラムのお父さんは、うちの父さんとここで出会ったって話していなかった?」
カラムは口を動かすのを止めた。
「待て。何だって?」
「父さんの話では、二人はここで出会ったんだ。海運に興味があったから話をするようになって、そのあと葡萄酒を飲んで、義兄弟の契りを結んだらしいよ」
カラムはフォークを置いた。
「もっと詳しく聞かせてくれ!」
「知っているのはそれだけだよ」
「いや、絶対にほかにもあるはずだ!」
「カラム、二人の年寄りの昔話だよ」
「僕たちの家族の歴史だろ!」
シラスはため息をついた。
カラムは両手をテーブルにつき、まるで帝国の運命を変える秘密でも発見したかのように、目を輝かせた。
「東方の物語に、義兄弟の契りを結ぶ話があるのを知っているか? 僕は以前、それについて書かれた本を読んだことがある。血のつながりはなくても、三人の男が兄弟となり、苦難を共にするんだ……」
「それで、何が言いたいの?」
カラムはにやりと笑った。
「僕たちも義兄弟の契りを結ぼう!」
シラスは彼を見つめた。
一秒。
二秒。
そして、遠くの海へと顔を向けた。今の言葉を海風がどこか遠くへ吹き飛ばしてくれることを願いながら。
「芝居がかっているよ、カラム」
「そんなことない!」
「あるよ」
「お前は、この話の本当の意味を理解していないんだ!」
「分かっているよ。ただ、安っぽい芝居の登場人物になりたくないだけさ」
カラムは胸を押さえ、ひどく傷ついたような顔をした。
シラスは笑いをこらえようとしたが、結局失敗した。
最後には両手を上げて降参した。
「分かったよ。結べばいいんだろ、義兄弟の契りを」
カラムはすぐさま背筋を伸ばした。
テーブルの上にあった葡萄酒の瓶を手に取り、二つの杯になみなみと注ぐ。
「それじゃあ!」
カラムは杯を高く掲げた。
「僕、カラム・マーロウとシラス・バイは、この時代を生きる二人の魔術師として、血のつながりこそなくとも、幾多の困難を共に乗り越え、互いに助け合い、決して相手を見捨てないことを誓う!」
そう言い終えると、カラムは杯を傾け、葡萄酒を一気に飲み干した。
シラスが反応する間もなく、親友は勝ち誇った顔で空の杯をテーブルに置いた。
「どうだ? こんなの簡単……」
カラムは瞬きをした。
もう一度、瞬きをした。
「……あれ?」
彼の身体が横に傾き、そのままテーブルに突っ伏した。
シラスは呆然とした。
「カラム?」
返事はない。
「カラム!」
代わりに聞こえてきたのは、いびきだった。
シラスは空の杯を見て、葡萄酒の瓶を見て、それから隣で気持ちよさそうに眠る友人を見つめた。
「冗談だろ……?」
隣のテーブルでは、船乗りの一人がビールを吹き出しそうになるほど笑っていた。
オズウィンがやって来て、カラムを見下ろすと、首を横に振った。
「この子は父親そっくりだな。父親も若い頃、葡萄酒を一本飲み干せると意地を張ったことがあってな」
「それで、どうなったんですか?」
「十二時間も眠り続けたよ」
シラスは目を閉じた。
なんてことだ。
たった今、義兄弟を得たばかりだというのに、同時に意識を失ったそいつを家まで運ぶ責任まで背負うことになってしまった。
会計を済ませたシラスは、腰をかがめてカラムを背負い上げた。
オズウィンに挨拶し、明日また来ると約束してから、笑い声が響く店を後にした。
夜の帳が、商人波止場に降りていた。
埠頭沿いに吊るされたランタンが、石畳の道に淡い黄金色の光を落としている。
遠くでは、霧の薄幕を通して汽笛が響いた。商人たちは店じまいを始めていたが、船乗りたちはまだ酒場に集まり続けていた。
しばらく歩いたところで、シラスの背中にいる人物がもぞもぞと動いた。
「……シラス」
「今度は何?」
酒に酔ったカラムの声は眠たげで、途切れ途切れだった。
「僕……嘘は言ってないからな」
「何が?」
「お前は、僕の一番の親友だ」
シラスは黙っていた。
「帝都に行ったら……誰にもお前をいじめさせないからな」
「自分の身も守れないくせに」
「守れるさ……」
「葡萄酒を一杯飲んだだけで倒れたのに?」
「それは……ノーマンの酒が強すぎたんだ……」
「黙って寝てろ、カラム」
カラムはくすくすと笑い、それからシラスの肩に頭を預けた。
「僕たち……最高の魔術師になるんだよな?」
シラスはすぐには答えなかった。
彼は港のほうを見つめた。
夜空の下、無数の船が静かに停泊していた。その向こう、建物の列と低い丘のさらに先には、ヴァルドレンへと続く鉄道路線が延びている。
あと二週間もすれば、彼はこの場所を離れることになる。
アンカー・レーンの家も、アウレリアン・ポートの見慣れた通りも、オズウィンの語る物語も、幼い頃から知っていた暮らしも、すべて後にするのだ。
帝都で何が待っているのか、シラスには分からなかった。
輝かしい未来かもしれない。
想像もしたことのない試練かもしれない。
あるいは、オズウィンがかつて語ったように、外の世界はどんな本に描かれたものよりも危険なのかもしれない。
それでも、少なくとも一人きりで旅立つわけではなかった。
「そうだね」
シラスは静かに答えた。
「頑張ろう」
彼の背中では、カラムが再び眠りに落ちていた。
シラスはため息をつき、友人がずり落ちないように背負い直した。
海風が通りを吹き抜け、潮の香りと、遠くの埠頭に打ち寄せる波の音を運んでくる。
その夜、アウレリアン・コーストの片隅で、二人の少年は生涯続く友情を互いに誓った。
彼らはまだ知らなかった。
ヴァルドレンへと続く道が、ただ列車に乗るだけの簡単な旅ではないことを。
そして、彼らがこれから足を踏み入れる世界では、誓いを守ることが決して容易ではないということを。
第一章・終




