校舎の裏
『放課後すぐ、校舎の裏に来い』
教室に戻ったら、机の中にこんなことを書いた手紙があった。おまけに読んだら、文字が消えた。わざわざ、証拠隠滅の魔法がかけられていたらしい。
異世界でも呼び出しの定番は校舎の裏なのか……。と感心はするけど、パスしよう。
授業が終わると、俺は急いで寮に向かった。いや、向かおうとした。それがいつの間にか、足が校舎に向かってしまう。背中を向けて歩き出しても、ムーンウォークのように後ろに向かって進んでしまう。前世ではどんなに練習してもあんなに滑らかに移動することはできなかったのに。
「証拠隠滅の魔法だけじゃなかったのか」
俺はため息をついた。まさか、読んだだけでその場所に行かないといけなくなるとは。
嫌々、校舎の裏に行った。高い塀と建物に挟まれて薄暗いせいか、通る人もいないようだ。
「遅い」
腕組みをしたマクシミリアン、その前に下っ端っぽい取り巻きの男子が二人、行く手をふさぐように立っていた。一人は体格がいいが、護衛というより、用心棒といった感じだ。
「俺に何の用だ」
「忠告をしておこうと思って」
マクシミリアンの微笑みがうさんくさい。
「なあ、あの呼び出しの紙、魔法をかけたのはマクシミリアン、お前か? すごい才能じゃないか」
辺境では魔法といえば、攻撃魔法が中心でこんな繊細に人の行動を操るような魔法は初めてだった。
「本当、すごいよ。この魔法なら、魔獣を罠に誘導したり、辺境領でも役に立ちそうだ」
素直に褒めたのにマクシミリアンの笑みにヒビが入る。取り巻きの一人がマクシミリアンの顔色をうかがいながら言った。
「失礼です。マクシミリアン様の魔法の才能は辺境の田舎にはもったいない」
「マクシミリアン様のお気持ちがわからないのか。お前が恥をかかないようにここに呼び出してやったんだ」
取り巻きがごちゃごちゃ言う。
「そう、恥をかかないように忠告したいんだ。今日の魔力テストでわかっただろう。詠唱がどれだけ恥ずかしいか。聞いているこちらまで恥ずかしくなるんだ。だから、学校を辞めたらどうだ」
こっちだって辞められるなら辞めたい。ただ、辞めたら、また、ひよこ隊だ。また、あの訓練に一から戻るのはごめんだ。
「辞めたくても辞められないんだよ」
「じゃあ、辞めさせてあげよう。怪我の治療のため、辺境に戻るっていうのはどうだい。嫌なら、……」
「ちょっ、待て」
マクシミリアンの実力はわかっている。おまけに無詠唱だといつ攻撃が来るかわからない。いや、喋らなくても呼吸でわかるかも。
「じゃあ、学校を辞めるか?」
マクシミリアンが最終通告のように言った時。
「どういう意味? 私には脅すように聞こえたけど」
そこに現れたのはシェリルだった。
つくづく、優等生キャラだなあ。魔法ができないクラスの最下位キャラが校舎の裏に連れ込まれたところになぜか登場して、救ってくれる。それにしても。
「どうしてここに?」
「教室から外を見ていたら、変な踊りを踊っているから、追いかけてきたけど、来てよかった。あなたたち、同級生を脅すなんて恥ずかしくないの」
「脅してなんかいません」
取り巻きの一人が慌てて言う。ああ、何だか面倒くさくなってきた。脅されても俺が学校を辞めなければいいだけだし。俺が馬鹿にされて終わりでいいんじゃないか?
「そうそう。俺が呪文を唱えないと魔法が使えないというのを気の毒に思ってくれただけなんだ。俺は平気なんだけどな。どんなに長ったらしい呪文でも結果が出ればいいし」
「本当に?」
シェリルが俺を疑うように見る。
「本当、本当。呪文を唱えた俺の全力を見てみたいよなあ」
マクシミリアンはふっと笑って頷いた。俺の全力にシェリルが呆れたら、素直に学校を辞めると思っているのかもしれない。
まあ、呆れられるのもいいかもしれない。
俺は前世の黒歴史を思い起こした。厨二病の頃は変な設定や呪文をノートに書いていたよなあ。
『漆黒』『くっ、右眼が疼く』『その時が来たのか』
走馬灯のように恥ずかしい台詞が頭をよぎる。走馬灯って、死ぬ時じゃあるまいし。ま、まさか、俺は恥ずか死ぬのか。
いや、もう、やるしかない。
「我が血潮に眠りし煉獄の焔よ。目覚めよ。永劫の戒めを解き放つのだ」
こう両手を上に挙げたりすると、マクシミリアンたちは呆れたように俺を見た。なぜか、シェリルだけは少し前のめりになっている。
「さあ、燃え上がれ!」
ごおっ。
挙げた両手からまっすぐ上に轟音と共に炎が巻き起こる。伸びていた木の枝が燃えるというより、一瞬で炭になる。
「え?」
恐ろしいほど強く激しい炎だった。人や壁に向けて出さなくてよかった。それにしても、俺が出せる火はほんの小さいものだったはずなのに。
「う、嘘だ」
マクシミリアンは信じられないというように首を振った。取り巻きの二人は尻餅をついて、口をパクパクさせている。
「すごい! 今の呪文、もう一度言って」
シェリルはなぜか、両手を組んでお願いポーズを取った。目がキラキラ輝いている。
そういえば、俺たちの年齢は厨二病にかかり始める年齢だった。




