沈黙する後宮、あるいはシステムダウン
背中の熱を、花崗岩の冷気がじわじわと略奪していく。
司正司の最深部。地上の陽光も、喧騒も届かないこの立方体の闇の中で、私は湿った藁の感触を肌に感じながら、自身の吐息の白さを眺めていた。
(……そろそろ、第一段階が臨界点を迎える頃かしらね)
唇の両端を、捕食者特有の角度で僅かに釣り上げる。
私がかつて「氷のロジスティクス」の最適化で救った下級役人たちのネットワーク。彼らの毛細血管のような伝達経路を通り、私の「最適化されたサボタージュ」はすでに、煌びやかな後宮のシステム全体へと浸食を開始しているはずだ。
――尚衣局、あるいは洗濯部門。
皇太后派の妃たちが纏う、最高級の「盤領袍」が届かない。
運良く届けられたとしても、それは生乾きの重苦しい湿気と、雑菌が繁殖した特有の悪臭を放っている。
「申し訳ございません、日照時間が足りず……」と跪く女官たちの瞳は、一切の温度を失い、上位個体の狼狽をただ記録しているだろう。
――尚食局。
銀の器に盛られたスープから、立ち昇るべき「湯気」が消失している。
氷の配送ルートに設けた微細な「ボトルネック」の影響で、果物は芯から変色を始め、保存食特有の味気ない塩分だけが、最高権力者の舌を焼き、不快感を蓄積させていく。
――尚浴局。
優雅な入浴というリラクゼーションの時間は、冷たい水による物理的な苦痛へと置換される。
薪に含まれた計算通りの水分が、不完全燃焼の黒い煙を立ち昇らせ、貴婦人たちの視界と喉を容赦なく蹂躙しているに違いない。
快適さという名のインフラが、一箇所、また一箇所と短絡を起こしていく。
それは刃を使わぬ処刑。
「当たり前の日常」という、最も脆弱な基盤が崩壊していくことへの、底知れぬストレス。
地下の静寂は、地上の絶叫を反響させない。
けれど、私の脳内メモリには鮮明に描写されていた。
皇太后の喉が怒りで硬直する様。高官たちが「原因不明のエラー」に右往左往し、不採算な会議を繰り返す無様な光景。
「……ざまあみなさい」
暗闇に放たれた呟きが、冷たい壁にぶつかって消える。
現場を軽視し、ロジックを無視した経営陣への、これが末端からの「最終回答」。
システムを動かしているのは、玉座に座る者ではない。
指先を汚し、汗を流し、泥を啜る現場の人間なのだという事実を、彼女たちの骨の髄まで、一滴ずつ染み込ませてやる。
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