囚人番号ゼロ、あるいは人材の墓場
ピチョン、――ピチョン。
石造りの天井から漏れ出す水滴が、不規則なメトロノームとなって冷徹な鼓膜を叩く。
司正司・地下牢。
そこは、アンモニアの刺激臭と澱んだ湿気が肺の奥まで侵食し、かつて「人間」だった者たちの吐息を重く沈殿させる、帝国の排泄物保管庫だった。
「……随分と、風通しの悪い職場ね」
私は、湿り気を帯びた石床の上、腐敗し切った藁を緩衝材代わりにして腰を下ろした。
手首を拘束する鉄の枷は、不快な自重で皮膚を圧迫し、動くたびに錆の粒子が毛穴に食い込む。
支給された囚人服――目の粗い麻布は、かつて纏っていた絹の感触を細胞が忘れるほどに、執拗に肌を刺し続けてきた。
だが、私の網膜は、この闇のコントラストを鮮明に捉えていた。
鉄格子の隙間から漏れる、隣房の呼吸。向かいの闇に蠢く、人の輪郭。
私は絶望に浸る代わりに、この「デッドスペース」に収容された情報資産の監査を開始していた。
隣に沈座するのは、かつて先代皇帝の衣に針を通した、尚服局の元長官。
向かいには、スパイスの調合だけで毒を無効化したという、尚食局の元・典膳。
そのさらに奥の暗がりからは、弦を弾かずとも旋律を視覚化できたという、伝説的な琵琶の名手の気配が漂う。
(……なんてこと。ここは犯罪者の巣窟じゃない。人材の宝庫じゃないの)
皇太后という名の旧弊なシステムが、自身の権威を脅かす「高い演算能力」を持つ個体を、片端からエラー(冤罪)として処理し、この場所にパージし続けてきた結果。
皮肉なことに、この腐敗した監獄こそが、現在、耀の帝国において最も「IQ密度の高い空間」という歪な特異点を形成していた。
「……ふふ」
唇の端が、不随意に釣り上がる。
後宮のホワイト化を阻んでいたのは、外部の抵抗勢力だけではない。
組織の最深部に眠る、この莫大な「未利用資源」の存在に、誰も気づいていなかったのだ。
「……さて。始めますか」
私は、手首の鉄の冷たさを、熱暴走し始めた脳を冷却するためのシンクとして利用した。
握りしめた鉄格子の硬質な感触が、指の骨を介して私の意思を増幅させていく。
「見ていなさい。……この檻を、私の執務室に変えてみせるわ」
暗闇の中で、私の瞳孔が最大まで拡張し、闇の中に隠された組織の「脆弱性」を正確に射抜いた。
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