人間冷却装置、あるいは公私混同の極み
傾斜を増した西日が、衝立の隙間から床板を舐め、室内の酸素を焼き焦がしていく。
四隅の氷はすでに中央まで溶け進み、青磁の器の中で、形を失った無機質な透明度を晒していた。
私は、李宵の膝の上に「積載」されていた。
白絹の単衣越しに伝わる、彼の強靭な大腿部の熱。
逃げ場のない物理的な拘束。
背骨に押し当てられた彼の胸板は、激務の余熱で焼けるように熱く、一定のリズムで打ち鳴らされる心音だけが、私の背中を規則的に叩いている。
「……陛下。重いです。暑いです。離してください」
「黙れ。……お前は体温が低い。ひんやりして気持ちいいんだ」
後頭部から降る、チェロの低音をさらに煮詰めたような声音。
彼は私の腰を左腕で完全にロックし、右手に持った筆で卓上の奏上書を捌き続けている。
私の首筋には、彼の湿った吐息が断続的に吹きかかり、そのたびに産毛が逆立つ。
これは抱擁などという甘い概念ではない。
私は、オーバーヒートを起こしたこの若き皇帝という名の巨大演算機を冷却するための、ただの「低体温資産(冷却パック)」として供出されているのだ。
そう自分に言い聞かせるが、龍脳の香りが彼の体温で揮発し、濃密な膜となって私の肺を侵食していくたび、思考の解像度がじわじわと溶け落ちていく。
「申し上げます。……北方の運河建設についてですが……」
御簾の向こう側から、工部尚書の嗄れた声が届く。
入室を許された老臣が、顔を上げた。
そして――。
石床を打つ額、震える笏。
皇帝が、白昼堂々、皇后をその膝に抱え上げ、あろうことかその首筋に鼻先を埋めているという「致命的なコンプライアンス違反」を網膜に焼き付けた瞬間。
老人の顔面から血の気が失せ、一瞬で石造りの彫像のように硬直した。
私は羞恥で内臓がせり上がる思いだった。
だが、私の腰を愛撫するように無意識に撫で回す李宵の指先に、微塵もない。
彼は老臣の絶望的な沈黙を無視し、冷徹なナイフで肉を削ぐような声音で断じ、筆を走らせた。
「……予算が足りぬなら、貴族の脱税を摘発して充てろ。……特に、王氏の裏帳簿を洗え。あそこは黒だ」
指先が私の肌に与える甘やかな痺れと、口から放たれる苛烈な粛清命令。
その巨大な剥離に、私の脳内の演算回路は修復不能なバグを起こしていた。
老臣は、自らの余命を案じるような絶望的な足取りで、逃げるように退出していく。
「……陛下。今の、絶対に変な噂になります」
「構わん。……事実、俺たちは仲が良いだろう?」
悪びれもせず、彼は私の耳朶を熱い前歯で甘く噛んだ。
チュッ、と。
静霧の中、粘り気のある湿った音が響く。
酷暑のせいか、あるいは彼の血管を巡る熱狂のせいか。
私の理性という名のセキュリティは、音もなく崩壊し、甘い泥の中に沈み込んでいった。
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