真夏の雪景色、あるいは「安眠」への投資
「シャリ、シャリ、シャリ――」
鉄の刃が、硬い氷の塊を薄く、鋭く削り取っていく。
真夏の長安。湿り気を帯びた熱風の中に、あり得ないはずの冬の音が降り積もっていた。
「すごい……! 本当に、水になっていないわ!」
「冷たい! 頭の奥まで凍りつきそう!」
女官たちの喉から、宝石をひっくり返したような歓声が零れ落ちる。
掌に乗せた器の重み。指先から伝わる痛烈な冷気が、皮膚の熱を奪い、感覚を麻痺させていく。
おがくずによる断熱。そして地下排水路の冷熱を利用した搬送。
そのロジックの掛け合わせが弾き出したのは、想定を上回る六十%超の歩留まり向上という「利益」だった。
上級妃たちへの配分という義務を果たしてもなお、これだけの余剰資産が残っている。
「……残り物だけどね」
私は木陰の乾いた石段に腰を下ろし、自分用の器を見つめた。
白銀の粉雪が山をなすその頂に、甘葛を煮詰めた黄金色の蜜が、粘り気を持ってとろりと流れる。
匙を滑り込ませ、一口、舌に乗せる。
痛覚に近いほどの冷たさが口腔で弾け、喉の奥を滑り落ちていく。
「ふう……」
肺の奥まで冷気が行き渡り、思考の霧が晴れていく。
まさに、五臓六腑が「再起動」される感覚だ。
皆が、笑っている。
いつもなら酷暑のストレスで互いのあら探しに明け暮れ、ROIの低い陰口を叩き合っている女官たちが。
今は「冷たい」という、ただ一点の物理的な充足を共有し、子供のように頬を緩めている。
不快指数の低下と共に、中庭全体の「運用コスト(トラブル率)」が劇的に下がっていくのを、私は肌で感じていた。
(……これで、少しは静かになるわね)
これは慈善事業ではない。投資だ。
すべては、私の「安眠」と「定時退社」という至高の善を達成するための、冷徹な生存戦略。
……だというのに。
「林鈴様!! ありがとうございます!!」
「貴女は魔法使いですか? それとも、氷の女神様?」
熱い体温を纏った若い女官たちが、雪崩のように駆け寄ってくる。
居心地の悪さに背筋を伸ばしたその時、ふと、網膜の端に違和感が走った。
回廊の太い柱が落とす、長い影。
そこに、周囲の喧騒を吸い込むような、長身の輪郭が立っていた。
李宵。
いつから、そこにいたのか。
夕日に縁取られた彼は、赭黄の袍の上衣を脱ぎ捨てた濡羽色の姿で、満足げにこちらを凝視していた。
その視線は、歓喜に沸く女官たちを透過し、その中心で所在なげに匙を握る私だけに、重く、深く固定されている。
――あ。
目が合った瞬間。
彼の薄い唇が、獲物を仕留めた後のような、密やかな弧を描いた。
「やったな」
声にはならない、けれど鼓膜を直接揺さぶるような響き。
周囲の歓声が、遠い海の鳴動のように遠のく。
私は逃げるように視線を器へ落とし、溶けかけた白い塊を口に押し込んだ。
甘い。
氷はこんなにも冷たいはずなのに。
飲み下した後の喉の奥が、夕闇に染まる長安の街よりも熱くて、たまらなかった。
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また明日[19:00]にお会いしましょう。




