融解する利益、あるいは不採算な雫
じっとりと、湿った布が背中にへばりつく。
長安の盛夏は、逃げ場のない熱気で肺を圧迫し、肌を焼く。
石造りの回廊は太陽の熱を蓄え、足裏から伝わる不快な熱が盤領袍の内側に籠もっていた。
頭上から降り注ぐ蝉時雨は、耳鳴りのように鋭く、こちらの思考能力を薄皮を剥ぐように削り取っていく。
私は重たい袖をまくり上げ、額から目に入りそうになる汗を拭った。
若草色の絹は、通気性という概念を拒絶するようにずっしりと重く、歩くたびに汗の湿気で体温を奪うどころか、煮え湯のような熱を帯びる。
「……また、水たまり」
回廊の曲がり角。
乾いた白茶色の石畳の上に、不自然な黒い筋が蛇のように伸びている。
それを視線で辿った先。
空の木桶を抱え、項垂れるように座り込んでいる女官たちの姿があった。
頬を伝う汗さえ拭わず、彼女たちは焦げたような熱い空気の中で、ただ絶望に耐えている。
「どうしたの?」
私が発した声は、乾いた喉に張り付いて掠れた。
一人が顔を上げた。その瞳には、夕立の前の空のような暗い色が宿っている。
「才人様……。氷が、また溶けてしまって」
私は一歩踏み出し、桶の中を覗き込んだ。
底の方に、小指の先ほどにまで痩せ細った氷の欠片が、温い水の中で力なく漂っている。
氷室の奥底、凍てつく闇の中で切り出されたはずの巨塊が、この「尚食局」という目的地に到達するまでに、ただの「高価な水」へと成り果てていた。
「この暑さだもの、仕方ないわよ……」
諦めに濁った女官の呟きが、耳の奥で不快なノイズとなって弾けた。
(……仕方ない? 違う。これは天災のシミュレーションではないわ)
私の脳内で、赤い警告灯が激しく点滅を開始する。
石畳に残された水の跡――それは、この帝国の国庫から絶え間なく漏れ出している金貨の残滓に見えた。
私は水たまりの温度を測るように見つめ、その原因を瞬時に要素分解する。
第一に、運搬ルートの選定ミス。
第二に、容器の断熱不足。
第三に、融解による損害を「不可抗力」として処理する、承認プロセスの甘さ。
ポタリ。
私の顎から汗が落ち、石畳の「氷の跡」に重なった。
(許せない。この、歩留まりの悪さ)
それは、酷暑への苛立ちか。あるいは、非効率を放置する組織への、職業的憤りか。
私の背筋を、怒りという名の冷たい火が駆け抜けた。
「あなたたち、少し手伝ってくれる?」
私は、まだ微かに冷気の残る桶の縁に手をかけた。
指先から伝わる、わずかな涼やかさ。
それが、私の思考を「監査」から「改善」へとシフトさせる。
融解する利益を、物理法則という名の鉄柵で繋ぎ止める。
それは、私の安眠を勝ち取るための戦いであり――。
そしてあの夜、龍脳の香りと共に私の髪に触れた、あの孤独なオーナー、李宵との契約を完遂するための義務でもあった。
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また明日[19:00]にお会いしましょう。




