尋問の声
やわらかな陽気が肌を撫で、今日も穏やかな一日が始まるはずだった――
なのに、胸の奥に落ちる空気はどこか違っていた。
祈りの場へ向かう途中、侍女たちの視線が妙に鋭い。
横目で、しかし確実に私の動きを観察し、監視するような気配。
(……やっぱり気のせいじゃない)
特に、近くにハルがいる時。
視線は針のように鋭く、肌に刺さるほど強まる。
彼がほんのわずかに感情を見せた――
そのささやかな変化すら、神殿は敏感に察知していたのだ。
朝の祈りが終わった頃、大神官と呼ばれる男がハルを呼び止めた。
「ハルシオン様。少し様子がお変わりのように見受けられますが……なにかお心に乱れでも?」
声は静かで、柔らかくさえある。
けれど、ハルの変化を"乱れ"と言う。
――これは、優しさではない。
ただの尋問だ。
ハルは表情ひとつ動かさず答える。
「乱れなどあるものか」
「そうですか。ならよろしいのですが……“セラ殿”との距離が近い、と耳にしまして」
細い目が横へ流れ、私を一瞥した。
(……私?)
胸がどくりと跳ねる。
図書館に通うことは許可された。
けれど、ハルと仲良くなることは許されないのだろう。
それでも、ハルは動じなかった。
「新しい神子を指導するのも、神子としての務めだ」
「務め、ですか。……“個人的な感情”は不要かと存じますが」
静かなのに、背筋が凍る声。
侍女が失敗しただけで“浄化”される神殿では、この一言が何を意味するか分からないはずがない。
ハルは、鋭い金の瞳で大神官を射抜いた。
それだけで空気がひりつく。
「いつ感情を持ったと?」
「ならば良いのです。祈りの儀も近いゆえ、くれぐれもお気をつけて」
神官長は静かに告げると、衣擦れの音だけを残し去っていった。
――祈りの儀。
エルダールで十年に一度行われる国をあげた式典。
その成否で、この国の命運が決まるとさえ言われる。
そんな大儀がひと月後に控えている為、神官も侍女たちも神経を尖らせている。
私の言動が見逃されているのも、儀式を滞りなく進めるためにほかならない。
ハルのもとへ近づき、そっと声を掛けた。
「……ごめん。私のせいで疑われてるのでしょう?」
ハルはかすかに首を振った。
「お前には関係ない」
声はいつも通り淡々としているのに、どこか苦い響きがあった。
胸の奥がぎゅっと痛む。
「でも、私はハルと話が出来て嬉しい。
今までずっと一人だったから……」
その瞬間、彼の金の瞳が揺れた。
ほんの一瞬――
そこに“恐れ”の影が差したように見えた。
だが彼はすぐ視線をそらし、無表情を取り戻す。
「感情など、必要ないものだ」
(違う……あなたは生きるために、捨てざるを得なかっただけ)
喉の奥まで言葉が上がってきたが、どうしても声にはできなかった。
その時、回廊の奥から低い会話が漏れ聞こえる。
「セラ殿が神子様を誘惑しているのではないか」
「だから女を神子候補にするのは反対だったのだ。危うい」
「必要ならば、浄化すれば秩序は保てよう」
背筋に冷たいものが走る。
(……“浄化”を、あんなふうに口にするなんて)
ハルは顔色ひとつ変えなかった。
変えなかったけれど――
その手が、ほんの少しだけ握りしめられた。
ハルの心は、確かに、変わり始めてる)
そのわずかな揺らぎは、神殿にとって“危険”なのだろう。
けれど私には――
それが確かに、生きている人間の証のように見えた。




