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『こんばんは』
「こっ、こんばんは!」
緊張で思わず声が裏返った。
ちょっとした間の後、ぶはっ!と大きな笑い声が聞こえた。
「すみません・・・・・・」
『笑ってごめんね?
いやいや初々しくて良いよ。
さて、今日は前回聞けなかった、君の彼氏のことでも聞かせてもらおうかな?』
まるで私の気持ちを知っているかのように何やら楽しそうな声で話題をふられ、うっと言葉に詰まる。
話そうと思ってこのサイトに登録したはずなのに、いざ話そうと思うと不倫なんて話してはいけないという今までのストッパーが邪魔をしてしまう。
そんな私を見通してか、
『そうだなぁ、相手はどんな人なのか、君との馴れ初めとか、Hは上手かとか?』
ぶはっ!と思わず今度は私が吹き出すと、ごめんごめんと笑い声で謝られた。
『君が好きな人はどんな人なのか、僕に教えて?』
遅くもなく早くもないのに、しっかり相手の心を掴むようなリュウさんの声が、私を話しやすいようにと手を差し伸べている。
私は、今日も横に置いているコーヒーの入ったマグカップをとり、ぐいと飲むと、意を決して話し始めた。
彼との出会い、相手は尊敬した上司であること、遙に年上なのに可愛いと思ってしまったこと、恋に落ちてしまったこと。
そんな人に認められたくて必死に仕事を頑張ったこと、そして、酒の勢いを借りて彼に迫ったこと。
それを彼は上手く短い質問をし、私が話せばうん、ほぅ、それで?と話すことを促すように心地良い相づちを打ってくれた。
リュウさんからすれば仕事で当然のことなのかも知れないが、こんなにも気持ち良く彼のことを他人に話せたのは初めてで、私は妙な高揚感に包まれていた。
『こんなに奥手そうなお嬢さんが、酒の勢いとは言え迫ったんだねぇ。
迫られた男は果報者だ』
「そ、その点は私もあの時の自分は、本当に自分だったのかと思うくらいで。
今思い返すと何でそんな凄いことが出来たのかと、ふと思い出しては恥ずかしさで穴に入りたいと思う事すらあります」
『それだけ必死だったんでしょ?』
「多分・・・・・・。
彼も、凄く途惑ったと思います。
仕事先で、それもただの部下と思っていた相手に。
こんなことに彼を引き込んだことは、本当に申し訳無いと思っていて」
『引き込んだ?』
「普通の家庭を持つ人に、不倫させてしまったことです」
『彼が、君が不倫に引き込んだって言ったの?』
「いえ、そんな事は一度も。
私を気遣っているのかと」
『うーん』
「あの、何か?」
『彼は相当仕事できる人なんだね』
なんとなく話題をかわされたような気がしたけれど、彼のことを話せるのがとにかく嬉しくて私は続けた。
「はい!
中途採用なのにもう既に幹部候補として、次は花形部署に異動じゃないかって言われてます」
『へぇ、そんなに仕事出来るならうちに欲しいなぁ』
「そういえばリュウさんは社長さんなんですよね?」
『そうだね』
「ベンチャーとかITとかですか?」
『まぁそういう系統かな』
「その、リュウさんは不倫したことありますか?」
『ん?今してるけど?』
「えっ?!」
私が思い切って質問したことが簡単に返されて驚く。
それも今不倫してるって。
『あれ?意外かな?』
「い、いえ、社長さんとか忙しいのにどうやってそんな時間をと。
ご家族も居るんですよね?」
『居るよ。子供も居る』
「お子さんも居るんですか?!」
『おや、彼は子供は居ないのかな?』
「はい、共働きでそういう余裕は無いとかで」
『ふーん、それは飢えていたでしょうに』
「はい?」
『仕事の出来る男はね、往々にして性欲が強いんだよ』
「そ、そうなんですか?!」
『割と常識だと思うけどな。
経営者とかまぁバリバリ仕事してる男は、相手にする女性が一人じゃ足りないよね』
「足りないんですか?!」
『いちいち驚いてて新鮮だねぇ』
確かに驚きすぎてしまっていた。
だって驚く内容ばかりで。
私は、すみません、と謝ると、可愛くて良いよなんて言われ、顔が熱くなった。
「リュウさんはその、不倫してどれくらいですか?」
『きっと君は僕のしている不倫が最近で、相手も一人とか思っているだろうけど、僕は結婚前からそういう女の子は数名いるし、今も進行形で二人いるよ?』
「えぇっ?!
トラブルにならないんですか?!そんな同時になんて」
既婚者と不倫した、その事にただ負い目を感じて孤独にすら思っていた私に、突然遙かに上級者が現れて驚いた。
まさかこんな人が本当に居るだなんて。
『全員、僕が既婚者で妻を愛していて妻と別れるつもりは無いということを、みな理解した上で僕の猫になった子達だからトラブルは起きないよ。
そもそも僕も相手は選ぶからね』
猫・・・・・・。
紳士そうに思えるリュウさんが話すことは驚く内容ばかりなのに、それに何故か嫌悪感は抱かなかった。
それは私も不倫をしているからかも知れないが、なんとなくそれとは違うような気がした。
「相手の女性は全員独身ですか?」
『そうだね』
「みなさん美人ですか?」
『僕は皆を可愛いと思っているよ』
「やはりモデルとかアナウンサー的なお仕事の女性ですか?」
私の質問に、耐えきれないかのようにリュウさんは笑い出した。
『きっとドラマとかそういうの影響で、僕が美人達をはべらせてるイメージを持ってる?』
「そうです」
そういうとリュウさんはまた笑い出した。
その声は楽しそうで聞いていて嫌な気分には一つもならない。
最初から彼は、私を馬鹿にするような雰囲気を感じなかった。
声だけだからなのか、余計にそういう物を感じ取れる気がする。
『おっと、そろそろ時間だね』
「ずるい!」
『逃げる気は無いよ。
聞きたいならまた今度質問においで。
でも本来君がこのカフェに来た目的である、自分の事を話すのも忘れないようにね?』
楽しそうな声で言われ、気がつけばリュウさんが知りたくて話がしたかったことに気がついた。
「はい、また1時間で予約します」
『えぇ、どうぞ』
まるで爽やかな笑顔が思い浮かぶような声で通話は終わった。
彼と食事に行く時にはいつもとてもスマートに対応してくれるけれど、なんだかそれよりもリュウさんは遙かに手練手管を知り尽くした人のようで、話しながらドキドキしてしてしまう。
「やっぱり社長さんなんだもん、お仕事出来ると女性の扱いも慣れているんだろうなぁ」
私は感心しつつ、ドキドキしている気持ちがなかなか抑えられないまま次の予定を入れた。




