第六話「修行1」
二連続で修行回です。最初は短め。
時間が遠い。まるで自分だけおいてけぼりにされた様な、自分だけ別の世界に住んでる様な感覚。
そんな海の様な大河を俯瞰している様な長い長い時間の中で、次第に精神と肉体が一つになって行く錯覚を覚える。
しかしそんな中、俺が考えてることは一つだった。
「これ、いつまで続くんだよ……」
そう、俺は今二時間魔循環の真っ只中。
この世界には二億年の歴史がある。その為文明が生まれて数千年しか経っていない地球上で実現されたものは殆ど存在しているし、むしろ実現されてない技術の方が多い。おかげで地球上の大抵の物はイアさんに聞けば手に入った。
勿論その中には時計も存在しておりそれを目の前に置いて魔循環をスタートしたのだが……結果として開始一分で心が折れそうになった。
何せ時間が実に六万倍も引き延ばされているのだ。体感時間で三十三日と十時間過ぎたところでやっと現実の時計が一分進んだことになる、と言えばその荒唐無稽さがわかるだろうか。(この世界の一年の日数が四百日であることと一日が三十時間であることを前提として計算)
……更にそれにも増して恐ろしいのは誰あろう、イアさんだ。
ちょっとでも集中を切らすと死なない程度の痛みが飛んでくる。しかも何の冗談か、座禅の時坊さんが持っている木の棒みたいなので肩を殴ってくるのだ。ちなみにその後治癒魔法みたいな物をかけるのでアフターケアも万全。……字面でもそうだが、実際に体感すると質の悪い拷問にしか思えない。
そんなイアさんのスパルタのおかげで、二十分程経ったら頭の中を魔循環に集中する側と思考をする側に分ける事……謂わば、並列思考ができていた。なんか想像してた能力と明らかに違うやつ手に入れてしまったのだが……。
でも、イアさんが魔循環と呼んでるこの感覚だけは面白い。中の魔力? も時間が経つにつれドンドン早く回していけるし。……正直まともなモチベーションはこれだけだ。
俺は調子に乗って魔循環の速度を際限なく速くして行った。人間は集中して何かをすると時間が早く過ぎていくって言うけど、俺の今体験してるこれはまさにそれなんだろう。前はあんなに待ち遠しかった一秒がどんどん過ぎていく。
そして、瞬間、急に体内の力が歪に歪んで俺は内側から
◇◆◇
「……まさか初めてで魔力暴走を起こすなんて」
イアさんに散々説教された。話によると、俺は体内の魔力を自力で制御できる限界を超えて循環させていたらしい。そして臨界点を超え、爆発。イアさんが魔力を相殺してくれたからいいものの、そのままなら俺を中心として核爆発なんて遥かに凌駕する規模の破滅が起きていたらしい。
ちなみにイアさんは魔力を常に臨界状態に持っていくことで魔法や魔術の威力を上げているそうだ。要は常時俺の起こした暴走を制御しているってこと。この方法はイアちゃんピッチピチの十歳の時にマスターしたらしいよ! まさに末恐ろしい子だったってわけか……。
魔循環をしていた時間は想像以上にきつかった。何せ高校二年生の俺の生まれてから今日まで過ごした年月の半分を、唯一つのことをして過ごすのだ。界渡りといい、魔循環といい、廃人にならなかったことが自分でも信じられない。
「……っていうこと。分かった?」
イアさんの長い説教が終わる頃には俺の気分はすっかり沈んでいた。
俺もただ怒られた、なんてしょうもない理由で落ち込む程豆腐メンタルでは無い。気分が沈んだ理由は長いなんて言葉じゃ言い表せない程長すぎる修行のせい。
なにせ俺の中では十年修行したことになっているというのに、現実世界ではまだ二時間しか修行をしていないというのだ。修行というからにはこんな朝早くに終了、なんて生ぬるいものではないだろう。この先の時間も十年、二十年と年単位で引き延ばされていくのだと考えると発狂しそうだった。
「ふう……こんなことがあったし」
「!!!」
俺はイアさんのそんな言葉に「今日はここまで」という魅力的な提案を期待して胸を躍らせ、イアさんに顔をグイッと近づける。
しかしイアさんはそれに苦笑した後、セリフの最後に星マークが付きそうな笑顔でこう言い放った。
「今日はまだまだみっちりしなきゃね!」
異世界三日目の朝にして、これ程までにチートを切望した転生者は俺だけだろう……。
◇◆◇
そうして残りの修行が始まった。
まず、勉強をした……のだが、イアさんがそれにつけた名前は「お勉強♪」。
又の名を地雷と言える程名前で地雷を体現した様な、嫌な予感しかないネーミング。案の定地雷だった。
常時身体を壊して瞬時に超回復する魔法をかけられ、その状態で完全記憶と理解に無理を言わせて勉強させられた。……しかも五時間も。(引き伸ばしているので三十年になっています)
二億年の叡智が詰まった内容だったし教え方上手かったので面白かったが、かけられてる魔法で相殺されたわ。拷問されながらの授業が楽しいはずないよね!
その後は武術をやった。勿論魔法はかけたまま。
……武術の指導も頭がおかしかったよ。五時間(俺がこの魔法に適応してきたとか何とか言われ四十年に増えました)延々と色んな武器の扱いについて学んだ。それにしても何だよ、最後の方にやった短い間だが時を遡れる相手との戦い方って。正直イアさん以外に使える相手が思いつかないんだが……。
唯一の救いは食事だ。美味い。とにかく美味い。しかも昔日本人でも召喚とかされたのか、醤油とか味噌とかマヨネーズまである。
なんか不思議だな……。今の日本より文明が進んでいる異世界、か。昔のSFではありそうな気もするけど、最近はそんな小説あまり見ないしな。しかし、これじゃあやっぱり内政チートは不可能だろうな。する気も無いけど。
そんな感じで最後にイアさんに、
「今のあなたはその才能を真に開花してないわね。多分界渡りをしたら開花するんでしょうけど……。
その時は覚悟しておいてね? 自分の全てと向き合わなければいけないし、何も知ってる自分だけが自分自身の全てでは無いからね?」
と言われてやっと地獄の異世界修行一日目は終わった。
◇◆◇
「はあああぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜」
俺は風呂に浸かり、悪いものを出し切るかの様におっさんみたく腑抜けた声をあげる。……と言うと俺がごく普通に幼女の体に適応してる様だが、省略してるだけで風呂場でも自己嫌悪で悶絶はした。
初日よりはこの体に慣れ、途中風呂場の鏡をチラ見して散々叫び散らしたせいか、流石に風呂の中で発狂することはなかったけど。
「……界渡りをすれば才能が開花する、か」
例のイアさんの言葉だ。
……界渡りをするのは正直怖いし、あんなこともう二度とやりたくない。
でも、そう思うと同時に黒い〝俺〟の、あのどこか自嘲気味な顔が俺の脳裏には浮かんでいた。
もしかしたら俺は……これをしなければならないんじゃないか。黒い〝俺〟の言葉と表情を思い出すと、俺には何故か『自分自身のことを知らなければならない』。そんな義務があるように思えてしまった。
「うーん。……まあ、その手の物語の〝覚醒する主人公〟でもあるまいし。いや、もしかしたら、なんてな」
俺は物語の主人公になれる様な存在では無い。そんなことはわかっている。……わかってはいるが、これ程一杯何かを示唆させる様なことがあると、あり得ない筈の可能性にワクワクして思わず顔を綻ばせてしまうのであった。
暫しの間風呂を楽しんで、その後寝室に移動する。
俺はそこで一回伸びをしたのち、ふと窓を見た。
そこには以前と同じく地球では一生見れないであろう煌びやかな星空に、某社のリンゴの様に虫食いがある月が一つ。
意識して《理解》を使っていなかったからわからなかったが、この欠けた部分は月で決戦をしていた勇者が魔王を道連れに放った魔法の跡らしい。
人間が宇宙空間で活動できるはずがないって? 魔法だよ。この世界の魔術師は人外なんだ。察して欲しい。
……というかイアさんから学んだ歴史によるとこの星、星外生命体の侵略にあったこともあるんだぜ? 幸いその時の文明がそれこそワープマシンとか銀河帝国が実際に存在するSF世界に出てくる様な超文明だったから迎え撃って全部撃破できたらしいけどさ。
そんな文明が何故滅んだかというと、なんか魔法やら何やらが暴走して荒廃してしまったそうだ。魔法で自然災害とかをなんとかして来た文明が、今度はそのなんとかして来た魔法に潰される。盛大な皮肉だ。
でもそれも今は昔。一億千万年程前のことだ。今の文明レベルは地球でいうと産業革命前らしい。
まあイアさんは自分だけなら魔法で全部どうとでもなるし、文明の産物なんか少ししか使ってないらしいが。
俺が今イアさんから教わるであろう、魔法。それが俺にもたらす物は、破滅なんだろうか。それとも……
……いや、縁起も悪いしこんな事をしょっちゅう考えてる様じゃ本当にその通りになるかもしれない。
夢にまでみた剣と魔法の世界なんだ。人殺しとか倫理観に反する事はともかく、変に悩みすぎるよりは細かい事は気にせずに楽しんだ方がいい。
よし、幸いにも時間は腐る程ある。今からやりたい事を決めていこう!
――俺はこの世界でどんな風に生き、どんな風に死ぬのか。日本でも毎日をボンヤリと生きていた俺にはそんな事、すぐには決められるはずも無かった。
でも、この世界を一生懸命に楽しみ、一生懸命に生きる事……これだけは決心したのだった。
◇◆◇
「この姿は……×、×に×したのか……」
「でも、大丈夫だ。みんなに危害が及ぶ事はない」
「×した時の尻拭いなんて、嫌な役を押し付けてしまったって×は思ってるかも知れねえ」
「だけど、今助けないでいつ助けるって言うんだ」
「なんてったって×。お前は俺の大切な……
×、だからな」
俺は何も出来なかった。彼に逃げる様忠告を促す事も、彼を助ける事も。
俺は×の檻に閉じ込められ……×が向かっていくのをただ手を拱いて見ていた。……いや、見ている事しか出来なかった。
そして、×は……
「あ? あ……ああ……あああ!! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ◇◆◇