第十話「強襲」
戦闘シーンが苦手です。勢いでお楽しみ下さい
ちょっと修正
「アル……さん。こんな事を言うのはなんなんですけど……この道、本当に『取っておきの』場所に向かってるんですか?」
「ああ、向かってるとも。とはいえもう少し歩くけど……おぶる?」
「いえ……それなら大丈夫なんですけど」
俺はアルに連れられて城門から一直線に伸びている大通りから外れ、日本で言うスラムの様な場所を移動していた。
何というか……この、明るく社交的な「元」パン屋の少年と、ここの関連性が全く思いつかない。
周囲は薄暗く汚れていて、泥まみれの孤児や、よく分からない薬を売っている者、乞食だろうか、『戦争で右目と左手、右足を無くしました』と書いている立看板を持ちながら胡坐をかいている壮年の男、痩せこけたたちんぼ等……日本の俺には凡そ関わりのない人種が嫌でも目に付く。
それに、俺のこの格好はここでは不相応で恨みを買うらしく、俺はさっきからずっと使える技術を総動員して、引っ掴もうとした子供の手や、投げられる物等を回避していた。
ただ、それらをアルは意にも止めずに避けている様に感じる。
まるで、打ち合せたかのように物がアルを避けていくのだ。アルが手練、なんて可能性も……いや、彼は『パン屋のアル』だ。イアさんみたく見た目と実年齢に差があるはずも無い。あの年齢でそんな曲芸みたいな芸当、訓練された子供だって出来るか分からないし、ましてやパン屋が出来るはずもないだろう。
そうなると、もしやこれは事前の打合せ通りにしているだけで……例えばアルは人攫いで、子供達には事前に報酬を支払ってるんじゃないか。
でも、それじゃあまるでこの時間に俺みたいな子供が来ることを分かっていたみたいだし、流石に考え過ぎか。
ともあれ俺は、ここがアルとか俺みたいな『表の人間』がいていい場所ではない気がして堪らなく不安になり、再度アルに問いかける。
「何だかこの辺り、貴方みたいな人がいていい場所じゃない気がするんですけど……本当に向かってるんですよね?」
アルは一瞬くしゃっと顔を歪めた気がしたが、それは俺の勘違いだったらしく笑顔のまま答える。
「うん。勿論だよ。さっきも言ったでしょ?」
俺はその、明らかにおかしい俺の知覚に懐疑心を深める。普通の高校生だった俺も、今ではイアさんに叩き上げられたことで一端の武術使いにはなった。そんな俺の感が何処か異常を感じているのだ。パン屋のアル、なんて風に呼ばれてたが、もしかしたら犯罪集団に属している……なんてこともあるかもしれない。
「……もしかして僕を人攫いとでも思ったかい? そんな訳ないだろ。犯罪なんて犯してたら僕は今頃奴隷になるかここの住人をやっているよ」
思考を先回りした様な言葉。しかし俺の考えがあからさまだったことも否めないので驚きはしなかった。
そうして俺とアルは黙々と歩き続ける。汚い下水道の上を通り、物凄く狭い建物と建物の狭間を行き、時には少し大きな道を歩く。
俺は大きな建物を見るたびここが目的地かと期待を膨らませては、素通りするアルに落胆した。
そして、幾度かその繰り返しを体験した後……ついにアルは立ち止まった。
しかし……俺は困惑を隠しえなかった。何故ならそこは、少し開けてはいるけれど、行き止まり。それも建物の入口とかではなく、ただ単に城壁によって出来たものだったからだ。
止まっているということは、そうなのかもしれないけど……それでもここがとっておきかと言われると、疑問符を隠せない。
「……ここが、取っておきの場所ですか?」
その問に、アルは俺に背を向けたまま答える。
「……そうだよ?」
この答えに、遂に俺の堪忍袋の緒は切れた。
「冗談も程々にしてください! こんな何も無い所が取っておきなんて有り得ないでしょう! もう戻ります!」
散々薄汚いスラム街を引きずり回され、延々と歩き続けた結果案内された場所がこんな何も無い場所。俺の中でアルの言う「取っておき」が気になっていたことも事実だけど、それにしたってこれは切れていいだろう。
俺が怒鳴った後、幾許かの静寂が場を支配する。アルは相変わらず背を向け、その表情を感じさせないでいた。
凍り付いたような場。溶かしたのは、アルの声だった。
「何を言ってるんだ。ここは正しく、僕の取っておきの場所さ」
「……っ!」
不意に、アルとその周囲の気配が変わる。
覚悟を決めた。そんな、城門の前で感じたものと同種の雰囲気。
アルにしてもパン屋なんて呼ばれていたし、弱体化したとはいえ俺の戦闘技術は幾万年もの結晶。別に警戒せずとも大丈夫な筈の相手の筈だ。しかし、俺の体は盛大に、目の前のこいつを警戒しろと喚いていた。
……これは一応ステータスを見た方が良さそうだ。力量や気配から見てもどう考えても俺に叶わないだろうが、警戒するに越したことは無い。
そうして、俺がステータス魔法を《理解》で発動した時。
バチィッ!!
【resistされました。resistされました。resistされました。resistされました。resistされました。resistされました。resistされました。resistされました。resistされました。resistされました。resistされました。resistされました。】
「!?っ」
「……今、ステータス魔法を相手の許可なしで発動させようとしたね。それ、あまり良くないよ。君だって勝手に自分の情報を見られるなんて嬉しくはないだろう?」
「そ、それは……」
俺が動揺している間にも、アルは続ける。
「ここは取っておきの場所なんだ。君はここに何も見出さなかった、見出せなかったけど……僕にとって。絶対に忘れられない場所なんだ」
何かがおかしい。覚悟を決めた様な雰囲気、ステータス魔法のレジスト、この若さでのギルドの所属、子供達の石、騒ぎ立てる俺の勘……
「失敗して、その度に、僕は夢から覚めてこう思った。『ああ、また今回もダメだったか』ってね」
言葉の端には何か、大きな物を背負っている様な……そんな、一介のパン屋、それも年端もいかない子供には、とてもじゃないが背負えるはずの無い何かが伺える。
「何回も何回も、数え切れないほどの準備をしてやっと舞台が整ったよ」
言うと同時、アルの体が少しぶれた気がして……俺は俗に第六感とか言うものだろうか、「嫌な気配」を感じ、思考を中断して咄嗟に体を後ろに倒す。
……その直後。
シュッ!!
「!!」
赤い水滴と無機質な銀色が俺の目に映る。
その尋常じゃない気配に俺は無意識の内に後ろに倒した体を更に後方に飛び退かせていた。
そこでやっと余裕を持った俺が目の前に見たのは……さっきまで十分な距離を取っていたはずのアルと、一瞬前まで俺の首があった所で血を滴らせるナイフだった。
「反射無効化魔法!? この速さで!?」
それも、弱体化したとはいえイアさんに散々鍛えられた俺が反応出来ない……そんな異常な速度で魔法を展開させて。
「君を殺して、皆の絶望の連鎖を……どうしようもない世界を、全て終わらせるためのね!!!!」
俺の頬から生ぬるい血が一粒、冷や汗と混じりながら落ちる。
直後、アルの体からはち切れんばかりの膨大な殺気が放出される。殺気をこんな風に表現するのも何だけど……純粋で、混じりけの無い。清々しいほどに綺麗な、唯、俺を殺すためだけに作られた様な殺気。
そこに、迷いはなかった。
そして、落下していた血の球が弾けた……その瞬間。俺とアルはブレた。
◇◆◇
シュシュシュシュシュッ!!
俺は再びアルに詰められたが、ナイフを躱しながら後ろに飛び退き続ける。
後ろには出口があるが、逃げたとして高校生程度の身体能力の俺と、恐らく身体能力強化系の魔法を使えるアルでは鬼ごっこでも分が悪いだろう。それに……
(チッ……毒かよ)
ナイフに毒が塗られていたのだ。飛び退く時に反射で「毒」属性魔法を使って解毒したからいいものの、この毒、明らかに尋常ではない。
この少年が本気で俺を殺そうとしていることは明白だった。
(反射魔法解除に対反射魔法展開、それに武器錬成!)
俺は一先ず木偶の棒な反射魔法を解除し、相手が反射魔法を展開しているのを確認したので対反射の魔法を展開、それにナイフと打ち合うための武器を地面から作り出す。
「来たね。これはGの87パターン、Rの35パターンだ」
アルが何か言っているのが気になるが、関係ない。これは避けられる筈の無い攻撃だからだ。
ナイフは護身に有利だけど、生憎俺には並列思考がある。
俺の見立てだと、俺の武術を乗せた一本の剣となら、アルは打ち合うことが出来るだろう。
では……俺が全方向から武術を乗せた様々な武器で滅多打ちにしたら。
ガンガン!
俺は剣でアルと数合打ち合う。相手のナイフはこの文明に似合わないような業物だったらしく、俺の即席の石剣がどんどん削り取られていく。しかし、本命は周囲。俺は時間稼ぎでいい。
「うおらァッ!!」
ボゴボゴボゴォッ!
俺はアルの纏う魔力を根こそぎ利用して周囲の地面の石から剣、斧、短剣、矢、槍、ハルベルト、刀、鎌、矛、大剣、棍棒、モーニングスター、手裏剣等々様々な武器を作り出して、消費を抑える為臨界ギリギリの魔力で制御、そして、
ズガガガガガガガガガガッ!!!!
アルの全方向から石の武器がそれぞれに俺の意思を持って襲い掛かる。
周囲には信じられないほどの砂ぼこりがたち、俺はとうに視覚と聴覚による周囲の把握を諦め、気配によってアルの動きを追っていた。
そんな……唯でさえ視界が悪い状況の中。
「ハアッ! テヤァッ!!」
ガガンガンッ! ズガッ! ギャギャギャギャギャッ!
アルは信じられないことに全ての武器に対して最適解の対処を施し、数を減らしていく。
しかし、そんなことは想定済み。不意打ちとはいえ、俺に傷をつけたのだ。分かるだろうが、武術の達人と「打ち合うことが出来る」事と、「傷をつける」事では全く格が違う。そんなアルがこの程度で死ぬはずがない。
そこから俺は武器を巧みに合わせていき、決定的な「隙」を作り上げる。分かっていても避けられないような、可動域の限界を利用した一撃。
ガガガガガガガガッ!
武器の奏でる無骨な演奏が一度に鳴り響いた――瞬間。
俺は、持てる全てを利用して剣を作成、魔力で体を強化して――剣と共に一つの点となり、全てを乗せた一撃を創り上げる。
「はああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
アルは、俺の武器たちの猛攻により背を向けている。その、がら空きの背中を――貫く!!
ズドォォォォン!!
全てを貫く、必死の突きが炸裂した。
◇◆◇
大地を揺るがす、銃弾よりも、そこらの自動車に轢かれるよりも重い一撃。
しかし。
砂埃が晴れた、その場所には。
突きに背を向けたまま。その突きに、ナイフの先端を合わせたアルの姿。
アルは、ぼそりとつぶやく。
「ふう……ようやく終わった……
……訳ないよねェ!!!!」
ギャンッ!
アルは、ナイフを自分の真上……虚空の筈の空間に突いていた。
しかし、そこには、さっきまで突きを放っていた筈のトラシアが剣をアルの脳天目掛けて落下している姿。
アルのナイフはトラシアの剣と真正面からぶつかり合った。
「!?」
トラシアは剣がナイフにかなわないと察知するや否や、それを放り出して距離をとる。
「これを察知するだと!? お前、人間か!?」
最早、喋り方なんて忘れていた。全てを込め、全てを欺き、満を持して繰り出した最後の一撃。それを完璧に躱されたのだ。
「……さあ、ね。もう僕は人間じゃないのかもしれない。でも、僕はもう決めたんだ。これから先、君を生かしてると、さらに多くの『覚醒』が起こる。そうなった時、僕は、僕を見てる様で耐えられないんだ」
トラシアは、しかし、その言葉に一つ疑問を抱いた。
「本当に……本当に、そうなのか? 俺が原因で、みんなが絶望して、みんなが損をする。それが信じられないんだ。
何か、少しでもいい。アルの言葉は抽象的で、俺には何も分からないんだ。なんで今戦わなければならないのかさえ、分からない。……本当は気のいい友達にでもなれた気がするのに」
その言葉に、アルは顔を歪ませる。
「気のいい友達? なれたよ! なれたさ! でも、俺が何を言っても変わらないんだ! 結末も、結果も!!」
「結末? 結果??」
「俺は、……俺わぁ、あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」
アルは泣きながらトラシアに襲い掛かった。勢い任せの武。しかし、彼の身体は最善手を覚えている様で、研ぎ澄まされた技を繰り出していた。
「糞ッ!」
トラシアは先程の一撃で相当消耗していたが、何とか魔力を振り絞って剣を作り出し、アルと打ち合っていった。
◇◆◇
「はぁ、はぁ……これで、やっと、おしまいか?」
俺はそうアルに語り掛ける。あれほど勢いよく打ち合っていたアルと俺だが、所詮はこの体の体力。それでも限界を超えて相当な間打ち合っていたが……どちらかがどちらかを出し抜ける一手もないまま、糸がプツリと切れた様に共に地に膝を付けていた。
どちらの服もボロボロに破け、ただのボロ切れになっていた。今ならあの、スラム街の子供達と仲良くなれそうだ。
アルは下を向きながら、ぼそりと言う。
「……俺を殺せただろう」
「まさか! 俺も消耗してたし、何だかんだで最善手ばかりアルは打ってきた。倒せるはずがない」
「その、最善手を易々防がれた。それに、感情任せの部分が大き過ぎた」
アルがそう言うと、しばしの間静寂が訪れる。
下を向いてうつむくアルは、何というか……黒い俺の、あの、忘れられない表情に似ていた。
俺は、居ても立っても居られずアルに話しかける。
「ひょっとして、何か、後悔する事……耐えられない出来事があったのか?」
「……! どうして」
アルは涙を振りまきながら、こちらを振り向く。
「そんな表情の人を知っている。あれは、俺が聞く暇もなかったからどうにもならなかったんだけど……でも、君はまだ、何とかなりそうな気がする」
アルは顔をさらに歪める。
「俺はッ……もう、どうにも……!」
「話してくれ。俺は、そんな重いもの背負えないかもしれないけど……出来る限り協力するよ」
勿論俺が何なのかを知る為の打算でもある。しかし、そうでなくても俺は何故かこの少年のことを放っておけなかった。
アルの顔が涙と鼻水でくしゃくしゃになる。
「何でだよ……何だってお゛前゛は゛ァ゛!!」
不意に、既視感を覚える。この光景、どこかで……
俺が記憶に探りを寄せた、そんな時。
「はいはいはい、そこのお嬢ちゃん、それにアル。随分と探したよ」
その声に振り向けば、そこには青年の姿。
「グスッ……ロンさん」
アルが反応する。
「駄目じゃないか。未来で何かが起こるとはいえ、関わってくる人に危害を加えちゃ」
……!? 未来で何かが起こる……つまりは、アルは未来予知ができる、だと?
「ど、どういうことだ……です、か!?」
「ああ、お嬢ちゃん。うちのアルが迷惑をかけたようだね。すまなかった。でも、しょうがない部分もあるんだ。アルはね……
……未来で起こることを、夢で見ることが出来るんだ」
トラシアがなぜあれ程魔法を使えたのか。
まず、反射魔法と対反射魔法にはそもそも殆ど魔力消費がありません。相手の攻撃や相手の反射魔法との接触により魔力消費が発生するのです。
そこから見ると、最初の不意打ちはそもそも反射魔法が機能していない、対反射魔法は使ったけどそれ程魔力を消費する訳でもない、(イアに教えて貰ったことで魔力消費は少なくなっている)と言った理由であまり消費していません。
更に、アルが無駄にしていた魔力をフル活用する事で武器を大量生産し、アルの周囲から溢れ出る魔力で武器を操っていました。
最後の突きは幻影部分と本体部分が存在しており、本体部だけ途中で幻影魔法と交代させてます。
ここで殆ど魔力が無くなった感じです。
P.S.
思った以上に週6000〜8000文字って辛いですね。今回も結構ギリギリです。