第八話「旅立ち」
一章最後です。
初めての魔法を使った戦闘訓練の後、一ヶ月間(注 この世界の一ヶ月は二十五日)程同じような修行をこなした。
体感時間は長すぎて忘れた。冗談抜きで倍々ゲームみたく一日が長くなっていくんだぜ? 普通の人間ならもう脳のスペックが追い付かないだろう。最後の方の魔循環は際限なく時が加速するように感じたわ。
魔法もかなり使えるようになってきたが、如何せん空間や時属性の様なチートチートしているものはあまり使えない。無論使えないことはないのだけど、繊細な魔力の使用を前提としているからいかんせん連続で使用できる代物じゃない。
次元斬なんて言ってたあの技(本当は名無し)も、少ししか魔法の上書きの練習をしていない俺ですら上書きできた程単純だから(イアさん相手の)使い勝手も悪いし、何よりアレのせいで体が上下別れる地獄絵図を味わったからな……あんな技もう使いたくない。
その為そういう属性の魔法よりは、ダウンバーストを起こせる「風」の古代級魔法や、イアさんが最初の方に見せてくれた「聖」の幻影魔法、魔力さえあれば周囲全ての分子振動を止めることができる(周囲を絶対零度にする。限りなく近い温度ではなく完全に)「止」、冗談じゃなくほぼすべての物質を貫通する超高温のビームを作れる「火」と「増」の合わせ技(可能な限り高い温度でイアさんを撃ってみたが、魔力で跳ね返された。うん、知ってた)、相手が人間なら血液に少し触れただけで連鎖的に凝固を起こし殺せる「毒」の超級最上位魔法等々、チートチートしてる属性以外の方が実践では役に立つ気がする。
流石に相手を一撃で倒せるほどの魔法になると魔力操作の難易度が半端じゃなくなるのが欠点だが、術式がややこしいからか上書きはされにくい。コンマもない一瞬だがイアさんの上書きが遅れていた……気がする。
ああ、なんか俺TUEEEって感じの魔法ばっか上げたが普通に火炎放射とか水鉄砲みたいなこともできるぞ。まあイアさんとの修行ではタイムラグなしで上書きされたから無用の長物だったのだが。
まあ、ああいうチートチートしてる属性については切り札って位置付けにしておこう。
さて、話は変わるが今日は珍しく真剣なお話があるという。普段だったら千年魔循環なんだけどな。それをそっちのけでするほどの大事な話って何だろう。
魔力の扱いが上手くなったお陰で連発は出来ないけど瞬間移動も出来るようになったし、自分から行ってみるか。
……というか俺って空間魔法はそこそこだけど、時魔法苦手なんじゃないかな。イアさんによればまだスキルのポテンシャルを十分に発揮できてないらしいが……こう言うと《理解》どうなったんだ、なんて言う人もいるかも知れない。
答えは簡単。実はチートに見えた《理解》だけど、「経験」を加算する訳では無いので結局は努力が必要って事。元々センスが無かった俺は、案の定転移してもセンスが無かったんだよ……本当、天才が羨ましい。
それに修行で培った知識は覚えているけど肝心の修行内容が思い出せない。《完全記憶》さん、仕事してますか? 本当、俺のスキルは仕事しないニートが多過ぎる……。
前の《次元斬》みたいに何か『念ずる場所に我を導け、《瞬間移動》!』の様な詠唱とか名前とか言ってもいいけど、色々と心が折れそうだししないでいいや。
移動!
術式が発動した瞬間、俺は光に包まれて消える。
――そうして瞬間移動する様は、どこか、最初に異世界に飛ばされた黒板の光と似ているのであった……。
◇◆◇
「ちょっと野暮用ができちゃったの」
瞬間移動した俺を待ち構えていたのはそんな第一声だった。
「実は昔の仲間達と〝糞野郎〟を倒しに行くことになっちゃったの。そいつが七人全員でかかっても倒しきれなかったりするやつでね」
「はぁ……。けど、イアさんより強いってことは、そいつはイアさんを殺せるんじゃないんですか?」
「それは無理ね。世界の均衡を気にするようなやつだから、私達が敗れてもきっと見逃すはずだわ。だから今まで通りに最終的には殺せるようにしていてちょうだい」
「き、均衡……? 神か何かに喧嘩を売るんですか……?」
「あれは『神』なんて崇高な存在ではないわ。むしろその逆。悪魔、いや邪神とでも言ったほうがいい存在。絶対に倒さなければならないわ」
何だか結構やばい存在のようだ。俺の会った神様とはえらい違いだな。正直大概だとは思うけど邪神、と言うまで酷くは無かったし。
いや、でもイアさんの昔話で他の人との戦闘を禁じたのはあの馬鹿神だよな? もしかすると、もしかするか……
それはともかく、俺はいつものことをすればいいだけだ。幸い日常とか習慣をするのは得意だし、イアさんがいない間もしっかりと修練を積むとしようか。
――しかし、そんな決意はイアさんの次の言葉で打ち砕かれる事となる。
「ああ、私が出かけている間のことだけど、丁度いいし、あなたに旅をさせようと思うわ」
「ふぇ!?」
「少し解析に時間が掛かったし、どっかの誰かさんの加護のせいで完全には判らないけど、今のあなたをどう強化しても私を殺すことはおろか、倒すことすらできないって解析できたの」
「おぅふ……」
まじか。まあイアさん殺せないのは察してたけど……
と、いうか遂にこの場所から離れるのか。不安と同時に期待もこみあげてくる。異世界っぽい生活とか無縁だったしなぁ。
「今のあなたならね」
あれ?なんか悪寒を感じる。まるで全力でバッドルートに進んでるような気がするんだ。気のせい……かな?
「界渡り……してもらうわ」
「……ああ、終わった。俺の人生も普通の人よりは長く過ごせたけど異世界の他の人の家で生涯を終えてしまうなんて。せめて最後に一回は家族に会いたかった、家族の前で看取られたかった……母さん、父さん、そして妹よ。僕は今からあなた方よりも先に旅立ちます。どうかお許s「ちょっと待ちなさい」」
「流石に今すぐ界渡りをするわけじゃないわ。今のあなたじゃ絶対に無理。精神ごと時空の狭間で死に絶えるでしょうね。
そもそも界渡りって何か心の支えとなるものがあったほうがいいのよ。あなたにはそれが決定的に不足してる。
だから、私のように自分の強さでもいい。偶像崇拝でもいい。将又他の人の支えでもいい。この世界で旅してそれを得て来なさい」
そういうことか。確かに今界渡りをすると絶対に失敗する。だけど、何かの支えでその試練を乗り越えられるようにしようってことか。理にかなってる。
「わかりました」
「でもその状態じゃあ何でもできちゃうから一つ制約を作るわ。簡単に言うと魔法であなたの能力を大幅に制限するものよ」
どうやらそう簡単にはいかせてくれないらしい。
「更に、来る時が来た時の為にこれも渡しておくわ」
そうして渡されたのは透き通るような青い宝石の指輪。
「これは界渡りする魔法を込めた立体精巧魔法陣。魔力さえ入れればすぐに界渡りができるわ。本当に機が熟した時に使うのよ。取り返しのつかない結末を見たくなければね」
何と。これは魔法陣なのか。
起こす魔法は俺にとってトラウマ以外の何物でもないものだが、形状は美しく、最早芸術的とさえ言える。
「渡すものはこれぐらいかしらね……私も鬼ではないし、何処かの街に転移させるわ」
へ? 指輪だけ……だと!? ちょっと待て。
「ええっ!? 他になんかないんですか? 一日暮らせるお金とか、それぐらい……」
「大丈夫。そんな時こそ機転を働かせるのよ」
ええ……色々と無茶振り過ぎる。
俺は溜息をつきたくなったが……この一ヶ月でそれが〝イアさんらしい事〟だという事は分かっていた。その為少しうんざりはすれども、無茶振りをしてくるイアさんが何処か憎めないのであった。
「ということで、最後にこの一ヶ月の集大成として一戦交えましょう?」
だからか俺は、イアさんが目を輝かせて言ったその提案に……
「ハイ!」
迷わず返事をするのだった。やっぱりイアさんはそう来なくっちゃ。
◇◆◇
イアさんとの戦いの場所。それは、流石に(この周辺の土地が)危険だという次元の違う理由で何もない平坦な無人島になった。
正面には、イアさんが仁王立ちして余裕綽々として構えている。
正直緊張する。この世界がゲームなんかじゃないってことはとっくに分かりきったことだけど……ここで倒せばゲームクリア。でも、負けイベント。そんな、ゲームの序盤でラスボスと戦う様な心持ちになってしまう。
ドクン、ドクンと心臓の一拍一拍すらはっきりと感じられる。
そんな中……
「では、始めましょうか。ルールはそうね……ハンデとして私は出来るだけ魔法を使わないことにします。先手は譲るわ。私はあなたが初手の魔法を完成させたら動きましょう」
イアさんの一言で俺の修行した一ヶ月、最後の決戦は始まった。
◇◆◇
まずは小手調べだ。
魔法式を作成、魔力を注入……実行!!
途中イアさんの術式に対する干渉が入るが、〝ハンデ〟のせいか干渉が遅かったお陰で無理やり押し通すことに成功。この速度の書き換えなら幾らでも魔法を使えそうだ。
途端、俺の体は瞬間移動してイアさんの懐に入る。
そのまま魔法で打撃を強化して連打。同時に「風」属性でイアさんの重心をふらつかせて、体型のせいで出せない体術以外に教えられた近接戦の技術を余すことなく使っていく……が。
回し蹴りにストレート、エルボー。そして魔法を利用した急旋回からのかかと落とし。それら全てを赤子を捻る様に難無く躱されていく。
攻撃を繰り出しては軽く躱され、そこをまた追撃する。そんなことを繰り返す内、舞台は無人島から海の上へと移って行った。
「糞ッ!」
俺は当たらない攻撃に焦り、魔法を使う。最早詠唱なんて生温い事はしてられない。
ザッパアアン!
水属性上級上位魔法。水に様々な物質の特性を付与する魔法だ。
俺は水をナイフの形に象り、そのまま真上のイアさん目掛け「動」の属性……物体の動きを魔力で増大する属性で加速しながら一直線に飛ばす。
勿論イアさんは数千は降らないであろう数のそれも容易く躱すが……そこが狙いだ。
俺は「静」……物体のの動きを魔力で減少させる属性を使って周りの音を消しながら、イアさんが避けたであろう位置に魔法で増強した蹴りを利用したソニックブームを放つ。
しかし。ナイフのカーテンを衝撃が切り裂いた、その先にいる筈のイアさんは既に消えていた……それと同時、足首に強い握力ッッ!
「うわっ!」
ガガガガガガガガガッ!!
そして次の瞬間俺の視界は反転し、気がつけばそのまま無人島の地面に叩きつけられる。
反射魔法を常時展開、それに防御魔法を展開しているとはいえ、こうもされると流石にキツイ。というか、反射魔法を付与した体を素手で掴むって……この人は正気か?
俺は考える間にも全力で魔法を構築する。
それと同時に追ってきたイアさんの足元から極太の棘が彼女を突き刺さんと襲いかかる。しかし、イアさんは逆に異常な速度で突っ込んで逃げる俺を捕まえて空高く飛び、槍目掛けてぶん投げる。
側からから見れば絶体絶命だが、俺も無策ではない。隠しておいたもう一つの魔法を実行する。
「……発動」
瞬間、イアさんは瞬間移動並の速さでその場を離れた。
そしてイアさんがいた場所には音速など生温いほどの速さの水流が襲う。
対して俺は……脳〝自体〟のスペックを魔法で上げ、空間魔法でイアさんの背後に瞬間移動し、時魔法で出来る限り時間の流れを遅くする。
そしてイアさんの背後から「毒」魔法で作った最上級の液体毒を先の「水」属性で硬度を最大限に上げ槍の形に変形し……思いっ切り突き刺す!
普通なら勝負あった……そんな局面。しかし。
毒の槍は彼女の体に当たった瞬間破裂する。俺は全力で瞬間移動し、距離を取る。
イアさんは、そんな俺の方に振り向いてこう言い放った。
「まさか、私の体がこんなチンケなものに貫かれる程柔だなんて思ってないでしょうね?」
「化け物め……」
俺はその姿を見て思わずニヤリと笑ってしまう。あの長く苦しい修行の成果を思う存分発揮できるこの状況に至上の喜びを覚えていた。
……が、しかし。
「どうしたの? あなたは恵まれているのよ?」
「え……?」
豹変したイアさんのその言葉を聞いた瞬間、俺の表情は凍りついた。
「あなたはあの時もそうだった。
自分にとって有意義な選択……そんな事すら考えずに、ただ、なんとなく。一応。そんな風に全てを決めて行ったわね」
「……うるさい」
「だから、自分の大切なものを守れなかった」
「……うるさい」
「ああなったのも、全てあなたのせい。全部、あなたのせいな「うるさいっていってんだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ドバンッッ!!
イアは唐突に受けた衝撃にはじき飛ばされたが、何とか体勢を立て直す。
途端、真の体はどす黒いものに包まれ……形を変える。
金髪の美しい幼女は、髪を黒く染め、目を赤く光らせ……その容姿を全く違う禍々しいものに変貌させていた。
そうして生まれた黒い鬼神は、恐ろしい瘴気を放ちながらこう、言い放つ。
「てめえは、ぶっ殺してやる」
本当の戦いが……始まる。
◇◆◇
「……あれ?」
ここは……いつもの寝室?
「俺はイアさんと戦ったんだよな。うん。そうして……そうして、どうしたんだ?」
どうしたことか……俺にはその先の記憶がどう考えても思い出せ無かった。
しょうがないので記憶に頼るのをやめ、何が起こってここにいるのかしばらくの間考えていると、イアさんが入ってくる。
「あら、目覚めたのね」
それからイアさんに言われたことはこうだ。
俺はイアさんと戦い、敗北。そのまま意識を失いイアさんに運び込まれた。
そこで俺は、首を傾げる。イアさんに負けたのはまあ、納得できるけど……
「記憶……は?」
役立たずで信用出来ないとはいえ……《完全記憶》はどうなったんだ?
しかし、その答えは想像以上に呆気なかった。
「記憶がないの? 多分脳震盪でも起こしてしまったんでしょう。最後の一撃はかなりの威力だったから」
俺はイアさんに、脳震盪を起こす程完膚なきまでに叩きのめされたっていうのか。
「ハァ……」
勝てるとは思ってなかったけど、正直落ち込む。少しは強くなったと思ったのにな……
「頑張りなさい。私に一回負けたからってそれで人生が終わるわけでもない。何よりこれから強くなるために旅に出るんじゃないの」
……そうだ。相手は二億年生きてる様な人間。数万年や数十万年……それっぽっちの訓練をしただけで相手できるほど二億年って数字は軽々しくないんだ。
これからさらに強くなって……そして、イアさんを超えてやる。
俺はイアさんに元気付けられたことですっかり調子を取り戻していた。
「じゃあ、あなたも起きた事だし出発しましょう。
最後に、一ヶ月間私の元で修行した証として名前をさずけます」
「あなたの名前は……
……トラシア」
それを聞いた瞬間、胸の中で何かが燃えるような感覚と共に、今までの辛い日々が思い出される。イアさんとの修行。酷くきつかったけれど、その過程で俺は脳筋で、陽気で、誰よりも歳をとっている筈なのに大人ぶってる様な、そんなどこか憎めない「イア」という人物を好きになっていたのだ。
俺は誓った。その道はとても険しくどうしようもなく困難な上、最後には悲しみが待っている。それでもこの歳の離れた師匠であり、今や俺にとって大切な人であるイアさんの〝たった一つの願い〟を必ず……必ず聞き届けると。
「感慨にふけるのもいいけど、そろそろ転移するわよ」
「ハイ!」
「少しの間だけど……さようなら」
途端、幻想的な光の粒が溢れ出し、俺はそれに飲み込まれて消えた。
◇◆◇
「正直約束を破っちゃったし、申し訳ないことをしたわね……」
「修行の途中、違和感を感じたから今回の戦いで『聖』属性……幻影魔法を使い界渡りもどきの事をして〝心の深淵〟を半強制的に覚醒させたのだけれど……」
「私に全力の三割を出させるなんて……おかしい。あの子は元々才能がある訳でもないし、界渡りしたからってあれ程強くはならない筈」
「それに、以前から薄々感じてた私の違和感しか無い記憶……」
「これってもしかして……」




