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すれちがい、恋初め、恋結び、 ~ほろ苦くも甘い初恋~  作者: 鯣 肴
第一章 助け、助けられて、彼は思い出し、彼女は恩返す。
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第9話 彼が封印した彼女との出会いの過去 Ⅱ

 少年にとって、明らかに不味い、一週間前の一日。だが、その日の全時間帯に渡って、不味いことが分布していた訳ではない。


 消去され始めの部分である朝家を出るときから追体験は始まり、普段の日常と寸分変わりない風に進んでいく。そして、特に何事も起こらず、その日最後の授業が終わる。


 その日が新入生の部活の体験入部解禁日であり、強制参加の合同説明会があったせいで、下校時間が少しばかり後ろへずれ込んだことくらいだった。


(元から部活に入るつもりもなく、誰かとそういう話題の話をする訳でもない。成程。無関心故に、こんな大きな矛盾に気付かなかった訳か。部活の合同説明会なんて、高校生活始まりたての新入生にとって関心の高いイベントだ。記憶から抜け落ちていたら、すぐさま違和感を覚えただろう。俺はやはり少々、周囲に比べて冷めているということだろう)


 急々と教室を出て下校する。


 帰宅部の学生にとっては下校時間に入っており、仕事が早めの時間に終わる社会人の帰宅時間に入ったばかりのこの時間帯なら、早めの仕事帰りの社会人ともギリギリ被らず、三両編成のガラガラの電車に乗ることができるからだ。


(人が増えない内に、空いてる電車に乗って帰りたくて、その上、間に合うか際どいから走って帰る、ということか)


 そうやって、自分のその日の思考も受け取りながら追体験を続けている彼は、そこにきて、気づく。あの女の子と自身が遭遇する可能性があるのは、後は、家までの帰り道のみ、だと。


(不味い……。俺はあの子の家なんて知らない。俺とあの子が帰り道被るとしたら、学校から駅までと、帰りの電車。そこまでの範囲でしかない……。で、恐らく、きっと、俺にとって都合の悪い方になる、とするなら、)


 そうして、駅へと到着し、改札を通り過ぎる。丁度電車は駅に停車しており、今にも発車する寸前だった。


(ここに来るまでにあの子を見掛けてはいない。そして、このホームでも、いる感じはしない。杞憂きゆうか? いや、それはない。それだけは、ない……。つまり、答えは一つ。あの子はもう、電車に乗り込んでいる。そういうことだ。)


 思考に合わせて体は動いてくれる訳ではない。今は不自由な追体験中なのだから。だから、彼女が本当に今、後ろから迫って来ていないかや、ホームにいないかとか、今まさに乗り込もうとしている電車の最後尾以外の車両に彼女がいるか確認することもできない。


 最後尾に乗り込んだところで、扉が閉まる。彼女はそこにはいない。そこには彼一人だった。


 そこで彼の心に浮かんだのは、何となく、先頭車両から、電車の進行方向真正面の景色を見ようという、思いつき。そして、そこから体は、次の車両へと歩き始める。


 どんどんと不味い方向に流れていく追体験に、背筋がぞっとして、


(ってことは、おい、まさか……)


 考え得る限りの最悪が待ち構えているかも知れないと覚悟する。






 今更になって、体の動きに際して確認した右手。この段階で、右手のてのひらには未だあの傷はない。


(この日から一週間と一日前の、あの痴漢ちかん。そいつが、再び彼女に牙をいた、なら……? あぁ、辻褄つじつまが、合う。突拍子も無いような理であるはずなのに、成立してしまう……。恐らく俺は間に合うのだろう。今から次の駅に着くまでに、あの子をあの顔も覚えていない痴漢から再び救うのだろう。今度はそいつは、刃物を持っている、と……。駅員に引き渡さなかったばかりに、こんなおろかしいことになる、のか……?)


 彼の頭の中で、これまで点でしかなかった事象が繋がり始める。


(そうに違いない……。あの痴漢の顔を姿を、全く覚えていないなんていうのは、幾ら何でも、おかしいだろう……。痴漢を捕まえた。そんな出来事、犯人の特徴の一切合切を忘れる筈なんて無い……。母ちゃんが、いじったってことだ……)


 追体験から流れ込んでくるその日のその時の思考や感情よりもずっとずっと早く、今の彼の思考は加速し始める。


(恐らく俺が頼んだのは、この日の記憶の消去だけ。それでは駄目と思った母ちゃんが、この日から一週間と一日前の記憶の一部を消した)


 そして、母親が今回記憶に仕込んだ作為は、悪戯ではなく、確とした目的のある、狙って組まれたものであると感づく。


 仕込みは三重。


 一段回目は、消した記憶部分の処理。意識しなければ気付かない記憶の欠落。しかし、指摘されたりして一度注目してしまうと、分かる位には違和感が出る位に、その処理は杜撰ずさん。程良く杜撰。そう言った方がいいかも知れない。だから、彼がそれに勝手に気付くか、彼女と再び会ったときに気付かされるか。


 二段回目は、彼がそれに気づいて記憶を戻して欲しいと言いに来ることを、母親は、消した記憶の内容そのものから確信していた。それの念押しでもあった一段回目での仕込みもあり、彼はその記憶について非常によく考える状態になっている。だから、そこで、記憶消去を掛けているのは、二日分。一週間前と、二週間と一日前の伏線の二通りから成ると明かす。何故二週間と一日前の分も消しているか、その答えである、後者は前者の伏線であることは明かさない。そう、更に失った記憶について深く考えざるを得ない状況にした。


 三段回目は、記憶を戻す際に見ることになる追体験の順番。二週間と一日前から先に見せ、続いて一週間前のものを見せる。すると、それなりにさとい彼は追体験した二週間と一日前の記憶が加工されていたことに気付く。そして、二週間と一日前が一週間前の伏線、つまり、因果になっていると気付く。そして、恐怖する。自身の愚かさに怒りすら覚える。自身の軽率さに青褪める。そして、一週間前のその記憶の重みを知る。


 彼は、それを大体想像できてしまっている。だから、彼の精神は、その想像を前提とした、事件の結末まで思い描いてしまって、ぼろぼろだった。


(つまり、俺はこの日の記憶を忘れるべきではなかった。そう言いたいってことだろう。そして、そう心から俺にそう思わせたくて、知らしめたくて、このような手段を、母ちゃんは取った。そういうこと、だ……。なら、きっと、辛いのはここからだ……。俺があの子の英雄になるまでに、あの子は何を傷つけられるのだろう、何を喪失そうしつするのだろう。無傷であるなんて、到底思えない……。きっと、俺は、その重さに、耐えられなかったんだろう……。だが……、それでも、もう退路は断たれている……)


 それでも、彼はそれから目を背けることは許されない。彼自ら一度捨てたそれを拾い上げてしまったのだから。そうして彼は、覚悟した。


 かばんを携え、次の車両へのとびらへ、差し掛かった。

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