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すれちがい、恋初め、恋結び、 ~ほろ苦くも甘い初恋~  作者: 鯣 肴
第一章 助け、助けられて、彼は思い出し、彼女は恩返す。
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第8話 彼が封印した彼女との出会いの過去 Ⅰ

「ふふ。処置を行う前に二つ教えてあげる。今後に活かしなさい」


 椅子に座る少年を見下ろしながら、少年の母親はそう言って、彼がそれを聞きたいかどうかの返事すら待つことなく一方的に話し始めた。


「一つ目。あんたが、消去を望んだ記憶は一日分じゃなくて、二日分。正確には、一日ほぼ丸ごとと、もう別の一日の極一部といえる数時間。どちらも、ある女の子が関わる記憶。片方は大体二週間位前。もう片方はぴったり一週間前。一週間前のが、あんたが、私に記憶消してくれって頼みに来た原因となるエピソード。二週間前のは、あんたが、ある女の子との出会いから完全に忘れようと、一週間前の記憶の消去の補完として、消去したもの」


「……」


 全て知っている、見通しているかのような一方的な物言いに彼は耐える。それが重要な情報であることは間違いないのだから。


 それに、今ここで歯向かって、記憶を戻すのを止められるのは避けなければならなかった。


「二つ目。ほぼ間違い無く、その女の子は、あんたに対して悪感情は抱いていない。あれだけのことがあったけれど、あんたがしたことも相当のこと、いや、それを上回る程に勇者的で紳士的しんしてきだったから。白馬の王子様、的な? 大袈裟おおげさな話の構成をした少女漫画とかで、もしかしたらあるかも、っていう位にあり得ないエピソードよ。一週間前のは」


「……。ありがとう、母ちゃん……。早くしてくれ……」


 彼は力無くぼそぼそっとそう言った。少年の母親はそれを鼻で笑い、奥、壁の向こう側へと消えていった。


 目をつぶって、あの女の子のことを思い出す。名も知らぬ彼女を。向日葵ひまわりの香りする彼女を。自身を助けてくれた、一見小動物チックで、それでいて心のしんに強さを持つような彼女を。美人というより、可愛いという感じの小さな女の子である彼女を。


 そんな彼女が、自身に明かしてくれた真実の断片が、想像だにしない羞恥しゅうちであったにも関わらず、その時の記憶を失っている自分に、助けてくれたのは自分だと確信してくれた上で、色んな意味で危険すら含むそれを明かしてくれたことを思い出す。


(何故、あの子は、あれを口にできたのだろう?)


 すると、聞こえてくる、スピーカー越しの、母親の声。


「あぁ、そうそう」


 彼は回想を邪魔されて不快な気分になる。


「二日分一回で続けて再生するから。それと、思い出したからって、エッチぃこと考えて、オカズにしちゃぁ、駄目よ。ふふふふふふ」


 いらっとして、後半部は無視する。そして、彼は、心の中で呟いた。


(母ちゃんなんて、嫌いだ……。あぁ、成程、俺の好みは、母ちゃんの容姿と真逆を行っているのはそういう理由か)


 と、そんなどうでもいいような事を思い浮かべながら、彼は光に包まれる。流れ込んでくる、忘れ去られた記憶を、まるで追体験するかのように、思い出してゆくのだった。







 二週間位前。正確には、二週間と一日前。


 学校へ向かう行きの電車で痴漢されている女の子を助けた。その女の子というのが、今日自分を助けてくれた彼女と一致していた。


 彼女を痴漢した犯人の顔はその日の記憶には残っていないようだった。誰が彼女に痴漢したかなど、その時はどうでもいいと思っていたからだろう。


(満員電車であったことから、このときは、彼女に俺の顔は見せていない。こちらから一瞬彼女の顔が見えただけだ。紙片に書いての遣り取りは手間だったが何とかなった。両手を空けることは容易だった。満員電車な為、扉が開かない限りは犯人は逃げようなんて無かった訳だからな)


 彼女とそうやってり取りしていくうちに、彼女が引っ込み思案であり、大事にするのは止めて欲しいようだったから、できる限り穏便に、尚且つ、彼女が犯人と顔を合わせなくて済むように済ませることにした。


(だから、これ以上の面倒は御免だと、紙片に最後に、『俺だけで後は処理しておくことにしよう。そうすれば、大事にはならない。何、心配しなくとも、再犯の目はちゃんとつぶしておく』、と書いて)


 電車が駅に到着し、扉が開き、彼女は他の乗客に紛れて出ていく。逃げられないように犯人の手の指の関節を極めつつ、犯人の耳元で、騒いだ場合折ると警告しておき、犯人と共に、降車する客がいなくなるまで車内に残り、ホームの人もある程度はけたところで降りた。そして、電車が発車するのを尻目に、電車の進行方向の反対方向のホームの端に連れていき、犯人に警告した。


 口頭注意に留め、次またそういうことをしたり、彼女の視界に意図的に入ってくることがあれば許さない、と、自身が年不相応に厳ついことを利用し、鬼の形相ですごんで警告するに留めた。


(甘いと分かっているが、俺は彼女の意図をんだ訳、か)


 たったそれだけの話。唯の軽い人助けでしかない。


(で、彼女に顔を合わせないのは、俺自身にとっても都合が良かった。こんな当然のことをしただけで、感謝されたり、お礼をされても困る。何より、俺は目立ちたくなかった。……、にしては、色々と杜撰ずさんだが……)






 場を構築する光景が崩れ落ち、真っ暗になり、再び光に包まれ、新たな光景が形成されていく。


(二週間位前の記憶は特に問題無かった。問題無いというには、色々と不手際が目立ったが。だが、そんなもの、今から見ることになる、丁度一週間前の記憶と比べたらどうってことは無いだろう。今から見ることになるこれは、きっと、割とどうしようもない気分になるものなんだろうと分かっているから……。そう。少なくとも、その記憶を消し去りたいと思ってしまい、実行してしまう程度には……)


 そして、メインである、丁度一週間前の一日ほぼ全部の記憶が再生され始める。


 それを追体験していくうちに、彼は、とことん困惑し、苦悩することとなるのだった……。母親の口から事実を聞き出すに留めず、記憶を取り戻すことを選んでしまったことを、深く深く、悔いるのだった。


 そしてその悔いは、その場では終わらず、後に彼女に許して受け入れて貰えても消えることなく、後々まで尾を引くこととなる。彼自身の心に深く深く打ち込まれたくさのように、まとわりつき続けることとなる……。


 始まり方を間違えた歪な関係、として……。

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