第35話 やっと知った互いの名前、やっと始まる二人の関係 Ⅲ
プッ、プッ、プッ、ピィィィィィ。
ズッ、……、
女の子は、その音に反応して頭を起こし掛けて、また少年に頭をぶつけそうになっていることに気付いて一瞬止まり、
サッ!
地面に両手をついて、気をつけて立ち上がって、未だ座ったままの彼に尋ねる。
「え、今のもしかして、12時の時報?」
スッ。
「そうだが」
彼も立ち上がって、そう、それがそんなに重要なことなのか、自分にはそうは思えないが、とでも言わんばかりに、首を傾げながらそう言った。
「……」
彼女は無言でぽかんとしている。
(えっ、えぇぇぇぇぇ~)
彼がそんなことを言うなんて、彼女には信じられなかったから。学校をさぼるなんて、確かに彼は外見的にはとても頻繁にやっていそうに見えるが、彼の内面を知っているなら、彼がそんなことやるどころか、冗談として口にすることすら無いだろうと分かる。
(朴木君、こういうこと言わなさそうなのに)
「もう、今日はさぼってしまっても構わないと思うぞ。向日葵ちゃん」
と、彼は両手を組んで、胸を張って、微笑を浮かべながら、やけに自信たっぷりげにそう言った。まるで、微塵の疑いもなく、そうすべきだと思っているとその姿勢は主張しているかのよう。
だから流石に彼女も気付く。
(ん? あれっ? もしかして、)
気付くが、
「いや、でも……」
(私を気遣ってくれて? 私が倒れてからこうなった訳だし……)
やはりまだ少し申し訳ない気持ちがあった。そして、それは彼の顔色を見て、空気を読んで云々ではなく、彼女自身が、本心からそう思っている。自分を削っての遠慮ではなく、唯の本心そのものだ。
だからこそ、
「一緒にさぼろっか、向日葵ちゃん」
(やっぱり、そうだ! けど、それだけでもないような? だって、とっても嬉しそうだし)
たった一押しでころりと転げる。
「……。うんっ、そうしよっか」
(じゃあ、いいよねっ! うん!)
彼女はちょっと迷ったが、彼とこうやってゆっくりで心地良い時間を味わう方がずっと良さそうだと思って、あっさり流されるのだった。
二人は楊貴妃幹の前、枝の下、並んで座っている。そこは、だいぶ、通学路である農道みたいなコンクリートの細い道からは結構離れている。道からであれば、遠く見上げれば視界に入る学校がこの場所からでは見えないのだから。
そして、学校から見ても二人でいると誰かに見られる位置でもない。だから、この現在進行形のさぼりはばれないし、男女で二人でいると噂を立てられる心配もない。通学路である道から離れているのだから、もしかしたらいるかも知れない遅刻してくる生徒にも見られる心配はない。
だから、何の心配もない二人の間には、穏やかでゆったりとした時間が流れる。
「向日葵ちゃん。俺ってさ、こう見えても、不可抗力以外で学校さぼったのって初めてなんだ」
暫く続いた無言から、口を開いたのは彼だった。それは、彼にとって、カミングアウト的な、仰天させる為の発言だった。そして、彼にとっての鉄板ネタでもあったのだが、彼女には全く通用しなかった。
「うん、とっても慣れてないように見えるよ。だって、朴木君って物凄く真面目だよね? 頭は回りそうで、知恵も周りそうで、博識だけど、融通聞かない感じするし。ルールとか、絶対に守らないといけない、って思っちゃうタイプだよね?」
それでも滑った風にはならず、こんなよく分からない着地と相成ったが。
彼女はやたらに彼に踏み込んでいる。普段の彼女であれば絶対しない言葉選びの数々。受け取りようによっては、侮辱に思われても仕方無いような言い方が並ぶ。だが、それはこの場では決して侮辱にはならない。彼女にはそうだと何となく分かっていた。
(朴木君は、意味を取り違えない。悪く捉えない。悪く見ない。そういう真摯で真摯な人なんだなって、もう十分に分かってる。だから、こんなにもリラックスしてお話できるのかも知れない。下の名前にちゃん付けで呼ばれるのにも、何だかすっかり慣れちゃったし。でも布団とかに入って寝転んでるときの落ち着きとは違うんだよね。どう違うかっていえば、今はとっても、心があったかいってこと)
「ほう、随分踏み込んでくるな。異性の友達付き合いって、こういうものなのだろうか? 勉強になる」
(そう。こうやって偽らないのに、真っ直ぐなのに、全然嫌じゃない。寧ろ心地良いくらい。こうやって、ありのまま、話せる相手っていうのを、私はきっと、求めてたんだ。だからこんなに、落ち着くんだろうなぁ。そして、彼も、何か、求めていたものが、私から見つかったんだろうなぁ。だって、そうじゃないと、こんな心の奥底から嬉しそうに楽しそうになんて、できないよねっ)
「ふふっ、何それっ。勉強とは違うよ、朴木君。それと、これ、同性異性置いといて、割と特殊な友達付き合いだと思うよ」
「ほぅ?」
彼は首を傾げながら、目で彼女に尋ねてくる。それは、とても知的で、好奇な、微笑。
「何だと思う?」
そう、彼女は楽しそうに疑問に疑問で返し、彼のを向き、彼の方へと顔を近づけていき、数センチの距離で、止まる。それは、息の掛かる距離。息の音すら、互いに聞き取れる距離。二人は互いに目を逸らさない。じぃぃっと、ニヤリとしながら、互いを見つめ合っている。
そして――
「はははははは――」
「ふふふふふふ――」
二人は同時に笑い出した。互いに息が掛かることも、唾が掛かることもきにせずに、愉快に笑う。そして、彼が、
「成程、よく分かったよ」
「でしょぉ?」
(やっぱり、分かってくれるんだ。そう。こういうのって、親友って言うんだと思う。友達を通り越して、親友。それ位に、気が合う。一緒に話してて、一緒にいて、落ち着く。とっても自然。それって、とっても特別だよね)
と、互いに微笑し、締めくくった。
今日の正午過ぎに、第二章最終話を投稿する予定です。




