第四十話 兄弟たちの良心
兄弟たちの胸に生まれた痛みは、日を追うごとに深くなっていった。
マッセオは、決して不平を言わなかった。朝、誰よりも早く起きて門を開ける。訪れる人々を迎え、施しを与え、必要な言葉をかける。厨房へ戻って食事の支度をし、兄弟たちが食卓につくころには、すでに何度も門と厨房のあいだを往復している。
それでも、誰かが門を叩けば、マッセオはすぐに立ち上がった。食事の途中でも。祈りの途中でも。夜、ようやく腰を下ろしたときでさえ、外から声が聞こえば、疲れた身体を起こして門へ向かった。
その姿を見ているうちに、兄弟たちは次第に口数が少なくなった。
マッセオが門の外で食事をしている間、彼らは建物の中で食卓を囲んだ。器に盛られたわずかな食事を分け合い、祈りを唱えた。けれど、誰も心から落ち着いて食べることができなかった。
門の向こうから、マッセオの声が聞こえる。
「どうぞ、お入りください」
「少しお待ちください。いま、食べるものを用意します」
「あなたのために、祈りましょう」
兄弟たちは、その声を聞きながら互いの顔を見た。誰も、はっきりとは言わなかった。しかし、皆が同じことを思っていた。
――これは、あまりにも重い務めではないか。
――なぜ、すべてをマッセオ一人に負わせているのか。
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ある夕方、雨が降った。風を伴う冷たい雨だった。門の外にいるマッセオの修道服は、すっかり濡れていた。髪から雫が落ち、手は冷たさで赤くなっている。それでも、彼は門のそばを離れなかった。
雨の中を、ひとりの母親が幼い子供を抱いて近づいてきたからである。子供は熱を出していた。母親は何度も頭を下げ、どうか助けてほしいと訴えた。
マッセオは、すぐに屋根のある場所へ二人を入れた。火を起こし、乾いた布を探し、温かい水を用意した。厨房へ戻ると、残っていたパンを柔らかく煮た。その間も、別の訪問者が門の前に立った。マッセオは、その者を待たせなかった。雨に濡れながら、ひとりひとりに応じた。
兄弟たちは、建物の中からその姿を見ていた。
レオーネ修道士は、握っていた匙を置いた。
「もう、見ていられません」
低い声だった。向かいにいたベルナルドが、顔を上げた。
「私も同じことを思っていました」
「マッセオ兄弟は、私たちと同じように修道士です。いや、私たちよりも深い恵みを受けている人かもしれない。それなのに、どうして彼だけが、これほど多くの仕事を負わなければならないのでしょう」
誰もすぐには答えなかった。フランチェスコの命令に逆らいたいわけではない。フランチェスコがマッセオに務めを与えた理由も、彼らにはわかっていた。
マッセオには、人々の心を慰め、神の言葉を伝える力がある。その力が、称賛を受けるうちに、彼自身の誇りへ変わってしまうことを、フランチェスコは恐れているのだろう。
人前に立つ者が、見えない場所へ退く。言葉を語る者が、言葉より先に手を動かす。それは、マッセオにとって必要な訓練だったのかもしれない。
けれど、必要な訓練であることと、ひとりにすべてを負わせてよいことは、同じではなかった。兄弟たちは、そのことに気づき始めていた。
「マッセオ兄弟は、命令だから従っています」
若い修道士が言った。
「自分から苦しみを求めているわけではありません。それでも、私たちは彼の従順に甘えているだけではないでしょうか」
別の兄弟が、静かに頷いた。
「彼は、私たちのために、食事の時間さえ外で過ごしています」
「訪問者が来れば、祈りも中断する」
「夜も、十分に眠れていない」
「厨房の仕事まで、すべて一人で引き受けている」
ひとつひとつの言葉が、彼ら自身の胸を責めた。
マッセオが不平を言わないからといって、苦しくないわけではない。彼が喜んで従っているからといって、疲れていないわけではない。
従順な人は、助けを求めないことがある。自分に与えられた務めを、神から与えられたものとして受け取る。だからこそ、周囲にいる者が、その人の限界を見なければならない。
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その夜、兄弟たちはマッセオが戻ってくるのを待っていた。
マッセオは、遅い時間になってようやく厨房へ戻った。濡れた衣を脱ぐ暇もなく、空になった鍋を洗い、明日のための薪を整えようとした。
「マッセオ兄弟」
ベルナルドが声をかけた。
「はい」
「もう、休んでください」
「まだ、片づけが残っています」
「それは私たちがします」
マッセオは、穏やかに首を振った。
「これは私に与えられた務めです」
「あなた一人の務めではありません」
ベルナルドの声に、マッセオは顔を上げた。その場にいた兄弟たちは、皆、マッセオを見ていた。責める目ではない。心配する目だった。
マッセオは、その視線を受け止めた。
「父が私にお命じになったことです」
「私たちも知っています」
レオーネが言った。
「だからこそ、父にお願いしなければなりません」
「お願いする?」
「この務めを、私たちにも分けていただくのです」
マッセオは、しばらく黙っていた。
「私は、苦しいとは思っていません」
「あなたがそう言うことも、私たちは知っています」
「ならば、なぜ」
「あなたが不平を言わないからです」
レオーネは、ゆっくりと続けた。
「あなたが従順だから、私たちは何もしなくてよいのでしょうか。あなたが耐えられるから、私たちは見ているだけでよいのでしょうか」
マッセオは答えなかった。レオーネの言葉は、胸に深く入った。
従順は、ひとりで苦しみを抱えることではない。誰かが自分の務めを果たしているとき、それを当然のように受け取ることが、兄弟愛ではない。マッセオは、それをわかっていた。
しかし、フランチェスコから与えられた命令を、自分から軽くすることはできなかった。
「父が、私に必要だと思ってお与えになった務めです」
「ええ」
ベルナルドが答えた。
「けれど、私たちにも必要なのです」
「あなたがたにも?」
「はい。私たちは、あなたに任せることで、自分たちが祈りに専念できると思っていました。しかし、あなたが疲れ果てているのを見ながら、何もしないで祈ることが、本当に神の望まれることなのか、わからなくなりました」
マッセオは、黙って彼を見た。
「私たちは、観想を求めています。けれど、兄弟の労苦を見ないふりをして得た観想が、神に喜ばれるのでしょうか」
その言葉を聞いて、誰かが小さく息を呑んだ。
マッセオは、目を伏せた。外では、雨がまだ降り続いている。門のそばに置かれた薪は濡れ、明日の火を起こすのも難しそうだった。
その薪を、明け方になればマッセオが割る。訪問者が来れば、濡れた衣のまま門へ出る。施しの食べ物が足りなければ、自分の分をさらに減らす。
その姿を見ながら、兄弟たちは祈りに退いていた。自分たちの良心が痛むのは、マッセオが弱いからではない。マッセオが、あまりにも忠実だったからである。彼の忠実さを、自分たちの安逸のために利用しているように思えたからである。
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翌朝、兄弟たちは一つの願いを胸に集まった。誰か一人が言い出したことではなかった。皆が同じ思いに導かれていた。
マッセオの務めを、自分たちにも分けてほしい。門番をする者。施しを担当する者。厨房を受け持つ者。それぞれが力を分ければ、マッセオが背負っている重荷は軽くなる。そして、自分たちも、祈りと労働が切り離されたものではないことを学べる。
兄弟たちは、フランチェスコのもとへ向かった。
フランチェスコは、ひとりで祈っていた。兄弟たちが近づいてくる気配を感じると、彼は顔を上げた。
「どうしましたか」
彼らは、すぐには話し出せなかった。フランチェスコの前に立つと、自分たちの願いが、単なる同情ではないことをはっきり感じた。
マッセオを助けたい。しかし、それだけではない。マッセオの従順を、自分たちの怠慢の理由にしたくない。神から与えられた恵みは、ひとりの人間だけに留めるものではない。兄弟たちの間で分かち合い、互いの重荷を担うために与えられるものなのだ。
レオーネが、深く頭を下げた。
「父よ。私たちは、お願いしたいことがあります」
「言いなさい」
「マッセオ兄弟にお与えになった務めを、どうか私たちにも分けてください」
フランチェスコは、黙って兄弟たちを見渡した。その目に、驚きはなかった。まるで、彼らが何を言うのか、初めから知っていたかのようだった。
兄弟たちは、さらに頭を下げた。
「私たちの良心が、マッセオ兄弟にこれほどの労苦を負わせたまま、私たちだけが祈りに退くことを許しません」
「彼は不平を言っていません」
フランチェスコが言った。
「はい。しかし、だからこそ、私たちは願うのです」
「彼は命令に従っています」
「私たちも、兄弟愛に従いたいのです」
フランチェスコは、しばらく黙っていた。
目の前にいる兄弟たちの顔には、疲れと、恥と、深い愛情が浮かんでいる。彼らは、マッセオのためだけに願っているのではなかった。自分たち自身が、マッセオの忠実さによって支えられていたことに気づいたのだ。
フランチェスコは、ゆっくりと頷いた。
「わかりました」
兄弟たちの顔に、安堵が広がった。
「あなたがたの願いを聞きましょう」
フランチェスコは、門の外へ目を向けた。そこでは、マッセオが今日も訪問者を待っている。雨は上がっていた。濡れた地面に朝の光が差し、門のそばに座るマッセオの姿を、静かに照らしていた。
フランチェスコは、彼を呼ぶよう兄弟たちに告げた。
これから、マッセオの従順と、兄弟たちの愛が、ひとつの場所で試されようとしていた。
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マッセオが呼ばれて、兄弟たちの前に立った。彼の修道服はまだ湿っていた。顔には疲れが浮かんでいる。しかし、その目は穏やかだった。
フランチェスコは、静かに言った。
「マッセオ兄弟。あなたの務めを、兄弟たちが分け合いたいと願っています」
マッセオは、兄弟たちを見渡した。彼らの顔には、決意が浮かんでいた。マッセオは、しばらく何も言わなかった。そして、ゆっくりと頭を下げた。
「私は、この務めを喜んで続けたいと思っています。しかし、もし兄弟たちがそれを願うなら、私はそれを受け入れます」
フランチェスコは、頷いた。
「あなたの従順は、よくわかっています。しかし、従順はひとりで完結するものではありません。互いに仕え合うことによって、初めて完成するのです」
その言葉は、マッセオだけでなく、すべての兄弟たちの心に響いた。
その日から、マッセオの務めは、兄弟たちの間で分かち合われることになった。門番をする者、施しを与える者、厨房を担う者——それぞれが、自分の持ち場を定められた。
しかし、それは単なる仕事の分担ではなかった。それは、互いの重荷を担い合うという、新しい生き方の始まりだった。
マッセオは、自分が特別な存在ではないことを知った。彼は、ただ兄弟たちの一人として、自分の務めを果たす者となった。そして、その中で、彼は以前よりも深く、神の愛を感じるようになった。
兄弟たちもまた、マッセオから多くのことを学んだ。従順とは何か。奉仕とは何か。そして、互いに愛し合うとはどういうことかを。
フランチェスコは、そんな兄弟たちの姿を見ながら、静かに微笑んでいた。彼が望んでいたのは、まさにこのことだった。誰か一人が偉くなるのではなく、すべての者が互いに仕え合い、神の愛を映し出すこと。それが、彼の理想だった。
その理想は、まだ小さな共同体の中で、静かに実を結び始めていた。
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*この章は、共同体における従順と愛の関係を描いている。マッセオの従順は、彼を孤独にした。しかし、兄弟たちの良心が目覚め、その従順を分かち合うことで、共同体はより深い一致へと導かれた。フランチェスコは、マッセオの務めを軽くすることを許さなかった。むしろ、兄弟たちがその務めを共有することを勧めた。これは、真の霊的指導の知恵である。従順は、個人の徳であると同時に、共同体の徳でもある。誰か一人が従順であることで、他の者が怠慢になるなら、それは共同体の病である。フランチェスコはそのことを知っていた。そして、兄弟たち自身がそれに気づくのを待った。その結果、彼らは互いに仕え合う喜びを知った。これこそが、修道共同体の理想である。*




