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第十六話 その乙女は怪異に魅入られ(6)

「俺の研究ノートだよ。これに宮瀬乙女について書き記してある」


 本ではなくノートだったのか。

 確かに皺や頁を折った痕などがあって、少し使い込まれているように感じる。


「早速解説させてもらおうか、と行きたいところだけど、まずは水成村についてご紹介しようかな」


「宮瀬さんの出身地ですよね」


「そう。山間にある小さな村で、外部との関わりが極端に薄い。住人もそこまで多くないが、この村にはある伝承があった。『龍神伝説』だ」


 今よりも昔、明時の世よりもずっとずっと昔の頃。

 水成村は干ばつにより作物が育たず、人々が飢えに苦しんでいた。

 そんなある時、どうか雨を降らせてくれと涙を流しながら天に祈る娘が一人いた。娘はそのまま祈り続けるも餓死してしまうが、彼女の流した涙の雫の痕から突如として水が湧き上がってきた。

 さらにその水と共に、突如として大きな龍が姿を現した。

 曰く、その龍は水を司る神であり、娘の熱心な思いに心打たれて村を救うために姿を現したのだと言う。

 龍神は干ばつに苦しむ村に雨を降らせ、川の流れを作り、人々が生きていけるだけの水を与えてくれた。

 それ以来村人は龍神へ深い感謝の念を伝えると共に村で祀り、十年に一度供物を捧げ、村の治水を祈願しているそう。


「というのが水成村に伝わる伝承だ。これが村名の由来にもなっている」


「へぇ……」


 水が成る村、だから水成村というわけか。

 そういう龍神信仰は全国では珍しくない話だろう。かく言うおれの出身地も地元の神が村全体で信仰されていた。


「問題はこれが全くの大嘘ってことなんだ」


「はぁ!?」


 さらっととんでもないことを言われた。

 話の流れが大きく変わってきたな。

 そんな信仰が、嘘とは。


「龍神信仰は確かにあったんだけどね、どうも村人たちが信仰している相手は龍神には思えなかったんだ。妙に思って色々調査してみたところ、面白い事実が浮かび上がってきた」


 ノートを開いてごらん、と言われたので開いて頁を捲ってみる。

 水成村についての文章がびっしりと並んでいる。

 どれだけ時間をかけて調べあげたのだろう。

 全て読んでみたいが、とりあえず今は言われた箇所に目を通してみる。


「これは……」


 思わず言葉を失うおれに、椿さんは楽しそうに語り続ける。


「龍神信仰を主導する宮瀬家は強い権力を得たことで目が眩んだんだろうね。次第に宮瀬家の人々は龍神への供物と称して人々から必要以上の搾取を行うようになり、いつしか祈祷さえもまともに行わなくなった」


 ノートには龍神の加護が失われたとされる年から、川の氾濫が多発したと記されている。

 何年何月、どのくらいの被害かなど細かに記載されているが、恐らく村で記録されていた文書などが元にあるのだろう。


「形骸化した信仰では、龍神も人々には力を貸してはくれないだろう。村から龍神は去ってしまい、その加護は失われた。だが宮瀬家の人々は地位が転落することを恐れ、龍神に変わる新たな守り神を用意した」


「そんなこと、可能なのか……?」


 つまり、信仰の形はそのままに中身をすり替えてしまったのだと。

 おれは固唾を飲んで続きを聞く。


「それが上手くいっちゃったんだよねぇ。ほんと強欲な人間ってすごいよ。当時の宮瀬家の中で一番霊力の高かった青年を生贄にして、表向きは龍神の怒りを鎮めた英雄扱いして祀りあげるなんてね」


「もしかしてそれが、あの怨霊の正体……?」


「その通り!小説では怨霊とさせてもらったけど、あれは実際怨霊の類と大して変わらないものだったからね」


「村では神だったんじゃないんですか」


「前にも話しただろう?怪異は人が怪異であると定義することで生まれる。それと同じさ。村人が青年を村を守る神として定義し続けたことで、彼は人ではなくまがい物の神として押し上げられてしまった。最も、それを信仰していない俺や外部の人間にとっては村が作り上げてしまった歪んだ化け物でしかないってだけさ」


 三滝坂の時もそうだった。

 怪異はどのように定義されるかによって存在を左右される。

 村人がその青年を神であると信じ続けた末に、彼は本当はまがい物でしかないのに神として定義されてしまった。

 そして現代になって、狂った信仰の果てに生まれた怪異は宮瀬乙女に手を出した、と。


「いくら霊力が高かったとはいえ元はただの人間だ。上手くいくはずがないだろうに、無理やり神としての型に縛り付けて何食わぬ顔で今まで信仰してきたんだからほんと恐ろしいよ」


 椿さんは呆れ顔でやれやれといった仕草をする。


「水成村がやばいってことは分かったけど、じゃあなんで怪異は今になって宮瀬さんに目をつけたんですか?」


「それはこの先に書いてあるよ」


 椿さんは俺の持っていたノートに手を伸ばし、ペラリと頁を捲る。

 おれは黙って視線を落とし、文章を読んだ。


『宮瀬乙女は水成村で唯一、───────』


 その時だった。

 椿さんの部屋の方からダンっと激しい音が聞こえてきた。

 おれはすぐさま顔を上げて音のした方向に向かう。


「おや?」


「喜兵衛さん、どうしたんですか。そんなに慌てて」


 椿さんの部屋の扉を開けたのは、この屋敷に住み着く武士の幽霊、喜兵衛さんだった。

 普段は落ち着いていて丁寧な所作をする人なので、こんなに慌てた様子は滅多に見ない。


「大変ですよ椿さん!あの方が!あの方が、来てしまわれた……!」


 今にも腰に提げた刀を抜かんばかりの険しい顔だ。

 穏やかなこの人もとい幽霊がこんなに焦っている様子なんて、一体何があったというのか。


「あーはいはい。なるほどね。来るなら来るって言ってくれればいいのに、今度は何の用なわけ?」


 椿さんがだるそうな足取りで部屋を出ていく。

 この二人、というかこの屋敷全体だろうか。なにか共通理解のようなものがあるようだが、おれは何が起きているのかさっぱりだ。


「あの、誰が来たんですか」


「見ればわかるよ。君もよく知ってる奴だからね」


 そう言われただけなので、おれは大人しくついて行く。

 不思議なことに、外から車が走り去るような音が聞こえてきた。この辺りでは滅多に通らないのに。

 そしておれは玄関先へ向かってすぐ、顔を合わせた人物に驚愕することとなった。


「……朝凪さん、と宮瀬さん?」


「こんばんは。急な訪問で申し訳ないんだけど、まずこちらのご婦人の警戒を解いてもらえないかな」


 眠る宮瀬さんを横抱きにした、困り顔の朝凪さん。

 そしてそれらを思いっきり警戒して一歩たりとも踏み入れさせんと仁王立ちする絹子さん。


 なんだこれ。

 なにがどうしてこんなことになってんだ。


「ほんっと朝凪っておれの家に向いてないよね」


 あまりの情報量におれが完全に呆気に取られている横で、椿さんだけがけらけらと愉快そうに笑っていた。


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