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第十五話 その乙女は怪異に魅入られ(5)

 降り出した雨は夜になっても降りやまず、天候は悪化する一方。

 おれはびしょ濡れで幽霊屋敷に帰ることになった。


「おかえりー。おやおや、ずぶ濡れになっちゃってかわいそうに。傘借りなかったの?朝凪とか貸してくれそうじゃん」


 玄関をする開けて早々、出迎えてくれたのはいつも通り絹子さんだったが、慌ててタオルを取りに行ってくれている間に椿さんが覗きに来た。


「借りたけど壊れた」


 おれは片手に持っていた傘だったものを椿さんに差し出す。

 強風でうっかり吹っ飛ばされてポキッと折れてしまったんだ。


「あらら。そりゃ大変だ」


「これ弁償しないといけないだろ……。やっちまった。こんなことなら最初っから濡れて帰れば良かった」


「別に傘の一本や二本ぐらいであいつは怒んないと思うよ」


「そういう問題じゃないんで。てか酒臭いんだよ、あっち行ってください」


「えー、小鞠くんはいじわるだなぁ」


 そう言いながら椿さんは上機嫌そうに去っていこうとする。

 おれが苦労して帰ってきたというのにこの人は楽しく酒盛りをしていたようだ。まあそれは別にいいんだが。

 いくら怒られないと言ってもさすがに気分的に申し訳ないだろう。

 迷惑をかけたくないと言ってはいるものの、結局朝凪さんには迷惑をかけてばかりじゃないか。


「あ、絹子さん」


「お待たせぇ!お着替えも持ってきたから早くこれで拭いちゃいなさいな」


 ちょうどその時絹子さんが戻ってきて、おれに勢いよくタオルを巻き付ける。


「まったくもう、こんなに体を冷やしちゃってぇ。人はか弱いんだから風邪でも引いたら大変よぉ」


「き、絹子さん……苦し、苦しいです」


 人はか弱いって絹子さんも元人間じゃないか。


「本当は迎えに行ってあげたかったけど、アタシたちここから出られないからねぇ。こうやって拭いてあげることしかできなくてごめんねぇ。ほら、髪の毛だってこんなになっちゃって。早くあっためてあげないと風邪をひいちゃうわ。あぁ、本当に心配だわぁ〜!」


「や、大丈夫です。ほんと、ほんとに!ちょっと!」


 髪をわしゃわしゃとタオルで揉みくちゃにされて抵抗さえできない。

 なんなんだ。おれは犬なのか。


「あ、椿さん!後でちょっと話があるんですけど」


「え?なに?もしかしてバレた?」


「いや、ちょっと聞きたいことがあって」


 で、バレたとは。

 おれに黙ってよからぬことでもしたのか。


「あ、そういうのね。分かった分かった。いつでもいいからおいで」


 おれの疑いの視線から逃れるように、椿さんはそさくさと逃げていく。

 そういう意味深なことをするのは気になるからやめてくれ。悪事は勝手にやってくれていいから。いや良くないけども。



 というわけで、絹子さんに好き勝手お世話してもらった後、着替えたおれは椿さんの部屋に来ていた。


「それで、小鞠くんが知りたいのはどんなことかな?」


 夜も更けた頃、外では未だに降り止まない雨が音を立てている。

 椿さんの部屋は相変わらず、本棚に収まりきらなかった書籍があちこちに積み上げられ、書きかけの原稿や没にした原稿が散らばっている惨状だった。


「宮瀬さんについて、少し気になることがあって」


 喫茶店から出版社に戻っても、ずっと今日の出来事が気になって仕方がなかった。


「実は今日、会社の先輩と喫茶店に行って来たんですけど、帰りに宮瀬さんを探してるっていう男に遭遇したんです。その男が言うには、宮瀬さんは自分にとって大切な人だって」


「乙女ちゃんのこと、教えたの?」


 椿さんは特に驚くわけでもなく淡々と質問を返してきた。

 この人はさっきまで酒を飲んでいたはずだが、全く酔っている素振りも見せず真面目な顔をされるので、なんだかこっちが緊張しそうになる。


「いえ、喫茶店にそんな人はいないと嘘をつきました。そしたら、すぐに諦めて帰っていったんですけど……」


「どうして嘘を?」


「ただ、なんとなく……この人に宮瀬さんのことを教えちゃいけないような気がして。椿さん、心当たりはありませんか?もし本当に宮瀬さんの知り合いだったら申し訳ないじゃないですか……」


 おれがそう言うと、椿さんは首を横に振った。


「いや。乙女ちゃんの身内は誰もいないし、許嫁も死んでるからね。元々村の人とは関わりが薄かったみたいだから、その可能性は無さそうだ」


「関わりが薄い?宮瀬さんの家は村八分だったんですか」


 そんな描写は小説には無かった。

 宮瀬さんは普通の村娘で、ふとしたことがきっかけで音量に出会ってしまっただけ。

 村の人とも普通に関わっていた覚えがある。


「あー、そうじゃないんだよね。小説には書かなかったけど、乙女ちゃんの家はちょっと特殊だったんだよ。地主とかじゃないんだけど、ま、なんていうか村の中でもちょっと格上のお家かな。そのまま小説に書くと万が一関係者に知られたら苦情入るかなって。傍系の家とか結構あるみたいだし」


「そ、そうなんですか……」


 斜め上の方向から来た。

 しかし、格上の家とはこれまた気になる言葉が増えてしまった。

 彼女の立ち振る舞いが優雅で気品に溢れているのはそれが理由なのか。


「……もしかして、巫女とか」


 ぱっと考えて思い付いたことをなんとなく呟いてみた、のだが。


「おっ、あったりー!やっぱり小鞠くんは冴えてるねぇ」


「え!?」


 なんと驚くことに当ててしまったみたいだ。

 霊的なものに好かれやすく、また浮世離れした存在ということで率直に巫女だと考えただけなのだが、まさか正解だったとは。


「この際だから小鞠くんには全部知っておいでもらおうかな。ちなみに正解だったのは今の回答だけじゃなくて、君が遭遇した男性への対応もだよ。とりあえず順を追って話してあげるからこっちへおいで」


「いや、あの、椿さん……?」


 どうした。やはり酔いが覚めていないのか、この男は。

 椿さんは本棚の中身を数冊入れ替えた後、空いた場所に手を突っ込んで何かを漁っている。

 おれには酔っ払いの奇行にしか見えない


「ちょっと、酔っ払いの奇行とか思ってないよね?」


「いや、そんなこと思ってないですけど」


「そ。ならいいけどーって、ほら空いた」


「は……」


 ガチャ、っと何かが外れるような金属音がした後、本棚がすっと奥に押し込まれる。

 その先には一部屋分の空間があり、本棚がまるで扉のようになっていた。

 一体どこにこんな空間が。間取りを考えたらこんな部屋はあるはずない。

 今おれの目の前にある部屋は一体なんなんだ。


「ちょ、椿さんなんなんですかここ……」


「俺の部屋だよ。本しかないけど。これ絹子さんにちゃんと許可取ってるから大丈夫大丈夫」


 椿さんがずんずん奥へ進んでいくので、おれは仕方なく大人しく着いて行く。

 部屋の中は壁一面に本棚がぎっしりと並んでいて書庫のようだ。

 いや、実際椿さんはそうやって使っているんだろう。

 適当に近づいて背表紙を眺めてみるが、娯楽本というよりは専門的な文献だろう。

 分厚い辞典みたいなのもぎっしり並んでいる棚もある。

 この空間の中に、椿さんが積み上げてきた膨大な時間が凝縮されている。

 おれは思わず、この部屋に圧倒されていた。

 この人がしていることはほとんど怪異の研究みたいなものだと分かってはいたが、ここまで熱を注いでいるとは。

 ありきたりな言い方しかできないけど、やっぱり椿さんにとって、怪異とは特別な存在なんだと改めて認識する。


「ここは幽霊屋敷なんだ。『家主』の思った通りに作り替えられる家なんだから有効活用しなきゃでしょ」


 椿さんはそう言いながら、一冊の本を手に取った。


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