3-3:謀略
「思考力のない新人類が、本当に観測者になれるのか?」
「自我や意思は無くたなくて、彼らだって物事を認識することぐらいは出来るよ。だったら、それを真実だと信じ込ませることさえできれば、多数決の頭数にはなるんじゃないかな」
「それなら心配ないわね。あの子たち、私たちの絶対的な信奉者だもん。私たちが言うを疑うはずがないわ」
「それにしてもまさか婦人にあんな才能があったとはのう。本当に神の啓示かと思ったぞい」
「マジで名演技だったな。前回におまえが啓示を下した時は、棒読みでひどかったもんな」
「うるさいなぁ。仕方ないでしょ。初めてだったんだから」
「まぁ、何にしても上手くいったんだからいいじゃない」
「そうじゃのう。とはいえ、猿人類の奴らが塔を完成させるのが先か、新人類が繁殖するのが先か……悩みの種は尽きんがのう」
「平気だろ。サルどもがいくら知恵をつけたからって、あれはどう見積もっても数年そこいらで完成する代物じゃなねぇよ。天に届くほどの塔なんて、何十年……。いや、何百年かかっても完成するかどうか怪しいもんだぜ」
「まさに何世代にも渡る一大プロジェクトだろうね。むしろそれよりも気になるのは、どうやってあれほどの建築技術を身に付けることができたのかということだよ」
「だな。それになぜ塔なんてもんを築いて、俺たちに接触しようなんて考えたのかも気になる」
「それはアカシックレコードのログにあった通り、儂らに取って代わって自分たちがこの世界を支配しようと考えたからじゃろうて。なんぜ自ら霊長類を名乗るような奴らじゃからのう」
「それはそうなんだろうけど、それにしても腑に落ちないことが多すぎるんだよね。だって、僕たちは猿人類に接触したことなんて一度もないんだよ。奴らは神の存在を知るきっかけすらなかったはずなんだ。にもかかわらず、僕たちの存在に気づき、しかも取って代わろうと考えた。何よりこの世界に存在するどの生物が進化したとしても、あれほど脳が発達するとは、僕にはどうしても思えないんだよね」
「いやいや、あの姿形はどう見たってサルかゴリラかチンパンジーだろ」
「確かに、サルは他の動物と比べても違いが高いのは認めるよ。でも、それにしてたってこれほど急速に脳が発達するなんてありえない。突然変異だったとしても異常だよ」
「そうは言っても現実として、奴らは進化して知恵を身に付けた。それは動かぬ事実じゃろ」
「それはそうなんだけど……。何か嫌な予感がするんだよね」
「嫌な予感? 嫌な予感って何よ」
「はっきりとしたことはわからないんだけど、何かとても重大なことを見落としているような気がしてならないんだよね……」
「気のせいじゃろ。それよりも目下、儂らが注力すべきはアカシックレコードの主導権を取り戻すことじゃ。このままだと数で勝る猿人類に本当にこの世界を乗っ取られかねないからのう」
「マジでそれな。俺たちが創った世界をサルどもに支配されるなんて、創造主としてのプライドが許さねえ。とっとと新人類の数を増やして、あの忌々しい塔をぶち壊してやろうぜ。でもって、大洪水でも何でも引き起こして奴らを綺麗さっぱり根絶やしにしてやるんだ」
「はぁ!? また大災害で世界の破滅?? あんたって、ホント短絡思考よね。そんなことたら、折角これまで大切に育ててきた生き物がまた死滅しちゃうじゃない。あたしは嫌よ。前回みたいに何億年も氷河に閉ざされた世界なんてつまんないもの。ようやくここまで世界を再生することができたんだから、またリセットするっていうならあたしは協力しないから」
「二人とも喧嘩はやめてよ。心配しなくたってアカシックレコードの主導権を取り戻せば、すべて丸く収まるんだからさ。ほら、見てごらん。新人類の子たちも順調に数を増やしているみたいだよ」
「ホントだ! たくさん赤ちゃんを産まれてる。可愛い」
「体感時間のせいかのう。世界の創世から何千億年、何兆年という時間を過ごしてきた儂らには、人間の一生はまばたきするほどに一瞬に感じられるのう」
「そうね。だって、この前、生まれた子がもうこんなに大きくなってるもの。……って、あれ!? なんかこの子おかしくない?? 新人類っぽくないっていうかなんていうか……」
「うん!? どれどれ??」
「おお、本当じゃ。骨格や身体つきが他に比べて、随分と野性的で逞しいのう。それにこやつだけ他とは行動パターンが異なるようじゃ。みんな、朝起きてから夜寝るまで決まった行動パターンを繰り返すだけなのに、一体どうしたんじゃろうのう」
「え!? 行動パターンが他とは違う??」
「新人類にも変わり種がいるってことだろ。まぁ、どこにだって一人や二人はいるよな、グループの輪を乱す奴って」
「ちょっと待って。それって本当にそれって一人だけ? 他にもいたりしないよね?」
「どうしたんじゃ、そんなに慌てて。びっくりするじゃないか」
「いいから、早く確認して!」
「わかった、わかった。頼むからそんなに大きな声を出さんどくれ。耳が痛くて敵わんわ。えーっと、そうじゃのう。ざっと見た感じ、行動パターンが異なるのは、四、五人といったところかのう」
「四、五人!? 新人類の出生率から見ても明らかに数が多すぎる。……くそ、やられた」
「何よ? 一体、どうしたのよ??」
「出し抜かれたんだよ。猿人類の奴らは僕たちが新人類の数を増やしてアカシックレコードの主導権を握ろうとするのを読んでいたんだ。そして先手を打ってた」
「どういうこと? 奴らはどんな手を打ったっていうのよ」
「……ヘテローシス」
「ヘテロシス? なんじゃ、それは??」
「異なる系統や品種の生物同士を交配した際に、生まれた雑種第一世代が両親よりも優れた形質を示す現象のことだよ」
「それが一体、何だっていうんだよ」
「わからないかなぁ……。異なる系統や品種の生物同士、つまるところ新人類の中に猿人類と交配したメスがいたってことさ。そして生まれた新人類と猿人類の雑種が、そいつらだよ」
「行動パターンが異なる!? それってつまり自我があるってことか?? いや、でも、なぜそんなことを……」
「おそらく奴らは知っていたんだよと思う。僕たちが新人類を創造したことを、そして新人類を使ってアカシックレコードの主導権を奪取し、奴らを殲滅しようと画策していることをね。だから、交雑によって新人類という種そのものを侵略しようと考えた。言っただろ。異なる系統や品種の生物同士を交配した際に、生まれた雑種第一世代が両親よりも優れた形質を示す。つまりは生まれてくる子供には、猿人類よりも優れた知能を持った人類ということになる」
「おいおい、奴らは新人類の腹を使って意図的に進化のステップアップを図ったっていうのかよ」
「信じたくはないけどね。何にしても、これ以上自我を持った観測者を増えるのは、僕たちにとって都合が悪い」
「そうじゃのう。自ら思考して判断する存在は、儂らにとっては不確定要素以外の何物でもないからのう」
「……ちょ、ちょっと待ってくれよ。そもそも何で奴らが新人類の存在を知っているんだよ。しかも何だ、その、ヘテローシスって……。どうして俺たちも知らない知識をサルどもが知ってるんだよ。おかしいだろ。いくら脳が発達したからって、突然そんな小難しい理屈を理解して遺伝子レベルで侵略戦争を仕掛けてくるなんてありえない」
「そうだね。だから、おそらくは影で糸を引いている奴がいるんだと思う。ようやく気付いたよ。僕が感じていた漠然とした不安は、多分そういうことだったんだ」
「黒幕がおるじゃと!? 一体、誰なんじゃ、それは??」
「確証はない。けれど、この作戦は彼女でなければ考えつかないと思う。おそらく猿人類も彼女自身がこの方法を使って生み出したんだろうね。だって、それならばミッシングリンクの謎にも説明がつくもの」
「勿体ぶらないでよ。その彼女ってのは誰なのよ?」
「これだけ大胆な作戦に出たんだ。彼女のほうも正体が露見することは織り込み済みだろうから、猿人類のねぐらを探せば見つかると思うよ。この世界で一番最初に異種交配を実践したサタンの最初の花嫁の姿がね」
「サタン?」
「そう呼ぶと決めただろ。僕たちに歯向かい、敗北して箱庭に逃げ込んだ、あの日に」
「なんと、サタンの最初の花嫁じゃと! いや、しかし、あやつは時の支配から逃れる為に箱庭に逃げ込んだはずじゃろうが。それがどうしてこの世界におるんじゃ。一体、いつ復活した?」
「いやいや、さすがにそれはありえないだろ。見張りだって、ちゃんと付けたじゃねぇーか」
「そうだね。確かにあの日、僕たちは彼女を箱庭に封印した。パンドラに見張り役を命じたのも事実だよ。でも、現実として彼女はこの世界に復活し、猿人類を使って僕たちに復讐しようとしている」
「時間の支配をあれほど恐れていたのにか?」
「例え老衰して死ぬとわかっていても、彼女は暗黒の箱庭で永遠の時を過ごすよりも光り輝くこの世界で生きることを選んだ。きっと命を賭けるべき自分の存在意義を見つけたんだわ」
「知った風な口を利くなよ。お前に何がわかるっていうんだ」
「わからないわよ。だって、あたし自身、未だ自分の存在理由を見つけられていないんだもの。でもきっと彼女は見つけたんだわ。時の止まったパンドラの箱の中で、永遠にも勝る自分の存在意義を。だから限られた命だったとしても、彼女はこんなにも生き生きと輝いている。嘘だと思うなら、自分の目で確かめてごらんなさいよ。ほら、ここ! 猿人類の陣頭で指揮を執る老婆……、いや、アダムの最初の妻、リリスの姿を」




