第17話-1 日本列島は今日も曇り
和中5年7月末、関西が海になった前後だ。
日本が1か月後、国として破産する前に、話をいったん戻す。
同年6月の大災害により、関東圏の首都機能が壊滅した。
その結果、交通網が集まる場所だった2か所、北関東地方の高崎や南東北地方の郡山では、急に人口が過密状態になった。
このエリアの政治機能は、当時の日本における一般的な地方都市である。
大規模な都市運営を行った経験は、幕末の潘政以降、約150年間もなかった。
これにより都市機能は停止寸前になり、食糧や仕事、生活などの諸問題を巡り、住民と被災者との間で血が流れる争いが起きた。
そうなると、自衛軍頼りになるのだけど、実際に動いたのは陸上自衛軍のみだ。
突発的な大災厄により地点同士の通信網が途絶え、陸海空軍の機動力ある連携が出来ない状態だった。
海上自衛軍は広島へ、航空自衛軍は青森県の三沢へ、それぞれの本営を移転していたという距離の問題もあった。
腹をくくった陸上自衛軍は、高崎へ新規の本拠地を置くことにした。
そうして、軍は高崎と郡山の民衆暴動を無理やり抑えたんだ。
鎮撫する時間が足りなかった弊害として、自衛軍による統治が及ばない地域が発生した。
利根川を挟んだ埼玉方面の治安維持は、各地の自警団任せになっていた。
その後、関西地方や九州北部の大災害、名古屋の自衛軍の反乱、新潟での民衆蜂起、日本の破産宣言、と立て続けに日本国内での騒動が重なった。
結局、和中5年9月から国連軍が動くまでのしばらくの間、残った日本の各地域では誰が統治権を持つか、かなり曖昧な時期になっていただろう。
軍の通行手形も効果がない。まるで日本列島全体が戦国の世、違法スラム街状態だった。
日本列島は、もう何日間も曇り空だ。
どんよりした気持ち、人が作った不安はいつまでも隣にいた。
怒り、悲しみ、複雑な感情が連鎖になり、大きな負の感情が悪臭を出して、地上のどこでも漂っていた。
たとえ軍人であろうとも、精神を病む者もたくさんいたし、苦しみの余りに命を絶った者もいた。
そこにあった安心できる場所が今ないんだ。これから自分の生きる場所はどこだ。
失くした後で日本人としてのアイデンティティとは何か、と生き残った人たちはそれぞれに考えていた。
元日本人たちは、空虚な心を日々埋めながら、薄暗い世界で懸命に生きていた。
俺の妹、東雲有奈も生きる価値観を見失っていた。
彼女の場合は、個人的な理由だった。カシマノゾミは劇的な愛憎の果て、実兄の手によって倒された。
あれを見てから、ずっと彼女の心はモヤモヤとしていたようだ。
今まで信じていたはずの本当の愛が分からない。ただ今の彼女自身の心は強烈に「私は生きたい」と反発していた。
すでに彼女による兄への愛は、弱く千切れそうな1本の糸のような状態であった。
それでも彼女は気力を振り絞り、仙台まで兄の折れた刀を取り返しに行って、ようやく高崎へ帰ってきたところだった。
先ほどナガトから情報をもらい、北群馬郡の自衛軍駐屯地に来た。
ここで、変わり果てた兄の姿を見て、ついに彼女の心は折れた。
心が枯れると、お互いが近くに立っているのに、お互いが視界に入らなくなる。
それほどに、魂同士の距離が遠いんだ。
ユウナの言葉は宙に浮かんだまま、そこにいたはずの兄が掴むことがなかった。
「私、お兄ちゃんを本当に愛しているか、分からなくなっちゃった。あなたの刀はここに置いておくから。さようなら」




