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あなた方の元に戻るつもりはございません!【書籍化】  作者: 火野村志紀


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98.白銀に輝く贈り物

「……アンゼリカ、どうした?」


 シラーの呼びかけによって、思考の海から引き上げられる。はっと我に返れば、切れ長の瞳が顔色を窺うように私を見据えていた。

 おっと、いかん。怪しまれないように、いつも通りに振る舞わないと。

 カトリーヌには待って欲しいと言ったけれど、本音を言えば、シラーにはマジラブに関することを一切伏せておきたい。

 面と向かって「前世のあなたは領民に殺される運命だった」なんて告げられるほど、私は図太くできていないし。それに、自分の死がきっかけでネージュが復讐に走ったなんて知ったら、絶対暫く立ち直れないだろうから。


「い、いえ! 何でもありませんわ。それより、さっきのお店では何を買われましたの?」


 これ以上の追及を避けるべく、私はシラーの隣にある紙袋に視線を移した。

 すると、シラーはコーヒーを飲みながら目を泳がせて、一言。


「……私物だ」


 バレバレの嘘つくな!!

 今さらアドレー夫人との仲を疑うつもりはないけれど、絶対に何か隠してるわね。

 他にも女性客が出入りしていたし、婦人向けの店だったとは思うんだけど。

 私が推理を続けている間も、シラーは気まずそうな視線を送ってくる。そういえば、私物って言ってたような。

 ……女性向けの店で、私物?


「旦那様……まさか女装の趣味が……」

「違う!!」


 全部言い切る前に、魂を込めた叫びが返ってきた。周囲が一斉に振り返り、そして瞬時に目を逸らされる。何らかの修羅場だと勘違いされたのかもしれない。

 一方、シラーは苦々しい顔で紙袋を掴んだかと思うと、それを私に突き出してきた。

 中身を見ろ、ということらしい。

 受け取りざまに中を覗き込んで、私は「ん?」と首を傾げた。

 平べったくて細長い、淡い色合いの木箱。

 ……どこかで見たことがあるような形状だな。


 紙袋から取り出してパカッと蓋を開けてみると、真っ先に視界に飛び込んできたのは鋭い白銀の刃だった。窓越しの太陽光を反射し、虹色の輝きを放っている。

 柄の部分には細かな凹凸が施されており、手にしっくり馴染みそうだ。


「……包丁?」

「城の厨房にあるものは、切れ味は良くても重くて使いづらいだろうって料理長から聞いたんだ。それで、夫人に女性向けの調理器具店を教えてもらった」

「そうでしたのね……」


 流石はプロの料理人。

 客人の身だからわがままなんて言えないと思っていたけれど、しっかりお見通しだったみたい。

 でも、うちの旦那様も本当にお人好しだ。

 買い物なんて誰かに任せればいいのに、わざわざ自分で選びに来るなんて。


「すまなかった。やはり一緒に来て選ぶべきだったな」


 小さく相槌を打って黙り込んだ私に、シラーがぼそぼそと零す。

 沈黙を別の意味に捉えてしまったようだ。私ははっとして、首を大きく横に振った。


「全っっ然嫌じゃありませんわよ。むしろ、ものすごーく喜んでいますわ。ネージュが初めて私の料理を食べてくれた時と同じくらい」

「……そうか」


 シラーが安心したように頬を緩ませる。


「レグリス殿下に言われたんだ。前もって宣言するより突然贈り物をする方が、妻に喜んでもらえると」

「そういえば、旦那様と王太子殿下は幼馴染のような間柄だそうですね。カトリーヌ様から伺いましたわ」

「そのせいで、昔からろくな目に遭っていないが」

「ああ……」


 カトリーヌも同じようなことを言ってたっけ。


「魔法や精霊具に頼らずとも、民の暮らしを豊かにしたい。それがあの男の研究に対する動機だ。もちろん純粋に楽しんでもいるだろうが、根底には常に『誰かのために』という想いがある。その献身さこそ君主に必要な資質であり、彼以上に玉座に相応しい男はいない……が、他者を巻き込むのはやめろと口を酸っぱくして言い続けてきたのに、結局矯正されなかったな」


 そう語るシラーは、すべてを諦めたように遠い目をしていた。

 だけど、私には昔からの友達なんていないから、正直なところ少しだけ羨ましい。

 ぶっちゃけマジラブをプレイしていた頃、レグリスに対してあまり良い印象がなかった。

 だって、泣く子もさらに泣く暴君キャラだったもん。今世があんな陽キャ王太子でほんとよかったと思う。

 まあ、前世の記憶を思い出したら、エクラタン王国が修羅の国に突入しそうだけど。


 ……それから、少しだけ気になることが一つ。

 レグリスは生前、色々と発明品を作ろうとしていたらしいのだ。

 けれど、それが具体的に何だったのかは、マジラブの中でも最後まで明かされなかった。何せ、どのルートでも序盤から中盤でだいたい退場してたから。


 プレイ当時はただの設定だと思っていたが、実在の話となれば別問題だ。

 あの暴君は何を作ろうとしていたのか。

 もしもそれが完成していたら、一体どうなっていたのか。

 ふとよぎった不安を抱えながら窓の外に視線を向けると、先ほどまでの晴天が嘘のように空はどんよりとした分厚い雲に覆われている。


 やがて小さな音を立てながら、しとしとと雨が降り始めた。

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