第45話:ストーリーテラー
宿の部屋は、ベッドが二つ並んでいた。
思ったよりも広い部屋で、少しほっとした。
「マリア様、こちらをどうぞ」
「あ、ありがとう……」
ノエルが、窓側のベッドへ促した。
なんだかなあと思いながらも、旅の疲れからか、すぐに横になった。
「消灯してよろしいですか?」
「うん、大丈夫」
蝋燭の明かりが消えると、部屋が暗くなった。
しばらくの沈黙の後、ノエルが口を開く。
「……変なこと、聞いてもいいですか?」
「うん、構わないけど」
「例えばの話ですが……もしちょっとしたきっかけで、これまでとは違う人生を歩むことになったとしたら、どうしますか?」
暗闇の中で、その問いが静かに広がった。
(……まさに、今の私だ)
「すみません、うまく言えなくて。たとえば……本来、自分がいるべきではなかった場所に、たまたま居合わせてしまった、というべきでしょうか」
どこかで聞いたような話だと思った。それは他人事ではなく、私自身の話でもあった。
「そうだね……」
しばらく考える。
「きっと、変わらないかな」
「変わらない?」
「自分の大切にしてることとか、やりたいことをし続けるんだと思う。いるべきではないとか関係ないかな。たぶん、今の私がそうだから、っていうのもあるんだけどね」
「そうですか」
「事情はよく分からないけど……恥じることも、負い目を感じる必要もきっとない。少なくとも、私はそう思うよ」
「……そうですか」
ノエルは、小さく息を吐いた。
「変なこと聞いて、すみません」
その言葉の後、ノエルは何も言わなかった。
何かの役に立ったのだろうか。
分からないまま、その日は眠りについた。
◆◇◆
翌朝、窓から差し込む光で目が覚めた。
部屋を見渡すと、ノエルはすでに着替えを済ませていた。しかも――
「あ、その服」
以前見かけた、シスターの姿。昨日とは雰囲気も大きく変わる。
「ああ、やっぱりこれが一番ですね」
満足そうに、裾を整えている。
(何か吹っ切れたのかな)
中村さん、黒田さんたちと合流する。
そして、再び四人で歩きだした。
しばらくすると、ノエルが静かに話し始めた。
「実は……私、孤児院の出身なんです」
唐突な告白に、歩調が少し乱れた。
「今の家に引き取っていただく前は、そこで育ちました。あの場所は、私にとって大切な場所なんです。だから、私にできることがあれば、何か返したいとずっと思っていて……」
「そうだったんだね」
「孤児院に寄付いただいたこと、ありがとうございました」
「そこまで把握していたのか。あ、礼を言うならこの二人に言ってくれよ。な?」
黒田さんはそう言って、私たちに目をやる。
「……ありがとうございます」
それだけ言って、ノエルはまた前を向いた。
「“人に歴史あり”ですね。あ、せっかくだし、みんなの話も聞かせてくださいよ。ここに来るまでの話を」
中村さんがそう言って問いかけた。
「……俺は、仕事が大変だった時期だな。まあ、ちょっと色々あってな……」
さらりと言い、それ以上は続けなかった。
「そういうお前の方こそ、どうだったんだ?」
「あー、僕ですか? そうですね、芝居のことで色々悩んでました。もう仕事辞めようかな、とかも思ってたくらいで……」
中村さんは、珍しく素直な顔をしていた。
それ以上は続けず、何かを考えているようだった。
「あ、今は全然ハッピーなので、お気遣いなく!」
そう言って、中村さんは前を向いた。
その流れで、私も口を開いた。
「私は、自分の生き甲斐みたいなものがなくなっちゃったんだよね。ちょうど落ち込んでたときに、こっちに来たって感じだったかな」
「へえー、意外でした。姐さん、全然そんなふうに見えないので」
「そうか、河瀬さんにもそんなことがあったんだな」
意外そうな目が、二人からも向いた。そんな話をしたことがなかったからかな。
沈黙を貫いていたノエルが、険しい表情で口を開く。
「マリア様にも……それほどまでにお辛い時期が……」
(なんか、めちゃくちゃシリアスに受け止めてる!)
「あ、いや、思ってるほど、そんな深刻な話じゃないからね! 大丈夫だから!」
話が重くなってきたし、ちょっと話題を変えようと思った。
「あ、そういえばさ、あの騎士の人、すごかったよね。広場の式典のさ」
「ああ……オルドラン様のことですか」
「うん、あの人って、やっぱり有名な人なの?」
「ええ、それはもう」
ノエルが応じた。
「マリア様はご存知でしょうか。隣国に現れた『火炎の竜』の存在を」
「うん、知ってるよ」
「その竜を、オルドラン様は騎士団を率いて討伐なされました。その直前には、伝説の存在とも言われる『オーラムバード』の卵を、国王陛下に献上されたとも聞いています」
「そんなのがいるんだ?」
「はい。そして、その卵には“神の加護”が宿るとも」
一瞬、神の加護ってなんだろうと思ったが、黙っておく。
「王都の周辺に平穏が訪れたのも、あの卵のおかげではないか、と言われています」
「ああ、フィリアって王都だったんだ」
「はい、そうですが……?」
「あ、ごめんごめん、気にしないで」
(あれが王都ってやつだったのか……良く分かってなかった……ちょっと恥ずかしい……)
私は誤魔化すように、話の続きを促した。
「それで彼は聖騎士になる資格を得たんだ」
「はい、これまでの数々の偉業をもとに、オルドラン様が国王陛下に自ら志願されたと聞いています」
「なるほどね」
あの式のことを思い出す。
多くの人々が彼に祈りを向けた、あの光景。
この世界のこと、まだまだ知らないことが多いんだなと思った。
◆◇◆
それから何日かが経った。
日が変わるたびに、少しずつ景色が変わっていく。荒れた道、開けた草原、小さな集落。道中はほとんど平穏だった。
不思議なことに、モンスターに遭遇することはなかった。
しかし、その要因に心当たりがあった。
「あのさ――」
私は思い切って口にする。
「この結界、ずっと出す必要ある?」
「はい、マリア様をお守りするためですから」
ノエルは、常に結界で私を守り続けていたのだ。
そのせいか、私たちの少し後ろを、中村さんと黒田さんが続く。
「もう、そういうものだと割り切ってましたよ」
「そうだな……段々慣れてきた」
「えぇ……」
青白いバリアに囲まれて先頭を歩く二人と、その後ろを歩く二人。端からどう見えてるんだろう。
「これ維持するの、大変じゃない?」
「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
(すごいな、この子……)
「いやー、近寄るなオーラ、すごいですね」
「オーラというよりバリアだな……近寄れないバリア」
黒田さんが冷静に突っ込んだ。
ヤバい人の近くには、モンスターさえも近寄らないのかもしれない。
ふと見渡すと、次第に辺りの景色は見覚えのあるものになっていた。
目的地が、近づいてきたのだ。
そのときだ。
私は、奇妙な違和感を覚えていた。
何か圧力のような、胸騒ぎのような。
町に近づくにつれて、それは大きくなる。
「あのさ……」
私は歩きながら、口を開いた。
「何か、変な感覚ない?」
「……ああ」
黒田さんが、静かに答えた。
「僕も、感じます」
中村さんも頷く。
距離が縮まるほど、それは濃くなっていく。
「私は、特に何も……」
ノエルが、少し申し訳なさそうに言った。
「私たちはこの場所を通ったことがあるから、その違いに敏感なのかもね。それに、もしかしたら、町で何か異変が起こっているのかもしれない。急ぎましょう」
私はそう言って、歩調を速めた。
向かう場所は一つ。
「ヴェリウスさんのところへ」




