第37話:同担拒否の強火オタ
孤児院を後にして、私たちは歩いていた。
「本当に良かったのか、あんなに金貨渡してしまって」
「良いんですよ。人助けと社会貢献が、私たちのモットーですから」
「そんなのあったか?」
「それにしても、カッコ良かったですよ、クロさん」
「⋯⋯ありがとう、二人とも」
そう言って彼は笑った。
しばらく歩いていると、細い道を抜けた先に、小さな広場があった。
そこで――目が合った。
一人の少女。
整った顔立ちに、光を浴びた金髪。
淡い色合いのワンピースに、薄手のケープを羽織っている。
落ち着いた装いだが、仕立ての良さが、どこか只者ではない空気を纏わせていた。
その胸元には、小さな宝石のネックレスがひとつ。日の光を受けて、緑とも青ともつかない色を静かに揺らめかせていた。
目線は合ったまま。
時間が止まったかのような静寂。
次の瞬間。
少女が、こちらに向かって歩いてくる。
いや、走ってる?
速い。速すぎる。
一瞬で距離を詰めてきた!?
(ちょ、え、速っ――)
どんっ。
「っ!?」
気づいた時には、抱きつかれていた。
「やっとお会いできました……マリア様……!」
「ちょ、え、待って、あなたは――」
ぎゅう、と腕に絡みついてくる。
距離感がぶっ壊れている。
この少女は――
「ノエル……だよね?」
「はい、ノエルです!」
(圧が強い⋯⋯!)
「ずっと⋯⋯また会えると信じていました」
「はは⋯⋯」
うるうるとした瞳で見つめる彼女。返す言葉に詰まる。
その様子を見て、中村さんがひょいと顔を出した。
「ああ、あの時のシスターの女の子だ」
ぴたり。
ノエルが止まった。
ゆっくりと、顔だけが動く。
中村さんを見る。
「……こちらは、どなたですか?」
空気が、冷えた。
さっきまでの柔らかさが、一瞬で消える。
体からほとばしるほどの、猛烈なプレッシャー。
「ああ、そうか、前会ったときと違いますもんね」
「たしかに。ええと、この人は以前――」
「私とマリア様は、愛し合っ――」
ピシッ。
「アイタァ!?」
中村の、アゴにレーザー、稲光。
「余計なこと言わない」
「すみません⋯⋯」
アゴをさする中村さん。
ノエルは、じっと中村さんを無言で見ている。
いや、違う⋯⋯。
睨みつけてる!?
「……なるほど。そういう方なんですね⋯⋯」
低い声。
明らかに、さっきとは違う。
「マリア様に取り入り、軽率にも関係性を偽ろうとする人間⋯⋯」
「重い! そんな深刻なヤツじゃないから!」
中村さんは必死で否定する。
ノエルはまた一歩、ぎゅっと身体を私に寄せる。
「マリア様」
「な、なに?」
「この方とは、どういったご関係ですか?」
「一応⋯⋯仲間?」
「あのー、傷付きますよー」
ノエルは怪訝そうにこちらを見る。
「仲間、なのですか⋯⋯その関係、見直す余地がありそうですね」
「え?」
「失礼いたしました。交友されるお相手は、慎重に選ばれた方がよろしいかと」
「はあ⋯⋯」
「それに以前は、銀髪の女性がいらっしゃったと思いますが、その方が見えないようです。今はどちらに?」
(この子、独占欲が強すぎる⋯⋯!)
中村さんと目が合い、一瞬で意思疎通した。
「ええと、別の用事があって、代わりに彼女に来てもらってて。この間、初めて会ったばかりなんだよねー」
「なるほど⋯⋯理解いたしました」
とても理解したようには見えなかった。
「あの、マリア様。以前お会いした時よりも、少しやつれていらっしゃるのではないですか?」
「え、そうかな?」
「はい。少し、無理をされていませんか?」
「そんなことないけどなあ⋯⋯はは」
(レベルが下がったこととか、色々あったことを見抜いてるとか? まさかね⋯⋯)
そして、私にしか聞こえないくらいの声で、耳元でささやく。
「やっぱり⋯⋯マリア様のことを理解できるのは、私だけですね⋯⋯」
「ひえ⋯⋯」
(この子、ヤバいかも⋯⋯)
そう思ったのとほぼ同じタイミングで、彼女に抱き締められていた。
思わず、そばの二人に目で助けを求める。
黒田さんなら――
彼は、私たちから少し離れて腕を組んでいた。
目が合う。
表情でメッセージを送る。
『この子、ガチなヤツ。タスケテ』
黒田さんはそれを見て――
にっこりと微笑んだ。
「前も思ったんだが、二人は本当の姉妹みたいだな!」
「本当ですか!? 嬉しいです」
(ダメだ、この男⋯⋯完全にお父さんみたいになってる。そうだ、中村さんなら!)
中村さんを見ると――
コイツ⋯⋯口元を押さえて笑ってやがる。
半笑い気味で楽しんでいる。
(ダメだ、コイツら⋯⋯自分でなんとかしないと)
話題を変えてみる。
「そ、そういえば、ノエルはなんでここに?」
「マリア様にお会いするためですが?」
当然のように即答。
「はは⋯⋯そうじゃなくて、どうしてあの広場にいたの?」
「この街に暮らしていますので、近くを通ったのです」
「ああ、そうだったね」
最初に彼女に会ったときに、フィリアから来たと言っていたことを思い出す。
「それに、この近くに用事がありまして」
「そうだったんだね」
「まさか、こうしてマリア様に再び会えるとは思いませんでした」
そう言って、首元の宝石に触れる。
光が揺れる。
「それ⋯⋯」
「はい。お揃いにしたくて」
「……え?」
「マリア様と」
ああ、私の杖――その先端の宝石と、お揃いってことか。
ふと、周囲から視線を感じて、周りを見渡す。
人々の小さなざわめき。
でもノエルは気にしていない。
「そうだノエル、とりあえず離れよ――」
「嫌です」
食い気味に返答。
「なんで!?」
「マリア様と過ごす時間は、有限なので」
「あぁ⋯⋯」
(愛が重い⋯⋯)
ノエルは、ちらりと中村さんを見る。
ほんの一瞬。
でも、その視線は――明確に冷たい。
「……あちらの男性はともかく⋯⋯あの女には気をつけてください、マリア様」
「聞こえてますよー」
「せっかく、銀髪の女がいなくなったのに⋯⋯」
「ぜんぶ聞こえてますよー」
(やはり、ナギちゃんも敵視していたか⋯⋯)
「マリア様。また、お会いできますよね?」
真っ直ぐな目だった。
純度の高い、それ。
「……たぶん、ね」
ノエルは、満足そうに頷いた。
「良かったです、その言葉が聞けて。まあ、この街にいる限り、私がその気になればだいたいの居場所は分かりますので。あ、それでは私は用事がありますので、こちらで失礼します」
早口でなんか怖いこと言ってなかった?
そう言い残して、私たちが来た道のほうへ歩いていく。
⋯⋯が、しかし。
すれ違う瞬間、言い放つ。
「マリア様」
「はいっ⋯⋯!」
「不用意に距離を詰める女性には、お気をつけくださいませ。それでは」
そう言って、中村さんに視線を送った気がした。
「あれはやばい女ですよ⋯⋯」
「たしかに⋯⋯」
「俺には、河瀬さんのことを慕ってる可愛らしい子に見えたけどなあ」
(黒田さん、孤児院寄ってからすっかり保護者目線だな⋯⋯)
私は、自分の腕を見る。
まだ、感触が残っている気がする。
今度会うときが来るのだろうか。
次は、どこで何をしてくるだろう。
「おーい、河瀬さん行くぞー!」
「あ、はい! 行きます!」
(……今は、考えるのはよそう)
私は、先を歩く二人の後を追った。




