町に戻って、雨を聞く日
拠点の町が見えてきたころには、空模様がすっかり変わっていた。遠くの山並みにかかっていた雲がゆっくりと広がり、低く垂れ込めて町を覆いはじめている。石畳の門前に差しかかるころには、細かな雨粒がぱらぱらと落ちはじめ、地面に小さな水玉をいくつも描いていた。
町へ足を踏み入れると、午後の光は雲に遮られて淡く、通りを行く人々の足どりもどこか早い。リアは肩にかけた荷を持ち直し、ふと振り返って笑った。
「荷物を宿に置いたら、ギルドに報告がてら飯に行こう――って話だったけど、先にギルド寄っちゃうか。雨、強くなりそうだし」
「ああ」
ルゴルは短く頷き、濡れはじめた石畳を踏んでギルドへ向かった。
ギルドへ着くと、二人は手早く報告と素材の納品を済ませる。
湖の魔物と、その出自に関する推測――湖底で繋がる水脈や魔素の湖の可能性――も、受付の職員へ簡潔に伝えた。小雨だった空は、そのころにはすっかり灰色に染まり、窓の外では粒の大きな雨が降り出していた。
宿へ戻るころには、もう外へ出る気をなくすほどの本降りになっていた。荷を下ろし、服の水を払ってそれぞれの部屋に戻ると、着替えをすませてしばらく思い思いの時間を過ごした。
秋の雨が、冷やりとした空気を運んで落ちてくる。
風にあおられ、ときおり窓を叩く調子を変えながら、屋根の上でざわめくように流れていった。
やがて昼時になり、一階の食堂で温かい昼食をとる。
パンとスープから立ちのぼる湯気に、ふたりはそっと息をついたが、外の雨はまだやむ気配を見せなかった。
「ま、帰ってきたばかりだし、のんびりするのも悪くないか」
部屋に戻り、荷を整理しながらリアが言うと、ルゴルは頷きつつも心の中では別のことを思っていた。
(……そのうち退屈だと言い出すだろう)
その予想が現実になるまで、大して時間はかからなかった。
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朝から降り続く雨が、宿の窓を淡く叩いていた。
軒先から滴る雫が濡らす石畳は行き交う人も少なく、町はしんと静まりかえっている。
リアはベッドの上で仰向けになり、ぼんやりと天井を眺めていた。
指先で髪をひと房つまんではねじり、小さくつぶやく。
「……暇だなあ」
「……なら、寝ていればいい」
隣の部屋から道具袋を持ってきたルゴルが、腰を下ろしながら淡々と返した。
「いや、それじゃほんとに何もしない一日になっちゃうだろ」
リアは寝返りを打ってうつ伏せになり、しばらく枕に頬を押しつけていたが、「なんかしよ、なんか」と言いながら仰向けになって手足を伸ばした。
伸ばしたついでに高く上げた足を振り下ろして体を起こし、髪をひとつにまとめると、部屋の中を見回す。
「……よし、何か作業しよう。前みたいに釘積みでも」
ルゴルは道具袋の中身を整えながら、視線だけ彼女に向けた。
「釘なら昨日、宿の主人に全部渡した。……代わりに、矢羽を直しておくのはどうだ」
そう言って矢を何本か引き出し、羽根がやや開きすぎているものを選んで指先で整える。
「矢羽かぁ……地味だなぁ」
「地味だから、雨の日にやる」
あっさり返され、リアは肩をすくめて笑った。
「まあ、言えてるな」
二人は卓を挟んで向かい合い、羽根をほぐし、糸で巻き直し、一本ずつ矢を整えていった。
雨音が、ときおり調子を変えながら窓を叩いている。
「……こういうのも、悪くないね」
リアがぽつりとこぼす。
ルゴルは糸を引き締めながら、少しだけ頷いた。
「雨の日の作業は、進みがいい」
ふとルゴルは手を止め、窓の向こうに目をやった。
空はまだ重たく、灰色の雲の端がわずかに明るんでいる。
「……昼過ぎには上がりそうだ」
「じゃあ、ちょっと外出るか?」
リアは糸巻きを置いて笑いながら尋ねる。
「買い食いとかさ。甘いの」
ルゴルは黙って、最後の一本の矢を整える。
終わると、手を払い、ふっと笑った。
「揚げ菓子か」
「やっぱり甘党だな!」
そんな声が、雨音にまぎれて宿の部屋に溶けていった。




