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チョーコー!朝鮮高校喧嘩列伝改  作者: 姜公紀


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朝鮮高校vs目黒高校 船上での激突 part1

1981年8月 竹芝桟橋前(竹芝客船ターミナル) 夜20時台


ゾロゾロ。


竹芝客船ターミナルに、白いシャツに黒い長ズボンを着た集団が、眠そうな顔をしながら竹芝客船ターミナルに集まっていた。

竹芝客船ターミナルにやってきたのは、東京チョーコー2年・400名近い男女の生徒たちである。

東京チョーコーによる、毎年開催夏に開催される、伊豆大島への、日本の文化体験を兼ねた夏季旅行である。


「チョルリョ(眠い)」

「ノム マニ ハン ゴ アニニャ?(やりすぎじゃねぇか?)」

「ノ ムォラヌン ゴヤ?(何言ってんだ、お前?)」

「ギャハハ!」


深夜までもうすぐという、時間が近い状態で生徒同士顔を合わせるため、生徒たちは、皆眠い状態とは裏腹にテンションは上がっていた。

非日常感を楽しんでいるようであった。


ザワザワ。


他の 東海汽船「さるびあ丸」に乗る乗客も混在し、竹芝客船ターミナルは、喧騒で落ち着かない雰囲気であった。

そんな生徒たちの騒ぎを野太い声が静止した。


「ヤ、ノヒドゥル~! ットッパロ ドゥロ~! ハン ボンマン マランダ~!(おい、お前たち!よく聞けぇ!一度しか言わんぞ!)」


チョーコー生活指導部のムン・ドクス(もちろん髪型はパンチパーマ)の大声で、今までやかましかった生徒たちの喧騒がピタリと止んだ。

柔道6段。

大東流合気柔術3段。

ムン・ドクスの格闘技の経歴である。

泣く子も黙るチョーコー生を指導する立場の先生も、また生徒以上にいかつく、時には優しく時には鬼よりも激しい生徒指導でチョーコー生を震え上がらせた、一種の喧嘩のプロたちであった。

それぐらいの怖さがなければ、当時のチョーコー生を指導するのは大変でもあったのだ。

もちろん、若き頃、アウトローとして地元で名を馳せた教師たちもいた。


ザワザワ。


ムン・ドクス教師の大声で、いったん静かになったが、まだ楽しい旅行がこの後控えているのもあって、興奮は収まらず、生徒間で少しざわざわしていた。

だが、ムン教師は、それを無視して、大声で又話を続けた。


「ノヒド アンネ チェクチャルル ミョッ ポニナ ファギネソ チャル アルゴ イッケッチマン、チグムブト チョ ペルル タゴ イズオシマロ ヒャンハンダ!(お前らしおりでも何度も確認して百も承知の通り、これからあの船に乗って、伊豆大島に向かう!)」


ワー!

ピーピー!


生徒達から歓声が沸いた。


「イジェブト チャレチャレ ペエ タゲ ハル テニッカ、キル イロボリジ マラ! キル イロボリミョン クデロ ホンジャ ヨヘンハゲ ハル テニッカ マリヤ!(これから順番に船に乗ってもらうが、迷子になるなよぉ!迷子になったら、そのまま単独旅行してもらうからなぁ!)」


ハハハ!


生徒達から笑い声が起きた。

これから楽しい夏季旅行。

だが、この楽しいはずの夏季旅行も、ある1点だけ懸念材料が偶発的に起こり、3日後、新聞にも載る大事件を引き起こす3泊4日の旅になるとは、この時の朝鮮高校関係者は誰一人として知る由もなかったのであった・・・・・・。

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