↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風は境界を越えて ―川の姫―  作者: 空白朔名


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/4

第1話 契約成立

 第1話 契約成立



「……理不尽だ」


 大学を卒業して十年勤めた会社に退職届を出した。

 そして、俺はバイクであてもなく旅に出た。

 バイクは通勤用に買ったものだったが、愛着はあった。

 特に趣味もなく旅慣れてもいない俺は、ただ南へ走り、この和歌山までたどり着いた。

 

 白浜で海を眺め、安さだけで選んだ富田川沿いの宿を取ったものの、やることもなく部屋を出て河原を歩いていた。

 川風が吹き抜け、視界の隅を白い何かが通り過ぎた。

 目をやると、草むらに白い布が引っかかり、風になびいている。


「ん……落とし物か?」


 拾い上げてみると、絹のように滑らかな肌触りが指から伝わってきた。

 辺りを見回すが、川音ばかりが響き、人の気配はない。

 手にした布だけが、秋の冷たい川風のなかで不自然なほど温かく、生き物の肌のように柔らかかった。


「……スカーフか?」


 柄もなく、ブランドのタグすら付いていない。

 ふと不穏な気配を感じて視線を上げると、先ほどまで誰もいなかったはずの河原に、一人の女性が立っていた。

 落とし主かと思い、俺は声をかける。


「これ、君のものか?」


 スカーフを差し出すと、女性はこちらに視線を向け、ゆっくりと近づいてきた。

 年齢は俺より少し若く見えた。

 目を逸らせなくなるほど整った顔立ちをしている。

 肩まで伸びた黒髪は、毛先に向かうにつれて色が薄れ、銀色に輝いて見えた。風に白いワンピースの裾が揺れる。


 彼女は白い腕を伸ばし、無言でスカーフを受け取った。

 直後、そのスカーフを滑らかな手つきで俺の首元に巻きつけてきた。


「えっ……!?」


 意図が分からず困惑する俺に、彼女は薄く笑みを浮かべる。


「それは……お守りよ。長寿のね」


 状況が飲み込めず言葉を失った俺に、彼女は冷ややかな声で言葉を重ねる。


「……持ち主以外は、寿命を奪うけど」


「いや……俺は、今ここで拾っただけだ。君のものだろ?」


「落ちてたら拾うの?」


「ああ……落とし物だからな」


「そう……?」


 俺は首に巻かれたスカーフを外そうと手をかけた。

 彼女は俺の手に自分の手を添えて制止した。


「取りあえず返すよ、君のだろ?」


「外さないで……呪いが、かかるわよ」


 彼女の手を払いのけ、スカーフを外した。


「何の呪…………」


 俺の口は確かに動いている。

 しかし……声が出ていないことに気が付く。


「…………」


 彼女の声も聞こえないが、川音は聞こえている。

 彼女が俺の手からスカーフを取り上げ、再び俺の首へ巻き直した。


「だから、外すなって! 馬鹿なの?」


 スカーフを巻き直された途端、声が戻った。


「今の……なんだ?」


「何度も言わせないでよ、呪いだって言ったでしょ」


「待て、待て待て待て……意味が分からない、俺はスカーフ拾っただけで……」


「まあ、その時点で契約成立してるから」


「俺は契約なんてしていない!」


「したわ!」


「いつ?」


「わたしの布を拾った時よ。手で触れたら、それだけで『一部を分け合う』契約が成立するの」


「そんなの契約じゃない! ……そうだ、契約書もないだろ?」


「人間は契約書がなければ約束できないの?」


 射抜くような眼差しに気圧されながらも、俺は言い返した。


「当たり前だ!」


「……だから、あなたたちは約束をやぶるのね」


 吐き捨てられた言葉の重みに一瞬怯むが、俺は必死に食い下がる。


「クーリングオフさせてくれ!」


「どこに、そんなことができるって書いてある?」


「どこにって……契約書もなしに契約させたのは君だ!」


「巴美(ともみ)よ。ソレ、長く外してると寿命が尽きるわよ?」


「ふざけるなよ……ちょっと、かわいいからって調子に乗るな」


「信じないなら、返してくれてもいいわよ? 声だけじゃなく光も音も命も失うわよ」


「そんなこと信じないよ、声のことも何か仕掛けがあ…………」


 俺は再びスカーフを取り、彼女に叩きつけるように突き出した。


「…………」


『じゃあな』と手を上げ俺は歩き出した。

 彼女は呆れた表情で俺を見ていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。