22.魔法②
「……あれ……?」
俺は魔力を全身に流す意識をしていた。
そんな俺を見て、ソフィアが小さく呟く。
「ん?どうした?」
「い、今……ほんの一瞬だけ……ミナトさんの周りに、あの時みたいな魔力の揺らぎが見えた気がして……」
「え、ほんとか!」
それを聞いて、思わず体に力を入れる。
だが――あの時のような感覚は訪れない。
「す、すみません……本当に一瞬だけだったので……見間違いかもしれません……」
「いや、気にしないでくれ。もしかしたら本当に一瞬そうなってたのかもしれないし」
「は、はい……ありがとうございます……」
申し訳なさそうにしながらも、どこか確信しきれない様子で頷く。
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再び、意識を体の内側へと沈める。
血の流れとは違う、もう一つの流れ。
身体の奥を巡る“何か”をなぞるように。
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こうして、この日の授業終わった。
俺とユナは、なんとか“全身に魔力を流す”ところまでは到達した。
だが――そこから先は、まだ遠い。
どうやら、魔法を扱えるようになるまでには、いくつかの段階があるらしく、すぐにどうにかなるものではないとのことだ。
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ソフィアは用事があるというので俺とユナとはギルド前でお別れする。
「今日はお疲れ様でした……お二人とも、とても筋がいいと思います……」
「ありがとな、ソフィア。続きはまた今度、教えてくれ」
本当は明日も教えてもらおうかと思ったが、ユナがエルザに訓練をつけてもらう約束をしているらしい。
そのため、次の授業は、また後日となった。
「はい……いつでも、お声かけてください……」
「ありがとね、ソフィアちゃん!」
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「いやー、よかったよ。わたしも魔力を感じられてさ」
「ユナはだいぶ手こずってたけどな」
「最初だけね!全身に流すのはミナトより早かったし!ソフィアちゃんにもいっぱい褒められたし!」
「はいはい、そうだな」
そんな他愛のないやり取りをしながら宿へ歩いていると――
前から、見慣れた姿が近づいてくる。
「あ、エルザちゃんだ。おーい!」
ユナが手を振ると、向こうも軽く手を振り返してきた。
「なんだ二人とも。もう終わったのか?」
「そーだよ!わたしたち優秀すぎて、早めに終わっちゃったの!」
「……へぇ、ユナもなのか」
少しだけ意外そうに、あるいはどこか寂しそうに目を細める。
「エルザはこれからどこか行くのか?」
「あぁそうだった、ちょっと用事があってな。悪い、急いでるからもう行くわ」
「ああ、引き止めて悪かったな」
「エルザちゃん、明日はよろしくねー!」
「おう、任せとけ」
そう言って、エルザは足早に去っていく。
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南の森――夜。
私は、木の影に身を潜めていた。
視線の先には、こんな時間だというのに、たった一人で森にいるソフィの姿。
その周囲には、無数の的。
どれもが焼け焦げ、崩れ、ボロボロになっている。
「……まだ……こんなんじゃ、まだ……!」
息を切らしながら、それでもソフィは魔法を放ち続ける。
放たれるのは、炎の槍のような攻撃魔法。
その一撃一撃が、すべて的の中心を正確に撃ち抜いていた。
ミナトとユナには、“攻撃魔法は使えない”ということにしている。
だが、私は知っている。
ソフィは――攻撃魔法が得意だ。
そして、なぜそれを使わないのかも。
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私がこの街に来て少し経った頃、ギルドでは、ある噂が広がっていた。
Fランクなのに、とんでもない攻撃魔法を使う新人がいる、と。
その噂の新人が――ソフィだった。
ソフィはすぐに注目を集め、多くの冒険者からパーティに誘われていた。
やがて、固定のパーティを組むことになる。
五人編成。
だが、そのうち四人はDランク。
正直、Fランクのソフィにとっては荷が重すぎる構成だった。
それでも――ソフィは、その中で誰よりも活躍していた。
圧倒的な攻撃魔法。
迷いのない判断。
何より、自分の力を信じて疑わない、あの表情。
あの頃のソフィは――強くて、まっすぐで、眩しかった。
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だが、それも長くは続かなかった。
やがてソフィは、パーティから追放された。
理由は、ただの噂でしか聞いていない。
それでも、ソフィがその日から攻撃魔法を使わなくなったのだから、その噂は正しいのだろう。
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それからだ。
街でソフィを見かけるたびに、あの元パーティの連中に絡まれていた。
最初はちょっと絡むだけだった。
だが、それはすぐに暴力へと変わる。
何度も、何度も。
ソフィは抵抗しなかった。
いや――できなかったのだろう。
あれだけの力を持っていたのに。
元々整っていた顔立ちも、徐々に歪んでいった。
腫れや痣が増えていく。
酷い時には武器で切りつけられたりもしていた。
それでも、暴力は止まらない。
そうして――あの頃のソフィは、消えた。
自信に満ちていた表情はなくなり、目を合わせることすらできない。
何をするにも怯えて、緊張して、俯いて。
ただの――か弱い女の子に変わっていた。
そして、ある日。
何度目かも分からない暴力の現場で――私は、ソフィを助けた。
別に、助けたかったわけじゃない。
助けるつもりなら、もっと前からやっていた。
何度も見て見ぬふりをしてきたんだから。
ただ――
一人での冒険に飽きていたところに、ちょうどよく変化した駒が転がっていただけ。
ただそれだけ。
これが――半年前の、私とソフィの出会い。
パーティを組んだ、きっかけ。
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そして今――
ソフィは、あの日の自分を取り戻そうとしている。
きっかけは、多分ミナトだ。
あいつは、ウルフとの戦闘で動けなくなった。
過去の恐怖に縛られて。
情けないほど、何もできなかった。
……でも。
あいつは、それを乗り越えた。
たった一度のきっかけで、自分の足で前に進んだ。
それを見て――ソフィも、変わり始めた。
夜になると、一人で森に来るようになった。
誰にも気づかれないように。
ひたすら、攻撃魔法を撃ち続ける。
最初から、すべて命中しているのに。
それでもやめない。
何度も。
何時間も。
魔力が尽きるまで、ただ黙々と。
「……そうか」
思わず、小さく呟く。
「ソフィは……前に進み始めてしまったんだな」
ミナトは、過去を断ち切って前に進んだ。
ソフィも、それに続こうとしている。
ユナもそうだ。
Sランクなんて、普通なら無理な目標に向かって――
それでも、止まらない。
みんな、前に進んでいる。
⸻
それなら――
私は、このパーティには、もう――
「……バイバイ、ソフィ」
誰にも聞こえない声で、そう呟く。
「楽しかったよ」
私は、その場を後にした。
森の奥で、一人、魔法を撃ち続ける音を背に受けながら。




